他人の配信に映るのじゃっ子

第12話 社畜のダンジョン

 働きたくないでござる。しかし、金とよく分からない不安のために仕方なく働くのでござる。


 髪の毛をセットし、伊達メガネをかけ、スーツを着る。まさに仕事の装備だ。


「じゃあ留守番頼んだ。知らないおじさんが訪ねてきてもカギを開けちゃ駄目だからね」


「もう留守番は飽きたのじゃ。料理対決はもう見飽きたのじゃ。会社に連れて行ってほしいのじゃ。何かの役に立つかもしれんぞ?」


 無料配信のアニメにもいい加減飽きてしまったようだ。役に立つと分かっていても、さすがに会社には連れていけない。いくらレイヤが魔石の幻影ということでも、見た目は小学生だ。ただの連れまわしおじさんである。


「いってきます」


「のじゃ~! 連れていくのじゃ~~」


 無視してドアを閉める。土日しか動けないのは確かに可哀想だ。職業ダンジョン配信者で、平日も潜っているノのそらに相談してみようと思った。


 今日はせめて何か美味しいお菓子でも買って帰るか。


 ****


「で、その子が噂の子って訳か」


 直属の上司である秋葉原あきはばら部長が言った。50歳とは思えないほど声に活力がある。だから余計に恐いのだ。


 出社して早々なんでこんなことになってしまったのか。


「ヒビ・レイヤじゃ、よろしくなのじゃ」


 レイヤにあとを付けられていた。油断した。


「配信よりも小さく感じますね」


 会社同期の上野うえのさんが呟いた。明るめの茶髪のショートカットに、長身でスラリとした体形。運動部の陽キャにしか見えないが、とにかく彼女は口数が少ない。というか性格が暗い。上野さんとはもう8年一緒に仕事している。


「すいません、すぐ帰るように言います」


「いいよ。普通の小学生ならあれだけど。人間じゃないんでしょ? なにより戦えるし。ちょうどいい戦力だよ。あの防御力があるなら大歓迎。うち人手不足だしさ」


 部長……レイヤを働かせる気だ……。


「ということでさ、死亡保険金の支払い調査で【中尾山なかおざん】に行ってくれ」


「え、九王子くおうじやつですか? 未攻略S2ダンジョンじゃないですか。S2でも高難易度ですし、専門の調査会社に投げた方がいい案件だと思いますよ。俺の力だと死にます」


「そう言っていつも無事じゃん。まあ、言いたいことは分かる。実際いつもなら調査会社の案件だしな。ただ、今回事情が違う。あのパチンコみたいなステータス向上能力手に入れたし、今の君の能力ならいけると思うよ。危なかったら逃げていいから」


「逃げるのは当たり前です。嫌ですよ」


「そうか。このダンジョン、実際に潜るとかなり楽しいようなんだが。そう言うなら残念だ」


「やります。やらせてください」


 楽しいダンジョン……。そう言われるとランク関係なく潜りたくなってしまう。危ないと分かっているのになあ。


「あはは! そう言うと思った。もう役所に調査申請を出してあるから頑張ってくれ。ヒビ君も頑張ってな」


「ダンジョンに潜れるのか? やったのじゃ! 昨日買った杖が早速役に立つのじゃ」


 レイヤが小躍りしている。


「相変わらずダンジョンバカ」


 上野さんが書類を作りながら、表情一つ変えずに言った。


「その言葉そのまま返すよ」


「バカ」


 相変わらず表情は変わらない。


 ****


 電車で一時間も揺られれば目的地の中尾山だ。


 平日にも関わらず観光客が多い。冒険者らしき人もいるが、ほとんどが登山客だ。スーツ姿でウロウロしているのは俺くらいだ。


 中尾山ダンジョンは、国際的に有名な観光地の一角に生まれた不変型洞窟ダンジョンだ。S4の不二山ダンジョンと同型でもある。山の中腹から地下に潜る形だ。


 そういうわけで、少し登らなくてはならない。中尾山は中腹までのロープウェイがあるので本当に助かる。


「そういえばさ、なんで魔王が死んだのにいまだにダンジョンが生まれるんだ?」


 その言葉にレイヤが珍しく渋い顔をしている。


「それが気になっているのじゃ。基本的にダンジョンはボスと言われる支配者マスターが死ねば消えるのじゃ。そのマスターを生むのが魔王じゃから、魔王が死ねば支配者マスターも消滅するし、ダンジョンが生まれることもないはずなのじゃ」


「魔王はまだ死んでいない可能性があるのか?」


「分からないのじゃ。だからこそ、色々なダンジョンを調べる必要があるのじゃ」


「なるほど……」


 ダンジョンが生まれる謎についてはまだ未解明だ。最近はダンジョンが生まれるのが当然くらいの感覚だった。もし魔王が生きているなら大変なことかもしれないなと思う。正直、どこか他人事感はあるが。


「まだ支配者マスターがいる、生きているダンジョンは楽しみじゃのう」


 レイヤの声が弾んでいる。ダンジョンが好きなのは間違いないようだ。その女神なのだから当然なのかもしれないが。


 先ほどの話からもう一つの疑問が生まれた。


「そういえばさ、ボスを倒しても残っている昼間市とかの廃墟ダンジョンはなんで消えないんだ?」


「多分じゃが、わしの魔力が強く残っているのじゃ。ダンジョンの支配者マスターに代わったのじゃろう」


「ということは、日本各地にある廃墟ダンジョンはレイヤが支配者マスターってことなのか」


「多分じゃぞ。確信はないのじゃが! そうだとしても、魔物がブイブイ入り込んでおったし、わしは名ばかりの支配者マスターじゃな。何も手出しができないのじゃ」


 少しだけ廃墟ダンジョンについて分かった気がする。レイヤと一緒に潜り続ければ、

 何か新しい発見があるかもしれない。


「ところでじゃが、今日は配信をしないのか? 【はなちゃん】のデビューなんじゃがの」


「しない。仕事中だしな。被害者の魔力をトレースしながら上層奥まではいく必要があるし、それに会社に戻って報告書の作成もある。残業についても最近うるさいし、いつも通り定時で帰るのが最優先かな」


「最深部まではいかんのか? せっかくの生きているダンジョンなんじゃがの~」


「廃ダンじゃないし簡単に最深部には行けないわ。会社の経費で下見して、本当に面白かったら、改めて潜りにこよう」


「仕方ないのじゃ」


 レイヤはちょっとガッカリしているようだった。最深部まで潜りたいのは俺も一緒の気持ちだ。


 そんなこんなで、中尾山ダンジョン入口に到着した。


 スキルの、【リセマラ付きステータス倍率】が使える範囲になった。せっかくだしS5を目指してみよう。


 レイヤに頭を撫でてもらう。この発動条件だけは本当に変えてほしい……。


「お姉さんじゃからな。いい子いい子、なのじゃ」


 10分後


 これ、無理だな。


 能力10倍を引くのに何時間後かかるか分からない。ひたすら4倍が出る。最高ランクは今引いた7倍のS2ランクだ。よく考えれば冒険者を始めて10年ちょっと、S5ランクなんて一度も出なかった。排出確率が変わっていないのなら、このダンジョンと同ランクが出た今がリセマラの止め時かもしれない。


「これで諦めるか。いつもと比べたら十分だし。そうだ【はなちゃん】はまだ使わなくていいぞ。よっぽどじゃないと魔物とは戦わないから」


「なんでじゃ!?」


「その方が早く帰れるからだよ。生きているダンジョンはトラップ回避に時間を取られるからな。魔物が出ても全部逃げるぞ!」


「なんかかっこ悪いのじゃ~」


「逃げも戦術だよ」


「しょうがないのじゃ。【はなちゃん】は今度の配信でかっこよくデビューさせるのじゃ」

 

 分かってくれたようだ。仕事で使う魔石を準備し、いざダンジョンに入ろうとした時だった。


「スーツのやつがいるぞ」


「うける~。ださ~」


「しかも子連れか? まったく、最近の冒険者のモラル低下はやばいね」


 男2人に女1人。漢字にしたらなぶる。俺達のことを話題にしているようだった。配信の魔石を飛ばしているところを見るとオーチューバーだろう。俺と同世代、全員20代後半から30歳くらいに見える。知らない顔だ。


 まだこっちを見て笑っている。さすがに気分は良くない。


 最近流行りのうぇーい系冒険者だろう。楽しさ一番。攻略は二の次の冒険者だ。関わると面倒そうなのでさっさと進むことにした。


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