第17話 ジャックの災難は続く

 俺はジャック。『なんだかんだ上手く生きる』を信条に掲げる、ただの一般通過騎士だ。のらりくらりと生きていく。そんな人生を送っていた俺は今、何故かウィペット伯爵という貴族と共に馬車に乗っている。それも帝国城に行くために。

 ……全く、一体どうしてこんなことになっているんだ。本来なら今頃、帝都の観光を楽しんでいたはずだろうに。


 俺がこんな目に合っている間にきっとカンナは猫カフェで狂喜乱舞しているんだろうなぁ。【久遠の証】も帝都を数日観光するとか言っていたな……。帝都の人気カフェや雑貨品店を訪れて、帝都を満喫してるんだろうなぁ。


 あ~、羨ましい。それに比べて俺はウィペット伯爵と二人きりの馬車で帝国城へ、か。本当にどうしてこうなったんだか……。


「ジャック殿。実は今乗っている馬車は非常に高性能なものでね。それも魔法的な意味で高性能なんだ」

「魔法的な意味で高性能……ですか。それは一体どういう?」

「壁に様々な魔法が組み込まれているんだよ。この馬車の中は言わば多重結界の中のようなものなんだ。ここでの会話が外から盗聴されることはないし、この馬車に強大な魔法を撃ち込まれたとしても我々は生きているだろうね。もちろん馬車も無傷さ」


 はぇ~、帝都の貴族はそんな馬車を使っているのか。一体この馬車の価値はどれ程なのだろうか。少なくとも俺が一生をかけても稼げない額だろうな。さて、現実逃避はここまでにして―――伯爵の期待に応えるかな。


 俺は伯爵が待っているであろう言葉を口にする。


「―――つまり、この馬車内の空間は密会にはもってこいの場所だということですか?」


 急な襲撃に対する安全性もあり、情報が外に一切漏れない空間。さらには移動中の馬車で密会という裏をかくような環境。誰にも聞かれたくないような会話をするにはもってこいの場所だ。


「ははは、話が早くて助かるよ。もう少し話すと、この馬車は宮廷魔導士長に作らせた特注品でね。帝都に住む貴族でもこの馬車を使える者は少ない」


 なるほど、特注品か。流石にこれほどの馬車を全ての貴族が使えるわけないよな。……それにしても、気になる言い回しだな。宮廷魔導士長に作らせた、か。今の宮廷魔導士長は確かどこかの公爵家当主だったよな……。特別製の馬車の中とはいえ、伯爵が公爵に対して作らせたなんて言っていいのか?


「ふふ、いいね。私の発言に違和感を感じるほどには賢いようだ。さて、答え合わせをしよう。何故伯爵である私が宮廷魔導士長に対して作らせたなどと舐めた口をきいたのか。その理由は至極単純さ。宮廷魔導士長、つまりアーノルド公爵よりも―――私の立場が上だからだ」


 ……立場が上だと?それはおかしい。普通に考えて公爵より伯爵の立場が上のはずがない。……つまり考えられることは二つ。実はウィペット伯爵は伯爵にも関わらず公爵に勝る権力を持っている。もしくは―――。


 ―――目の前の人物はウィペット伯爵ではないか、だ。


「そう!私の正体はウィペット伯爵ではない!ふふ、驚いたかい?なら次に君が考えることは、『じゃあ私の正体は?』だ。それはね―――」


 突如として伯爵が眩い光に包まれる。その光は僅か数秒で収まったにもかかわらず、絶大な変化を及ぼした。

 ウィペット伯爵は中肉中背の平均的な体型の人間であり、また、口の周りを囲むような整えられた髭が特徴的な人物であった。

 

 しかし、俺の目の前には全く異なった外見の人間ヒューマンが座っていた。


 無駄な肉が一片もない引き締まった体。男性でも美しいと言わざるを得ない目鼻立ちのきりっとした顔立ち。さらさらとした油気のない金髪。エメラルドのような若竹色の瞳。そして、煌びやかな服に付けられた―――皇族にしか付けることの許されない、勇者の剣をモチーフとしたブローチ。

 この特徴に当てはまる人間のことを俺は人伝に聞いたことがある。齢十七にして皇帝より帝都全域の防衛を任せられている鬼才。そう、目の前にいる人物こそが――。


「私こそが―――ウェスト・ムル・ダルメシア。帝国の第二皇子だ」


 俺は今日、死ぬ……のか?




「ははは、あまりの驚きに目が点になっているよ。ジャック」

「っ!!まさか第二皇子様とは!!」


 あまりの驚きに俺の思考は数秒間停止していたが、すぐに復活。そして馬車の中にも関わらず、流れるように膝をつこうとする。だが、第二皇子は俺が膝をつく前に静止する。


「あぁ、わざわざ膝をつかなくてもいい。そうかしこまるな。この馬車は完全な密室。誰も不敬だなんだと気にしない」

「は、はい」


 俺が気にするんだよ……。そりゃあ立場が高い人間からしたら簡単にそんなことを言えるかもしれないけど、下の人間はそうじゃないんだよ。何があるか分かったもんじゃないんだから!


「ちなみに、昨日君が会ったウィペット伯爵は本物のウィペット伯爵だ。立場上彼は私の部下のようなものでね。君が突如発生した巨大ガーゴイルを倒した件については、彼から教えてもらったんだ」

「なるほど……」


 なんで貴族のくせに報連相がしっかりしているんだ!お前ら貴族は俺たちの税金でだらだらしとけばいいんだよ、いやよくないけど。しっかり働くのはいいことだけれど。も……くそっ、今だけはウィペット伯爵の有能さを恨むぜ。

 俺の心情も知らずに第二皇子は話を続ける。


「それでね、実はその巨大ガーゴイルなんだけど、ある組織が関わっていることが調査から分かったんだ」


 ある組織だと?おいおい、あの巨大ガーゴイルの発生には黒幕がいるってことか?あぁ、聞きたくない。無関係でいたい。……でも第二皇子の前でそんな態度はとれない、とれるわけがない。


「ある組織、ですか……。そのある組織とは何か聞いても?」


 俺は無関係でいることを諦め、第二皇子が望んでいるであろう質問を投げかける。俺の問いに第二皇子は満足そうに頷き、口を開く。


「その組織の名は【魔神教団】。その名の通り、魔神を崇拝し、その復活を目論んでいる連中だ」

「【魔神教団】……。その組織が巨大ガーゴイルを発生させたということですか?」

「こちらの調べではそうなっている。……それにしても、【魔神教団】とは実に陳腐で、ありがちな名前だ。この組織の名付け親はよほどネーミングセンスがないらしいな」


 そんなことを言っている場合か。その【魔神教団】とやらがガーゴイルを巨大化させたならば、あまりにも危険な組織ではないか。

 ガーゴイルとは石像ではあるが、れっきとしたモンスターだ。本当に【魔神教団】が巨大ガーゴイルを発生させたとするならば、ガーゴイルをテイムすることができるモンスターテイマーと、そのガーゴイルを巨大化することができる人物が【魔神教団】に所属しているということになる。

 後者に関しては確実に【固有スキル】を所持しているだろうな。聞いただけでも厄介な組織だ。ネーミングセンスを疑っている場合ではない。


「だが、こちらとしても魔神の復活を目論む連中を野放しにするわけにはいかない。よって、我々は【魔神教団】を殲滅することに決めたのだ」

「はぁ、なるほど。……しかしなぜ【魔神教団】は帝都で巨大ガーゴイルを発生させたのでしょうか。魔神を復活させることと、帝都で破壊工作を行うことは一見無関係のように思えますが……」

「その理由は明確で単純だ。この帝都には魔神が封印されている。それが理由だよ。その封印を解くことこそが【魔神教団】の最終目的だろうな」

「っ!帝都に封印される魔神。……あ、あれは作り話ではなかったのですか?」


 有名な話だ。

 かつて勇者は魔神を打ち倒し、ある土地に封印した。しかし、、もし悪意ある者がその封印を解いてしまえば魔神は再び復活してしまう。そう考えた勇者はその封印を守護するために、魔神を封印した土地に住むことに決めた。

 やがて勇者を慕う者達もその土地に集まり始め、村から町へ。町から都市へ。そして、帝国という国が建国されるに至った。故に帝国の中心である帝都には、未だに魔神が封印されている。

 という話が帝国、いや、世界に広まっている。子供の頃から誰もが聞く話であり、誰もが作り話だと思っている。本当に帝都に魔神が封印されていると思っている人間などいない。

 そのはずだったんだが……。


「作り話ではない。実際に魔神は封印されているのだ。【魔神教団】がその情報をどこから得たのか、はたまた作り話を真実だと信じるメルヘンチックな集団なのか。どちらにしろ、万が一にも魔神の封印を解かれてしまっては困る。よって、我々は【魔神教団】を殲滅することに決めた。様々な犯罪行為にも手を染めているようだしな」


「……しかし、何故その話を私に?」


 嫌な予感しかしない。何故この話を突然俺にしたのか。……頼むからこの予感が間違っていてくれ。


「それはね―――


―――君に【魔神教団】殲滅作戦に参加してほしいからだよ」


 ……どうやら俺はつくづく神に嫌われているらしい。

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