第33話 異変

 魔結晶の大爆発による衝撃が【久遠の証】を襲うが、誰一人として動揺した姿は見られない。むしろ、達成感を感じさせる笑みすら見られる。目の前で起きた出来事が彼女らの作戦通りであるからだ。


 ミリーは【死神】に対して二つの矢を放った。

 一つ目の矢は『終わりを告げる七色の矢アイジェク・ドージ』。自身のほぼ全魔力を注ぎ込んだ超高威力かつ貫通力に秀でた魔法の矢である。

 しかし、彼女の本命はこの矢ではなかった。最も自信を持つ技――つまりは彼女の必殺技であるこの魔法の矢を囮にし、その陰に隠れるようにして彼女は二つ目の矢を放っていたのだ。


 二つ目の矢は至って普通の矢であった。矢じりに魔結晶が取り付けられていることを除いて、であるが。

 魔結晶の特性。魔法を吸収するが、許容以上の魔力を込められると爆発する。これを利用し、ルディアが予め周囲に展開させておいた魔法を矢についた魔結晶に撃ち込むことで、【死神】の目と鼻と先で巨大な爆発を起こすことに成功したのだ。


 【久遠の証】が考えた、渾身の作戦である。


 ―――が、しかし、現実は時として非情であることを忘れてはならない。


「あぁ~、痛い痛い。まったく、服も破れてしまいましたし、散々ですね」


 爆発により舞っていた砂埃が晴れる。その瞬間、【久遠の証】が目にする衝撃の光景。両腕を失い、所々血に濡れているが、想定と比べれば遥かに軽傷である【死神】が、そこには立っていた。


「そんな……どうして……」

「いやぁ、久しぶりに冷や汗というものをかきましたよ。両腕を犠牲にしていなければ、私は今頃敗北していたでしょう。それほどあなた達の作戦は見事でした。ですが、私には一歩及ばなかったようだ」


 魔結晶が爆発する直前、【死神】は体に纏わせていた魔力量を限界まで増大させ、身体能力を強化した。

 しかし、それでも重傷を負ってしまうだろうと予測した【死神】は両腕に纏わせていた魔力を無理やり胴体に移動させ、元々胴体に纏わせていた魔力の一部を頭、足へと移動させることで、両腕以外の防御力を上昇させたのだ。


 ちなみに、体に纏わせていた魔力を移動させることは高等技術とされている。魔力による身体強化は、体内を循環している魔力を体外に広げ体の表面に纏わせることで可能になっている。

 つまり、体に纏わせていた魔力を移動させるには、体内を循環している魔力そのものを動かす必要があるのだ。この難易度が非常に高いため、高等技術とされている。


「でも、両腕を失ってるじゃんかっ!僕達が圧倒的に有利だよっ!」

「はぁ、あなたは分かってない。何故私が両腕を犠牲にすることを選んだのかを、全く理解できていない。―――両腕なら治せるから、に決まっているでしょう?『神の愛ヒール』」


 【死神】がその魔法を唱えると、彼の両腕がみるみるうちに再生していく。ただの回復魔法であるはずだが、常軌を逸した馬鹿げた効果だ。

 その様子をただ見ているわけにもいかず、ミリーは指示を出した。


「今しかないわっ!皆で攻撃を仕掛けるわよっ!」


 その言葉を聞くまでもなく、【久遠の証】は動き出す。エマが斬りかかり、クロエが砕いた壁を投げつける。ルディアが魔法を撃ち、ミリーが矢を射る。だが、両腕がないにも関わらず、【死神】の防御は崩せない。

 もしも戦闘開始直後にこの状況まで追い詰めることができていれば、結果は変わっただろう。だが、時すでに遅し。【死神】は【久遠の証】の連携攻撃に適応してしまったのだ。


 その事実が、【久遠の証】を焦らせる。その焦りは―――決定的なミスを生む。

 エマが【死神】へ剣を振り下ろそうとしたその瞬間、【死神】の回復速度が急速に上昇した。


「え……」

「引っ掛かりましたね。まずは一人目」


 そして、【死神】の両腕が完全に復活する。予想外の回復速度、【久遠の証】のカバーが遅れる。戦闘開始から十五分、遂にその時は来た。

 

 ―――【死神】の右手がエマの胴体に触れた。


「あ……」


 【死神】と超至近距離にも関わらず、エマがその場に蹲る。

 エマの異変を感じたミリー、クロエ、ルディアは【死神】への攻撃を絶えず続け、【死神】をエマの元から引き剝がすことに成功する。


「あ……あぁ……」

「エマ!大丈夫!?」


 ミリーがエマへ駆け寄り声をかけるも、返事はない。それどころか、意識が朦朧としているように見える。


「エマ、気をしっかり……」

「あぁ!!!あぁあああああ!!!!あぁあああアアあああアアアアぁぁぁあああああ!!!!!!!」

「エマ!!!」


 明らかな精神的異常。それを見たルディアは苦し気な表情を浮かべた。


「精神操作魔法……それもエマの精神耐性をものともしないほどの威力」


 一方、【死神】は深い笑みを浮かべていた。


「さぁ、救済の時間です」

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