第32話 奥の手
A級冒険者パーティ【久遠の証】とS級賞金首【死神】の戦闘が開始してからおよそ十分が経過した。
四対一という数的有利、磨きに磨かれた連携。この二つの要素によって繰り出される【久遠の証】の絶え間ない攻撃は、これまで数々の強敵を打ち砕いてきた。しかし、戦闘開始から十分が経過した今でも【死神】の体には一切傷がない。
勝利の天秤は確実に、【死神】に傾いていた。
「(まずいわね……。四対一にも関わらず、拮抗状態が続いている……。いや、むしろ徐々に追い詰められている……)」
【魔弓の妖精】ミリーは魔法の矢を放ちながら戦況の把握に努めていた。
現在、前衛のエマ、後衛のルディアの攻撃を主軸とし、クロエとミリーがそのサポートをしている。クロエが壁やその破片を投げ飛ばし、死角からエマが剣で斬りかかる。その攻撃を受け止められたとしてもミリーが矢を放ちカバーし、その隙にルディアが魔法を全方向から撃つ。
未だに【死神】に対して致命傷を与えることはできていないが、この陣形は確実に効果を発揮していると言っていいだろう。実際、【死神】は戦闘が開始してから今まで防御しか行うことができず、攻守が入れ替わることは一度も無かった。
だが、ミリーは、【久遠の証】の面々は感じていた。じりじりと、じりじりと、追い詰められていることを。
「(……私達が攻撃すればするほど、動きのキレが増し、対処がスムーズになっていく。……間違いない。【死神】はものすごい速度で私達の攻撃に適応していってる……)」
【死神】の基礎能力は異常に高く、【久遠の証】の全力の連携攻撃にも完璧に対処することができる。それどころか、時間をかければかけるほど、攻撃に適応されていく。
ミリーは確信していた。あと数分この状況が続けば、攻守は交代する。【死神】の鎌が、【久遠の証】へ向けられる、と……。ならば、どうすればいいか。この状況を打破するためにすべきことも、ミリーには分かっていた。
この状況を打破する一手。それは―――。
「(―――奇襲が必要だわ。相手の考えの、予想の裏を突く奇襲しか、私達に勝ち目はない)」
「(―――なら、出すべきは奥の手。問題はそのタイミングだけど……)」
ミリーは思考する。自身の奥の手を使うそのタイミングを……。そして、その結論は―――。
「(―――今すぐ、今すぐ使うべきだわ。完全に適応される前に、今このタイミングで倒すっ!!)」
その瞬間、ミリーの魔弓が虹色に光り輝く。その様子を見た【死神】は目を細め警戒を露わにし、【久遠の証】の面々はミリーの意図を理解した。
「(今使うんだねっ!!アレを!)」
「(な、ならやるべきことは……)」
「(時間稼ぎ)」
段々と魔弓から放たれる光は強くなり、徐々に巨大な虹色の矢が形成されていく。その矢の尋常じゃない魔力密度を感じ取った【死神】はミリーの妨害をしようとするも、エマ、クロエ、ルディアが絶えず攻撃を仕掛けることによって、その行動は阻まれた。
そして―――矢が完成する。ミリーの魔力の大部分がつぎ込まれたその矢は、七色に光るその矢は、何者にも防御を許さない必中の矢。たとえ【死神】であろうと無傷ではすまないだろう。
「これで終わりよ。―――『
―――矢が放たれる。
同時にエマとクロエは【死神】の傍から離脱し、ルディアは【死神】がその場から動けないように全方向に魔法を展開する。
【死神】に残された選択肢は、その矢を受け止めるのみ。
「素晴らしき攻撃だ。――だが、まだ私には届かない。『
【死神】が右手を突き出すと、魔力によって形成されたシールドが展開された。そのシールドは一般的な防御魔法であり、到底ミリーの放った矢を受け止められるとは思えない。
しかし、ルディアのみが魔眼によって見抜いていた。シールドに込められた尋常ではない魔力量を……。
「(どこからあれほどの魔力を……。
その理由を考える暇もなく―――七色の矢と【死神】のシールドが衝突した。周囲に訪れる衝撃は凄まじく、【死神】を中心として暴風が巻き起こり、砂埃が舞う。それゆえに、【死神】は気付くことができなかった。
【死神】は七色の矢を無傷で受け止めることに成功し、シールドを解いた。そして砂埃の中、周囲を警戒しようとしたその直前―――ソレは来た。
「本当にこれで終わりね、【死神】」
【死神】の前に現れたのは――矢。魔法でもなく、特殊な武器でもなく、ただの矢であった。それを視認した【死神】は一瞬で思考する。
「(あの七色の矢は囮っ!!本命はこれかっ!だが、なぜ普通の矢を……っ!!あれはっ!!)」
その矢は極めて普通の矢であった。ただ一つ、矢じりに大きな魔結晶が付けられていることを除いて。
魔結晶の特徴。それは魔法を吸収すること。そして、許容を超える魔力を込められると爆発すること。その爆発は魔結晶が大きいほど威力を増す。冒険者御用達の
「ルディア!」
「分かってる」
ルディアは【死神】の周りに展開させておいた魔法を魔結晶に注ぎ込む。
「シールドは間に合わないっ!致し方なしっ!!」
許容以上の魔力を込められた魔結晶は限界を迎え―――【死神】の目の前で爆発した。
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