第31話 【死神】の実力

 A級冒険者パーティ、【久遠の証】。現在ダルメシア帝国において最もS級冒険者に近いと言われている期待の新星である。


 【久遠の証】に所属する冒険者は四人。


 魔力で形成した弓と矢、所謂魔弓の使い手である森人エルフ、【魔弓の妖精】ミリー。

 魔力を可視化する魔眼を所持し、世界で唯一流星魔法を操る人間ヒューマン、【流星の魔法使い】ルディア。

 自身の体より大きな大剣を意のままに使いこなす剣豪である人間ヒューマン、【乱剣暴風】エマ。

 類稀なる身体能力と格闘センスによって【久遠の証】内で最も名を轟かせる獣人ビースト、【暴虐の足跡】クロエ。


 誰もが才能に溢れ、尚且つその才能を努力によって昇華させ続けてきた。そんな【久遠の証】一行の前には一人の人間ヒューマンが立っていた。整えられた銀髪や皴一つない神父服から醸し出される清潔感。高い背丈に大きな丸眼鏡。

 S級賞金首であり、【久遠の証】が受けた依頼の討伐対象でもある男。【死神】カタロスである。


「みんな、分かってるわね?」

「もちろんっ!!」

「ちょ、直接的な攻撃は避ける、ですよね?」


 【久遠の証】は事前に【死神】との戦闘について話し合っていた。


『まず絶対に話し合わなければならないことは【死神】の【固有スキル】についてよ』

『【死神】の【固有スキル】って、たしか魂を抜くんだっけ?』

『えぇ、その通りよ。もちろんこの情報が間違っている可能性もあるけど、被害者の状態から見ても同じような効果ではあることは確実ね』

『た、魂を抜くって、つ、強すぎですよ……』

『でも、強力な【固有スキル】には複雑な発動条件や制限が存在する。【死神】も例には漏れない』

『そうね。魂を抜くという行為は肉体と精神体の繋がりを断ち切ることよ。強力な効果を考慮すれば、少なくとも相手の肉体に触れなければならないという条件はあるはず』

『じゃあ直接的な攻撃を避ければいいんだね!!』

『そういうこと』


 話し合いの結論として、【死神】と一瞬でも接触するような攻撃は避けること。それが【久遠の証】内で決まったのだ。


「あなたたちの顔、見覚えがあります。たしか……そう、【久遠の証】でしたよね?昔帝都で見たことがある」

「さぁ、どうでしょうね」

「……まったく、会話を楽しむ余裕もないのですか。その力強い瞳に期待はしたものの、まだまだ未熟といったところですか……」

「会話をする意味なんてない。だってあなたはもう死ぬから。『星屑の軌跡スターダスト・ロード』」


 ルディアが流星魔法『星屑の軌跡スターダスト・ロード』を唱えた。するとルディアの周囲に百を超える青い光球が発生し、その全てが各々異なる軌道で【死神】カタロスに向かい始める。

 それと同時にミリー、エマ、クロエの三人は周囲に散らばった。


「これがあの流星魔法ですか。ふむ、実に美しい魔法だ……。ですが、その程度ならば下級魔法で事足りる。『火球ファイアーボール』」


 カタロスは自身へと向かう青い光球の数だけ火球を飛ばし、青い光球と相殺していく。だが、そこに【久遠の証】は追い打ちをかける。


「よい、しょっ!!」

「おっと」


 カタロスに急接近したエマは右足で地面を強く踏み込み、大剣を水平に振った。そのたった一つの行動で地面には大きく罅が入り、周囲には風が吹き荒れた。しかし、その大剣をいとも簡単にカタロスは片腕で受け止めた。

 体内を循環している魔力を体の表面にまで広げ、体に纏うようにすると身体能力を強化することができる。戦いに身を置く者のほとんどが習得している技術である。この強化によってカタロスは大剣の刃を腕で止めたのだ。

 もちろんエマも体や大剣に魔力を纏わせ能力を強化している。それでも大剣を腕で止められたということは、魔力による身体強化においてはエマよりカタロスの方が優れていたということだろう。


「うそ!?微動だにしないや!!」

「なかなかの威力ですが―――その隙を見逃す私ではない」


 カタロスの腕がエマに迫る。


『【死神】カタロスの【固有スキル】は肉体に触れることが発動条件の一つである』


 そのことが瞬時にエマの頭をよぎるも、それでも彼女は顔に笑みを浮かべた。何故この状況で笑みを浮かべるのか。もし誰かがそう質問したものならば、彼女は迷わずこう答えるだろう。


『仲間への信頼、かな?』


 ―――空気を裂く音が聞こえた。


「っ!【魔弓の妖精】かっ!」


 カタロスが伸ばしていた腕に向かって矢が飛んできていたのだ。その矢を避けるためにカタロスはやむを得ず伸ばしていた腕を引っ込める。


「ふふ。それを私が許すとでも思った?」

「なるほど。基礎的な連携はできるようですね」

「誉めてくれてありがたいけど、私と話しててもいいの?そこ、危ないわよ」


 嫌な予感がしたカタロスが背後を向くと、そこにあったのは―――壁。目の前に壁が迫ってきていたのだ。その壁を飛ばしたのはクロエであった。格闘家でありながら敵に触れることができないという制限を背負った彼女は地下施設の壁を削り取り、それをカタロスに投げ飛ばした。


「はぁっ!!」


 カタロスは体を半回転させ飛んできていた壁に向かって蹴りを放つ。その結果、壁は粉々に砕け散った。

 しかし、その砕け散った壁の裏からエマと複数の青い光球が姿を現した。


「壁の裏に隠れていたのかっ!!」

「そいやっ!!」


 エマが狙ったのは蹴りを放った直後の脚。そこに向かって大剣を振り落とす。また、ルディアが操る『星屑の軌跡スターダスト・ロード』がカタロスのもう一方の脚へ殺到する。【久遠の証】はまずカタロスの脚を削ることに決めたのだ。


「『減速スロー』、『火球ファイアーボール』」


 カタロスは振り上げた直後の自身の脚を魔法で限界まで減速させ、その脚を軸として体を持ち上げエマの体を蹴り上げた。そして、『火球ファイアーボール』により『星屑の軌跡スターダスト・ロード』の青い光球を打ち消していく。


「うぐっ!!重たっ!!」

「まさか自分に『減速スロー』をかけたの!?」

「『減速スロー』の特性を上手く使ってる。それにさっきから『星屑の軌跡スターダスト・ロード』をただの『火球ファイアーボール』で打ち消している。基礎能力が異常なほど高い」


 『減速スロー』は本来触れた相手にかける妨害魔法である。ただし、対象の能力が高いほど効き目は薄く、強者同士の戦いになるとあまり役に立たない。

 しかし、『減速スロー』には自身の体にだけは大きく作用するという特性がある。戦闘中に自身の体を減速するなど一般的に見れば狂気の沙汰なのだが、カタロスはこの特性を上手く利用した。

 自身の脚を限界まで減速させ、実質的に位置を固定。その脚を軸に体を持ち上がらせ、逆の脚で上空にしたエマを蹴り飛ばしのだ。しかも、ルディアの『星屑の軌跡スターダスト・ロード』に対処しながらである。

 そして、『減速スロー』を解除し華麗に地面へと着地して見せた。まさにS級賞金首に相応しい達人の所業であった。


 また、ルディアが放った『星屑の軌跡スターダスト・ロード』は貫通力に優れた、殺傷能力が非常に高い魔法である。

 一般的な『火球ファイアーボール』ならば威力を落とさずに貫通することができるはずなのだが、カタロスの『火球ファイアーボール』には相殺されてしまっている。


 これはカタロスの魔力量と魔力効率が人並外れており、『火球ファイアーボール』が異常な魔力密度で構成されているためである。もちろん、そのことをルディアは理解していた。


「基礎能力もそうだけど、瞬時の判断力も素晴らしいわ。百を超える『星屑の軌跡スターダスト・ロード』を全て相殺しながらエマや私、クロエの攻撃に対応するなんて」

「これがS級賞金首」

「……さて、では反撃でもさせてもらいましょうかね」


 【死神】の鎌が【久遠の証】の首元に迫っていた。

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