第31話 人の善性


「(・・・これは、かなり厄介な固有スキルですね・・・)」


【魔神教団】に所属する少女、ミラ・ロンネットとノーベルトが会敵してから既に五分程度が経ったが、未だにノーベルトの剣はミラに届いていない。


ミラに攻撃しようとすると彼の体が硬直してしまうのだ。この現象を攻撃されることがトリガーとなって発動する固有スキルによるものだとノーベルトは推測した。


そして、ミラの固有スキルを解き明かすことが勝利への突破口であると考えた彼は、ミラから出来る限り情報を得ようと会話をするも大した情報は得られず、結果として絶えず攻撃することで固有スキルに関する新たな情報を引き出すことに決めたのだ。


ノーベルトは剣の切っ先をミラに向け突きを放つ。だがしかし、またもや彼の体は硬直してしまう。


「(・・・突きもだめですか・・・。攻撃方法をいくら変えても埒が明かないようですね。攻撃方法によらず、攻撃されること自体が固有スキル発動のトリガーのようだ)」

「あっ!!また避けられた!」


硬直の隙を狙ったミラの短剣を避けつつ、ノーベルトは固有スキルについて考察する。


「(・・・彼女の身体能力は九歳にしては規格外と言ってもいい。ですが、私の身体能力には及びません。つまり、彼女の固有スキルの詳細な発動条件さえ見破ることができれば、私の勝ちです)」


ミラの固有スキルの発動条件。それがこの戦いにおいて最も重要な情報である。


ノーベルトの身体能力はミラを大きく上回る。そのため、発動条件さえ見破り、体が硬直してしまう現象を回避することができれば、確実にノーベルトはミラを倒すことができるだろう。


「(彼女の固有スキルの効果を単純に考えれば、『自身へ攻撃に放った者の動きを止める』でしょうか・・・。ならば、直接彼女を狙うのではなく、間接的に彼女を狙えばいい・・・)」


彼はまず、ミラの固有スキルの発動条件を直接的に攻撃されることと仮定した。であれば、間接的にミラを攻撃すればいい。


そこで彼は、ミラがいる場所の天井を破壊し、瓦礫でミラを押し潰そうと考えた。そして、天井を向かって剣を振るも―――。


「(・・・これでも硬直しますか)」

「あはっ!何やっても無駄だ、よっ!!」


硬直したノーベルトに向かってミラが短剣を振った。その攻撃をノーベルトは避けるも、そこである一つのことを確信する。


「(彼女の動き、明らかに先ほどより洗練され、そして鋭くなっている・・・。そうですか・・・。やはり、私の勘は正しかった。彼女は危険だ。九歳にしては規格外の身体能力。そして、この短期間に成長を続ける戦闘技能。彼女は強力な固有スキルを持つだけではなく、間違いなく―――。


―――戦闘において天賦の才を持っている)」


絶えず攻撃を続けては硬直していたノーベルトは突如ミラから大きく距離を取った。それを見たミラはニヤニヤとした不快感を覚える笑みを浮かべ、口を開いた。


「あれ?あれあれ?もしかしてー、私を殺せなくて諦めちゃった?逃げちゃう?逃げちゃうの?」

「いえ、決して逃げはしませんよ」

「あれー?じゃあさ、なんで突然引いちゃったのー?」

「そうですね・・・。少し、悲しくなってしまってね・・・」

「悲しいー?」

「えぇ。あなたのような人間に才能があるとは、天はなんて非情なんだと。そう思ってしまってね」

「うえーん。ひどいよー。騎士が言っていい言葉じゃないよー」


大げさな泣き真似をするミラのその動きは明らかにノーベルトを煽っていた。だが、彼の表情は一切変わらない。


「そのふざけた態度がとれるのも今だけですよ・・・。あなたの固有スキル、大方見当がつきました」

「えー、ほんとかなー?言ってみなよ。聞いてあげるからさ」

「結論から言うと、あなたの固有スキルは精神操作系に分類される。つまり、私の精神を操り、攻撃を防いでいた」

「ふむふむ。なんでそう思ったのかなー?」

「理由としては、攻撃方法に関係なく攻撃する意志さえあれば体が硬直したこと。さらに言えば、違和感を覚えたのは体の硬直の仕方ですね。私の体が硬直する際、体が完全に止まるまでに少しの余韻が存在しました。あなたの固有スキルの効果が単に『私の動きの停止』ならば、その余韻など存在しないでしょう。ですが、の意志で動きを止めたのであれば、余韻が存在することも合点が行きます。自身の体をピタリと止めることなど誰にもできないのですから、余韻が存在するのは当然です」

「うんうん。なるほどなるほど」

「あなたは固有スキルを用いて私の精神を操り、私自身に私の攻撃を止めさせていた。これが答えです」

「正解っ!!!その通りだよっ!!流石は【十騎士】だね!!」


なんと驚くことに、ミラはノーベルトの考察を正解だと言い放った。戦いにおいて自身の固有スキルを相手に教えることなど余程の馬鹿でなければしない。ましてや、ノーベルトの身体能力がミラを大きく上回っているこの戦いでは自殺行為と言えるだろう。


だが、ミラは正解だと認めた。それはつまり―――。


「―――余程固有スキルに自信があるようですね」


そう。ミラには固有スキルの効果が知られたところで問題はないという自信があるのだ。


「そうだよっ!私の固有スキルは効果を知られても問題ないんだっ!!だからご褒美に、私の固有スキルを教えてあげよう!!」


その証拠に、ミラは自身の固有スキルについて赤裸々に語り始めた。


「私の固有スキルは『優しさを忘れないでマインド・リマインド』。能力は対象の善意の肥大化。私はあなたの心の奥底にある『少女を殺すわけにはいかない』という善意を肥大化させたのさ!!だからあなたは私を攻撃できないんだ!あなたの持つ善意のせいでね!」

「・・・なるほど。実に強力な固有スキルですね・・・。その能力の最も恐ろしい点は、人は必ず心のどこかに善意を抱えているという点です。しかも、たとえ意識したとしてもその善意を完全に無くすことは不可能と言っていいでしょう」

「その通りっ!!人は必ずしも善意を持って生まれるんだよ!!その善意がどんなに小さくても肥大化すれば変わらない。つまり、私の固有スキルは誰にも防ぐことができないのだ!!だからあなたは絶対に私を倒せな―――えっ?」


―――そのとき、ミラの体に異変が起きた。


自身の体が徐々に傾いていくのだ。あの男が何かしたんだ。あの男に何かされたんだ。そう考えたミラは前にいたはずのノーベルトに視線を向けるも、そこにノーベルトはいなかった。


「固有スキルを教えていただきありがとう。おかけで、あなたを簡単に倒すことができた」


ノーベルトの声が後ろから聞こえた。ミラは急いで声がした方向に振り返ろうとするも、上手く振り返ることができない。体を思い通りに動かせないのだ。


何故?どうして?


ミラがその疑問を解消するために自身の体に視線を向けると―――。


「・・・な、んで・・・?」


―――腹から上が斜めに切断されていた。


そのまま地面へと倒れるミラ。そんな彼女の様子をノーベルトは冷たい目で見つめていた。


「・・・私の、固有スキルは、発動していた、はず。・・・どう、やって・・・いや、そんな、はずは・・・」


もはや痛みすら感じずに、薄れゆく意識の中、彼女は核心へとたどり着く。


「・・・あなた、は・・・もと、もと・・・善意を持って、いない・・・?私が、肥大化していた・・・そ、の・・・善意は・・・された、もの・・・だ、から・・・意識して・・・無く、す、こと、が・・・」


それ以上、ミラが言葉を話すことはなかった。


「人は必ずしも善意をもって生まれる、ですか・・・」


ノーベルトは再び、【邪神教団】を殲滅するために走り出した。

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