第29話 容赦を知らない冷徹共

 【豪然の騎士】ハロルドが【豪餓鬼】ガドラドに遭遇した頃。

 【十騎士】の一人であり、眼鏡をかけた神経質そうな男、ノーベルト・ムル・ダウンもまた同じく、敵と相対していた。

 あらゆる状況に対して冷静に対処する。そんな能力に長けているノーベルトは常人に比べて極めて判断が早い。ゆえに、普段の彼ならば敵と遭遇した瞬間に即刻斬りかかるはずであったが、現在、彼は敵と対話をせざるを得ない状況に置かれていた。


「……なるほど。あなたに降伏の意志はないということですね?」

「そういうことっ!あなたを殺すまで私は止まらないよ?【十騎士】のノーベルトさん」


 何故ノーベルトは斬りかからずに敵と対話をしているのか。その理由は敵の容姿に関係していた。


「まったく……。幼き少女を手にかけることなど騎士の風上にも置けない行為なのですが……それでも【邪神教団】に身を置き、その短剣を私に向ける限りは……あなたを殺さなければなりませんね」

「ふふ。殺せるかなー?あなたは私を絶対に殺せない。そう私は思うけどねっ!」


 ノーベルトと相対するは十歳を超えないであろう年齢の人間ヒューマンであった。控えな色のワンピースに身を包むその少女はただの町娘のような雰囲気を纏っていた。また、あまり整えられておらず、ところどころ跳ねている赤色の髪はかえって子供特有のあどけなさを感じさせる。。

 しかし、手に持っている短剣と【邪神教団】の拠点にいるという事実が彼女の得体の知れない不気味さを醸し出していた。また、彼女の赤色の瞳には光が灯っておらず、常人が彼女の瞳を見ればきっと恐怖を感じることだろう。


 この少女に遭遇した当初、ノーベルトは斬りかからずに対話をするという選択肢しか選ぶことができなかった。少女が敵に操られている可能性や脅されている可能性など、様々なことが考えられたからだ。

 しかし、少女とある程度会話をしたことでノーベルトは確信した。この少女は危険である、と。また、やはり【邪神教団】に所属する人間は正気ではないということを。


「あなたは私を絶対に殺せない、ですか……。子供らしいあまりにも浅はかな考えですね」

「そうかなー?でも、実際私のことを誰も殺せなかったよ。帝都でも三人くらい騎士を殺したけどさ」

「……なんですって?」

「だからー、帝都で三人ぐらい騎士を殺したけど、誰も私のことを殺せなかったって言ってるんだ。帝都の騎士も大したことないよねー」

「……そうですか。仕方ありません。やはり私はmあなたのことを殺さないといけないようだ」

「ひどーい。幼気な少女を殺すなんてー。まっ、あなたには無理だけどー」

「いったいどこからその自信が生まれてくるのか……。まぁそんなことはどうでもいい。では、時間もないので―――――さようなら」


 ノーベルトは地面を蹴り少女に肉薄する。そして、彼女の首に目掛けて容赦なく剣を振った。

 剣の切っ先が首のすぐ側まで迫ろうと少女がそれを避ける気配はない。単純にノーベルトの動きを認識できないのか、それとも避けずとも大丈夫だという確信があるのか。


 そして、ノーベルトの剣は彼女の首を―――斬ることは、叶わなかった。


 剣が彼女の首へたどり着く前に、ノーベルトの体はまるで時が止まったかのようにピタリと動きを止めてしまったのだ。すると、その隙を狙っていたのか、少女は何の躊躇いもなく短剣による突きをノーベルトの心臓付近に向かって放った。

 だが、体の硬直が解けたノーベルトは短剣による突きを華麗に避け、再度少女の首に向かって剣を振る。


 しかし、また同様の現象が起きる。少女の首に向かって剣を振るも、その剣が少女の首にあたる前に体が硬直してしまうのだ。またもやその隙に少女が短剣による突きを放つも、硬直が解けたノーベルトはその突きを避け一度後方へと下がった。


「まだ自己紹介もしてないのに斬りかかるなんてひどいよー。野蛮だよー」

「ふむ、困りましたね……。あなたを斬ろうとしても、何故か体が動きを止めてしまう。あなたの攻撃を避ける際は体の硬直が解けることから考えるに、私があなたに攻撃すること。それがトリガーとなって何らかの【固有スキル】が発動し、私の動きが止められている……。そう考えるのが妥当でしょうね」

「うわー。会話する気もないじゃん。余裕がない大人ってかっこわるーい」

「……いいでしょう。ほら、さっさと自己紹介でもしてください」

「えっ。なになに。急に心変わりっ!?」


 ノーベルトは本来ならば呑気に敵と会話などしない。先ほどまでは少女が操られている、従わされている可能性が拭えなかったため致し方なく対話をしていたが、少女を敵と断定した以上、少女を殺すまで会話などしないつもりであった。

 しかし、ノーベルトは少女と会話を続けることに決めた。その理由は二つある。一つは単純に少女が所持しているだろう【固有スキル】について考察する時間を稼ぐため。もう一つは少女の性格からして、会話を続ければ何らかの情報を漏らすかもしれないと考えたからだ。


「ふふふ、よかろうっ!この私が自己紹介をしてあげようっ!私の名前はミラ・ロンネット!!元気で育ちざかりな九歳!!今まで五十人以上の大人を殺した最強女子なのだ!!」

「……ミラ・ロンネット……。その名前は……」

「え!?私、もしかして有名人!?」

「いえ、聞いたことがありませんね……」

「うん!絶対殺す!!」

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