第29話 最強に至るために

「悪いな・・・。俺は帝国のために、恥を捨ててお前を倒すぜ。『生態系の辿る道ワイルド・サインズ』っ!!!」


ハロルドは強い意志を宿した瞳でガドラドを見据えながら、力強い声で自身の固有スキルの名を叫んだ。


「おいおい!!!まさかここにきて―――」

「あぁっ!!お前の想像通り、固有スキルだっ!!!」

「はははっ!!!ここにきて固有スキルを発動するかっ!!!いいねぇ!!究極に熱い選択じゃねぇか!!!―――いいぜ!お前の全力を完膚なきまでに叩き折り、俺の方が強いことを究極に証明してやるよぉっ!!!」


ハロルドが固有スキルを発動させたことに対して、ガドラドは動揺するどころか、先ほどより興奮しているように見えた。その様子はまさに戦闘狂。【豪餓鬼】の名に恥じぬ、戦いに餓える鬼のような姿だった。だが、そんなガドラドを一つの疑問が襲う。


「・・・んん?・・・てめぇ、固有スキルでなんか変わったか?俺には究極に何も変わってないように見えるんだが・・・まさか、俺と同じような身体強化型の固有スキルか?」


固有スキルを発動させたハロルド。しかし、彼の体や周囲に視覚的な変化は見られなかった。また、ハロルドはガドラドと同様に肉体を極め、己の体を武器とする戦闘スタイルを持つ。


そのため、ガドラドはハロルドの固有スキルが自身と同じく身体能力を強化する能力であると考えたのだ。


「そうだな・・・。この戦いに決着をつける前にお前を見習って、俺の固有スキルについて教えてやるよ」

「あぁ?別に教えなくていいぜぇ?」

「いや、それだとフェアじゃないからな。俺が勝ったとき、気持ちよくないだろ?」

「はっ。減らず口を叩きやがって・・・」


通常、固有スキルの能力は余程親しい間柄でなければ開示してはならない。その理由は至極単純、敵に固有スキルが知られていた場合、戦闘する際に大きく不利に働くからである。


もちろん、ハロルドもそんなことは分かっている。しかし、彼はそれでも固有スキルを開示することにした。それは一人の戦士として、そして【豪餓鬼】ガドラドを強者として認めたゆえの行動だった。


「お前、生態系って知ってるか?」

「・・・まぁ、知ってるけどよぉ、それがどうてめぇの固有スキルと関係するんだ?」

「そう結論を急ぐな。生態系ってのは簡単に言えば、生きとし生けるすべてのものを一括りにしたもんだ。植物だとか、環境だとか、虫だとか、動物だとか、魔物だとかな。そして、この生態系ってのは最終的に一つの存在に収束する」

「一つの存在に収束、だと?」

「環境が植物を育て、植物を虫や草食動物が食し、草食動物を肉食動物や魔物が食す。そうやって、だんだん生態系のすべてがある一つの存在に収束していくんだ。・・・その一つが何かわかるか?」

「なんでその質問にわざわざ答えなくちゃならねぇんだと、そう言いてぇところだが、あえて答えるぜ。・・・あ~、そうだなぁ。ドラゴン、とかか?」

「ドラゴンか・・・。いい線いってるが、まぁ違うな。正解はな―――。


―――俺の筋肉だっ!!!」


目をカッと見開きそう叫んだハロルドに対して、ガドラドの目が点となった。


「―――は?お前の、筋肉?」

「そうだっ!!生態系は最終的に俺の筋肉へと収束する!!そして、俺の筋肉は俺が死してなおっ!!!そこに残り続けるのだ!!!」

「お前―――究極に、馬鹿、なの、か・・・?」

「いや、普通に俺は馬鹿じゃないが・・・」

「いや究極に馬鹿だろ」


突如両者の間に流れる微妙な雰囲気。それを誤魔化すかのようにハロルドは咳払いをする。そして、自身の固有スキルに関した説明を再開した。


「生態系は俺の筋肉に収束する。俺の固有スキルはそれを顕著に表した能力だ」

「やっと固有スキルの能力を言う気になったのかよ。ほら、さっさと教えやがれ」

「ふっ、いいだろう。俺の固有スキルの名は『生態系の辿る道ワイルド・サインズ』。その効果は討伐した生き物の身体能力値を体に蓄積し、固有スキル発動時に素の身体能力値に加算することだ。俺単独で討伐しなければならないという条件はあるが、その代わり蓄積された身体能力が減ることは永遠にない」

「蓄積した身体能力の加算・・・。しかも蓄積された身体能力は減らないときたか・・・。ってことはてめぇ、今どんくらい強くなってんだ?」

「そうだな・・・。固有スキル発動時、俺の素の身体能力はおよそ三十倍となる」

「・・・三十倍、だぁ?」


柄にもなくガドラドは冷や汗を流す。ガドラドの固有スキルによる身体能力の強化比率は良くて五倍程度だ。それに対して、ハロルドの強化比率は三十倍。この差は明らかである。


まさしく絶体絶命。絶望せざるを得ない状況であった。しかし、それでもガドラドは―――。それでも【豪餓鬼】は―――。


―――笑みを浮かべるのだ。


それはひとえに、最強に至るために。


「・・・この状況でも笑みを浮かべるか、【豪餓鬼】よ」

「あぁ、こんな嬉しいことはねぇ。てめぇを倒せば、俺は最強に至れるってわけだからなぁ」

「お前のようなやつに久しぶりに会ったよ。俺の固有スキルの能力を聞いてもなお、戦意を漲らせ、笑みを浮かべるとは・・・。さぁ、決着をつけようっ!!!」

「そうだなぁ、究極に派手に派手におわらせようじゃねぇかっ!!!」


緊迫した状況に反して笑みを浮かべ向かい合う両者。一人は帝国最強の十人に数えられる男。もう一人は世界的に指名手配されているS級賞金首。


世界の頂点を競う者同士の熾烈な戦いが、ついに決着を迎える。


「いくぞぉおおお!!!【豪餓鬼】ぃいいいい!!!!」

「こいやぁあああ!!!【豪然の騎士】ぃいいいいいい!!!!!」


―――二つの拳が交差した。


そして、倒れ伏すは―――。


「お前を倒すのが俺でよかったぜ・・・【豪餓鬼】」


倒れ伏すは【豪餓鬼】。【豪然の騎士】の拳が腹に突き刺さり、その衝撃で全身の骨が粉砕された結果であった。


だが、それでも―――。


「おいおいおい・・・。その傷でまだ立つのかよ」


―――だがそれでも、【豪餓鬼】は立ち上がる。


それはひとえに、最強に至るために。


「・・・俺は、最強に、なるんだ」


S級賞金首【豪餓鬼】。本名、ガドラド・ステイホワイト。彼は元々路地裏を住居とする孤児であった。


「・・・最強に、ならなくちゃ、ならねぇんだ」


彼が最強を目指すようになったきっかけは、八歳のときに起きたある出来事だった。


『おらっ!!おらっ!』

『・・・あ、う・・・あ・・・』

『おいおい、もうやめとけよ。死ぬぜ、そのガキ』

『はっ、死んでもいいだろ。路地裏のガキが死のうと誰も気にしねぇ』

『まっ、それもそうか』


当時ガドラドは路地裏に捨てられた残飯を漁っていた。しかしそのとき、非道にも賭博で負けた冒険者がその腹いせにガドラドに対して暴力を浴びせたのだ。


そして、そこからが地獄だった―――。


その街の冒険者の間で、路地裏に住む孤児をストレス発散の道具にするというが流行ったのだ。


それから毎日、騎士団が介入するまでの三か月間の間、ガドラドは冒険者たちから暴力を受け続けた。


突如として降って湧いた理不尽を身に受けた結果、ガドラドはある思いを抱くようになった。


『・・・力があれば・・・圧倒的な暴力があれば・・・最強になれば・・・』


ガドラドはそれから意識して体を鍛え始めた。


『・・・最強になれば・・・』


冒険者相手に戦いを挑み、時に敗北し、時に勝利を手にすることで己の戦闘技術を磨き続けた。


『・・・最強にならなくちゃ・・・』


すべては最強に至るために。


「・・・そうだ。・・・俺は最強になる。・・・最強に、ならなくちゃならね・・・」


今にも倒れそうなボロボロの体を何とか動かし、ガドラドはハロルドに向かって拳を振り上げた。そしてハロルドをその拳で殴りつけるも、ハロルドはびくともしない。


それはハロルドの防御力が高すぎるから?否、ガドラドの体にはもう、ほとんど力が入っていないから。


「・・・最強に、ならなくちゃ・・・」


すべては最強に至るために。


「【豪餓鬼】。いったい何がそこまでお前を突き動かす」


すべては最強に至るために。




・・・何のために?




何のために俺は、最強を目指した・・・?


何がしたいから・・・何を求めた・・・?


『・・・ちゃん!!兄ちゃんっ!!』


・・・なんだ?・・・誰の声だ・・・?


『兄ちゃん!!待ってよ!!!今私も行くからっ!!兄ちゃんっ!!』


・・・あぁ、そうだ。そうだった。


・・・思い出した。なんで今まで、こんな大事なことを忘れていたんだろう・・・。


俺が最強を目指した理由は―――。俺が力を求めた理由は―――。



「・・・死んだか。あばよ【豪餓鬼】。お前のことはたぶん、一生忘れないだろうな」


S級賞金首、【豪餓鬼】。帝都に散る。

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