第27話 熱き剛腕共
「おらぁあっ!!!」
「ぬんっ!!」
成人男性の平均と比べても数倍は太いであろう剛腕によって、向かい合う両者の顔面が無遠慮に殴りつけられる。その衝撃は凄まじく、周囲の石畳が衝撃波のみで破壊されていく。
帝国最強の十人に与えられる称号【十騎士】。その一人に数えられる
相対するは、【邪神教団】に所属するS級賞金首。【豪餓鬼】ガドラド。
両者の戦いは熾烈を極めていた。己の肉体こそが武器であるという酷似した戦闘スタイル。拮抗する身体能力。
その二つの要素を抱えたままぶつかり合った結果、互いにノーガードで殴り殴られるという状況が続いていた。されど両者の体に大きな傷はなく、振り上げた拳の勢いは全く衰えを感じさせない。
身体能力による純粋な力という分野において、帝国最強を決める戦いが繰り広げられていた。
「ガハハハハッ!!!究極にやるじゃねぇかっ!!【豪然の騎士】っ!!!」
「おめぇもなっ!【豪餓鬼】っ!!」
限界まで己の肉体を鍛え続け、絶対的に己の肉体を信じ、そしてその身を戦いに投じてきた両者には分かる。相手がどれだけ―――筋肉を愛しているかをっ!!!
「あぁ、悲しいぜ。お前みたいな骨のある奴がS級賞金首なんてな……。【豪餓鬼】ガドラド、数々のA級冒険者を殺害したことにより冒険者ギルドにて指名手配された男。鬼のように戦いを好む戦闘狂、強さに対する規格外の餓え。その姿から付けられた二つ名は【豪餓鬼】、か……」
「何をごちゃごちゃ言ってんだ、よっ!!!」
【豪餓鬼】ガドラドが再びハロルドの顔面に向かって拳を放った。その拳は先ほどと同様にハロルドの顔面を殴りつける―――はずだった。
「ふんっ!!」
「――なっ!?俺の拳を……片手で受け止めやがったっ!!」
衝撃波を生み出すほどの凄まじい勢いで放たれたガドラドの拳。ハロルドはその拳を左手で包み込むように受け止めていた。
渾身の一撃が片手で受け止められたことに唖然としているガドラドは隙だらけであったが、ハロルドが反撃することはなかった。それどころか、突如として目を見開き、その口を開いたのだ。
「お前の拳から伝わってきたぞ―――筋肉への愛がっ!!」
「……あぁ?」
「分かるぜ、俺には分かっちまうんだ……。お前が俺と同じく、己の筋肉を愛していることを、な……」
悲し気にそう呟くハロルド。そんな彼の顔には―――。
「なっ!?てめぇ……泣いてんのか!?」
―――大粒の涙が流れていた。
「うぉおおおおお!!!俺は悲しいっ!!俺と同じく筋肉を愛する者を、殺さなくてはならないなんてっ!!!」
「あぁ!?俺を殺すだとぉ!?……てめぇに俺を殺せるわけがねぇだろうがっ!!!俺がてめぇを殺すんだよ!!【豪然の騎士】っ!!」
「あぁ!!なんて悲しいんだっ!!!そして、神はなんて残酷なんだ!!今日というこの日に、俺とこいつを巡り会わせるなんてっ!!!」
号泣しながら天を向くハロルド。自身の話が全く通じない。そう判断した【豪餓鬼】ガドラドはハロルドに掴まれた拳を左手から引き離そうとするも―――。
「―――なっ!?は、離れねぇ!!拳が手から離れねぇぞ!!なんて握力だっ!!!」
「……お前を、同志を殺さなければならないなんて、なんて悲劇だ。なんで残酷な世界だ。……だがっ!!俺は騎士だっ!!だからっ!それゆえにっ!」
「おいおいおい!!!これは!!」
「―――俺はお前をっ!全力で殴るっ!!!」
「究極にまずい!!!今すぐ離れねぇと―――」
「うぉおおおおおお!!!『
『
強大な魔力が込められたハロルドの拳が放たれる。その拳はガドラドの腹に炸裂し、ガドラドは勢いよく吹き飛んだ。
「ぬぉおおおおお―――ぐはっ!!!」
叫びながら壁に衝突したガドラドはその衝撃により血反吐を吐き、そして地面に膝をついた。ハロルドのその一撃は凄まじい威力であり、ガドラドの着ていた服は無残にも破かれ、鍛え抜かれたその上半身が露出された。また、直接拳を叩きこまれた腹には酷い痣ができていた。
「……究極に、やっちまったなぁ……」
「【豪餓鬼】。これが俺とお前の、筋肉を正義のために動かすか、悪のために動かすかの差だ……」
ガドラドの呟きを自身に対する戒めの言葉と
「何を究極に勘違いしてやがる……。俺は負けを認めたわけじゃねぇぞ。いや、むしろその逆だぜ……。そう、これはお前への警告だ」
「警告……だと?」
「お前は開けちまったのさ……。パンドラの箱をな……」
ガドラドはゆっくりと立ち上がり、筋肉が割れんばかりの力を両足に込め、そして地面を蹴った。すると―――。
―――ガドラドの姿が消えた。
「っ!!速いっ!!」
先ほどより数倍速くなったガドラドの動きにハロルドは驚愕し、少しの動揺を見せた。動揺した時間は一瞬とはいえ、強者同士の戦いではその一瞬が勝敗を分ける。
「究極にお返しだぜっ!!!」
ガドラドの拳がハロルドの腹に突き刺さる。
「ぐぉおおっ!?(っ!!まずいっ!威力が今までとは段違いだっ!!!)」
先ほどのガドラド同様、ハロルドは吹き飛び壁に衝突。その衝撃により血反吐を吐き、地面に膝をついた。自身を襲う痛みを誤魔化すように、ハロルドはガドラドへ問いかける。
「……おいおい。いったい何をした、【豪餓鬼】。お前の身体能力が数倍向上しているように見えるが……」
「あぁ?それを俺が、敵のてめぇに言うとでも思ってんのか?究極にあり得ねぇよなぁ」
「……それもそうだな」
「だがあえて言うぜっ!!!そっちのほうが究極に面白れぇからなぁ!!!」
「言うのかよ……」
ハロルドの呆れた表情を横目にガドラドは自身の能力を語り始めた。
「俺の身体能力が向上した理由はただ一つっ!!固有スキルによるものだっ!!!能力名は『
「……な、なんて凶悪な能力……」
ルノアがこの場に居ればツッコミを入れていただろうが、生憎この場には頭のおかしい狂人しかいない。
ガドラドの固有スキル『
ガドラドがハロルドの攻撃を受けた際、彼の着ていた衣服は破かれ、彼の上半身が露わになった。しかし、その露わになった上半身は無駄な脂肪が一切存在しない鍛え抜かれた体だったのだ。
その完成された彼の肉体を見たハロルドは、同じく筋肉を愛する者として彼の体を美しいと、そう思ってしまったのだ。その瞬間、ガドラドの固有スキルは効果を発動した。
「そして、この固有スキルにはこんな戦い方がある。見ろ、これが俺の生み出した究極の戦闘方法だっ!!!『フロントリラックス』っ!!!!!」
「なっ!?なんだそのポーズは!?鍛え抜かれた背中や脚の筋肉がっ!!前からでも伝わってくる!!!くそっ!!美しいと思ってはいけないのに、筋肉を愛する者として、美しいと思ってしまうっ!!」
背中を広げ、胸を膨らませたポーズをとるガドラド。そのポーズは体の輪郭を強調するものであり、鍛えられた背中や脚の筋肉がハロルドに一目で伝わった。
「おらぁあ!!」
「ぐおぉ!!……なんて力っ!!」
そのまま向上した身体能力でガドラドはハロルドを殴った。なんとか受け止めるハロルドであったが、ガドラドの猛攻はまだまだ止まらない。
「『フロントダブルバイセップス』っ!!!」
「す、素晴らしい上腕二頭筋だ!!う、美しい!!」
「どらぁあ!!!」
「ぐわぁあああ!!!」
「『サイドチェスト』!!!」
「脚や腕の筋量が見ただけで分かる素晴らしいポーズだっ!!おいおい!!脚がゴリラみたいだぞ!!!」
「だらぁあ!!!」
「ぐあぁあああ!!」
「『アブドミナルアンドサイ』!!!」
「鍛え抜かれた腹筋っ!!!まるで板チョコみたいだ!!!」
「よいしょぉおおお!!!」
「ぐおぉおおおおおおおお!!!!」
続くガドラドの猛攻。ハロルドの体は次第に傷ついていき、既に至る所から血を流していた。どちらが優勢かは明らかだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「これで究極に判明したな!!帝国一、いや世界一力が強い男はこの俺っ!!【豪餓鬼】だっ!!!ガッハッハッハ!!!」
「……お前が世界一?はっ。それこそまさに、究極にあり得ねぇ、だな」
「あぁん?どの口が言ってやがる?お前はもう満身創痍。対して俺はほぼ無傷だ。……分かるよなぁ?力の差ってやつをよぉ!!!」
手を大きく広げ高らかに笑うガドラド。その様子を見ていたハロルドが抱いていた感情はたった一つ。その感情は―――。
―――哀れみ。
「……お前にこの力を使いたくなかったぜ……。同じ筋肉を愛する者として、これだけは使いたくなかった。でも、やるしかない」
「なんだ?今更何をする気だ?」
「悪いな……。俺は帝国のために、恥を捨ててお前を倒すぜ。『
【豪然の騎士】は追い詰められたことにより、その重い腰を上げた。
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