第26話 遭遇、そして始まる戦い

 ハロルドがS級賞金首である【豪餓鬼】と遭遇した頃、他の者達もまた、己の戦いに身を投じようとしていた。




 【十騎士】の一人、ノーベルトが地下通路を進んでいると前方から足音が聞こえた。通常ならその足音など気にせずに速攻で構成員を始末するのだが、その足音に違和感を覚えたノーベルトは足を止めた。

 その足音はノーベルトに向かって段々と近づいてきた。そして、ついにその足音の発生源が姿を現す。


「足音が妙に軽いとは思ったが、まさか君のような子供が【魔神教団】に所属しているとは。帝国の騎士とはいえ一言言わせてもらおう。世も末だ、とね……」


 ノーベルトは警戒しながら目の前にいる人間ヒューマンを見つめる。その姿は完全に街を歩く少女であった。おそらく十を下回る年齢であろうと推測できる。体格も、顔も、服装も、すべてが帝都のそこらを歩いている少女と何ら変わらない。―――ただ一つを除いては。


「君、その手に持っている短剣を地面に置いてはくれないか。このままでは、私は君を殺さなければいけなくなってしまう」

「う~ん、それは無理だよ。だって………」


 少女は短剣をノーベルトに向けながら、満面の笑みを浮かべた。


「この短剣を使って、私はあなたを八つ裂きにするんだから」




『ドォンッ!!!』


 【十騎士】の一人、ロンネルが地下通路を走っていると、突如天井が爆発した。爆発の衝撃や天井から落ちてくる瓦礫がロンネルを襲うも、彼は一切動揺することなく全てを防御する。


「っと、罠ですか。まぁ想定内です。どうということはない」

「どうということはない、じゃとぉ?言うじゃねぇか、クソボケが」


 通路の奥から声が聞こえた。かすれた男の声だ。ロンネルがその方向に視線を向けると、一人の老人が自身に向かって歩いてくるところが目に入った。


小人リパット特有の低い背丈、白髪の混じった茶髪に、欠けた歯。そして何より、身につけられた幾つもの魔道具。そうですか、あなたがS級賞金首である【悪老】ボンドですね」

「はっ、すました顔しやがって。そういうお前さんは【十騎士】じゃなぁ?いいのぉ。殺しがいがある。儂はお前さんのような才能ある将来有望な若者を、知恵と策で殺すのが趣味でのぉ」

「さすがは犯罪者。最低な思考ですね。ただ、残念ながらあなたでは僕には勝てません。知恵と策、それを駆使する相手にとって、僕は天敵と言ってもいい存在ですから」


 余裕を崩さないロンネルに対し、【悪老】ボンドは元々浮かべていた笑みをさらに深めた。


「その自信、すぐに失うことになるぞぉ。お前さんは儂にじわりじわりと追い詰められ、助けてくれと懇願しながら、凄惨な死を迎えることになるじゃろう。あぁ、楽しみじゃ。楽しみじゃなぁ」


 【悪老】ボンド。その異名に劣らぬ悪しき心を持つ老人だ。彼が殺害した若者は優に百を超える。その誰もが将来有望な青年だった。そんな真の悪である彼に対し、騎士がすべき行為はただ一つ。


 ロンネルは中指を立てて、口を開いた。


「死ね。クソ爺」




「うぉおおおお!!!なんでこんなことにぃぃぃ!!!!」


 ジャックは必死に走っていた。なぜなら彼の背後には巨大なゴーレムの拳が迫っているからだ。

 ノーベルト、【久遠の証】と別れた彼は通路を進んでいると、突然広い空間に出た。そして、いきなり巨大なゴーレムに襲われたのだ。その巨大ゴーレムはジャックが倒したと誤認されている巨大ガーゴイルよりもさらに巨大で、より素早く、より力強かった。


「巨大ガーゴイルの次は巨大ゴーレムかよぉぉぉ!!!!」


 ジャックが必死にゴーレムから逃げ回っていると、ゴーレムから機械音のような男の声が聞こえた。


『オラオラオラァ!!逃げ回ってんじゃねぇぞ!!俺様のガーゴイルを倒しやがったクソ野郎がよぉ!!!』

「あぁ?この声は誰の声だ!?どこに隠れてやがる!っていうか、俺はガーゴイルを倒してねぇ!!どいつもこいつもふざけんな!なんで俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ!!」

『なにふざけたこと抜かしてやがる!!てめぇがガーゴイルを倒したことは知ってんだよ!!あのガーゴイルは雑魚だがよぉ、俺の作品を壊したことには変わらねぇ!ぶっ殺してやるよぉ!!』


 ―――ぷつん。と、そんな音が聞こえた。


 ジャックは足を止め、逃げ回ることをやめた。そして振り返り、力強い目でゴーレムを睨みつける。


「もう怒った。俺は今、人生で過去最高に怒ってるぜ。意味わかんねぇことばっか起きやがって。なんで俺がこの掃討作戦に参加してるんだ。なんで俺がこんな巨大ゴーレムに襲われているんだ。どいつもこいつも、俺を英雄だと勘違いしやがって!!……神はどうやら俺を余程嫌っているらしいなぁ。あぁいいさ、どうせこのままじゃ死ぬんだ。ならやってるよ!お前を倒して、本物の英雄になってやるよ!!」

『やれるもんならやってみやがれぇ!!!』


 ジャックと巨大ゴーレムとの戦いが始まった。そんな中、それを隅から見つめる黒猫が一匹。


「(やべぇ。出るタイミング完全に見失った。いつ助けに行こう……)」





「う~ん、なかなか広いわね」

「帝都にこれほどの地下施設を作るなんて。【魔神教団】。侮れない組織」


 【久遠の証】はルノアや【十騎士】と別れてからも何事もなく通路を進んでいた。


「ほ、本当に【死神】がいるんでしょうか。も、もうかなり拠点を探索しましたけど……」

「騎士団がこの地下施設の入り口を抑えてくれてるから、今もどこかにいると僕は思うけどな~。……ん?ねぇ見て!通路の先!大きな空間が広がってるよ!」

「ほんとね。……ここから先はより警戒しながら進みましょう。あの空間には何かがいる。そんな気がしてならないわ」

「同感。強敵と戦う覚悟が必要」


 拠点に侵入してから最も強い警戒を露わにする【久遠の証】の面々は、遂にその空間へと足を踏み入れた。そして、真の悪と対面することになる。


「私の元へも侵入者が来たようですねぇ」


 コツコツと足音が響く。その方向へ視線を向けると、そこには神父服を着た人間ヒューマンが立っていた。清潔感のある見た目。高い背丈。整えられた銀髪。顔にかかった丸眼鏡。間違いない。【久遠の証】が追っていた男だ。


「ふふふ、あなた達のその覚悟を秘めた瞳。実に素晴らしい。その瞳が絶望に染まり、自ら死という救済を望むことになるとはあぁ、……神とはなんて非情なんでしょうか」

「間違いない。あなたの正体は―――S級賞金首、【死神】カタロス!!!」

「あなた達は私に懇願することになるでしょう。神父様、私を殺してください、とね」

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