第3話 本当にちょろいのは俺だった

 ドラゴンを一撃で倒した俺は分かりやすく悦に浸っていた。


「にゃあ~」

 

 猫として異世界転生したときはどうなることかと思ったが……いやぁ~、まさかドラゴンを一撃で倒せるなんてなぁ~。うんうん、異世界も案外余裕なんだな。

 今の俺なら最高のヒモになる筋道がはっきりと見えるぜ。いいか?作戦はこうだ。


 まずは普通の猫を装う。プリティビューティな黒猫である俺が床にゴロンしたり、体にスリスリしたら誰もがキュンキュンして俺の世話をしたがるだろう。これは間違いない。

 だが俺はそれだけで終わる男ではない。おそらく、この世界にはモンスターという人類共通の脅威が存在している。不謹慎かもしれないがそれを上手く利用してやろう。

 誰かがモンスターに襲われそうになっている場面に颯爽と駆けつけ、ドラゴンを倒したときと同じように一撃でモンスターを倒す。普段世話をしていたあの可愛い猫が、あんなに強いなんてっ!!と、最強のギャップ萌えで誰もが俺に心を奪われるだろう。そして俺は最高のヒモに―――。ふっ、我ながら完璧な作戦だ。


 よし、素晴らしい作戦を練ることができた。ならば早速遠くに見える街に行き、そしてヒモ界の天下を取るっ!!行くぞ!えい、えい、おー!!


「にゃあー!!」




 というわけで街の近くまで来てみたわけだが、ここで単純な感想を一つ。す、すげぇ~。

 初めて見るけど、これは城塞都市ってやつなのかな。街を囲うように左右に果てしなく石壁が伸びており、さらにその上には全身鎧を身につけ、腰に剣を携えている人達が外を見渡したり巡回したりと、警備にあたっているようだった。


 街の入口を見つけるため、とりあえず壁に沿って歩いてみるか、と常人ならば考えるのだろう。だが、俺はスーパーな身体能力を持ったチート猫だ。こんな石壁、飛び越えてしまおう。

 そう決めた俺は両足にこれでもかと力を込めた。壁上の巡回をしている警備兵に気が付かれないようにするためには、目で追えないような速度で城壁を飛び越える必要があるからだ。筋肉は限界まで縮み、今にも爆発しそうだ。

 ……俺ならできるはず。ドラゴンを倒した俺になら、この壁を高速で飛び越えることくらい、できるはずだっ!!覚悟を決め、地面を蹴るようにして俺は跳躍した。


 その瞬間―――世界は停止する。


「にゃあ……」


 なんだこれは……。時間が停止している、のか?城壁の上を歩く警備兵、空を飛ぶ鳥、目に見える光景が全て停止している。動いているのは、俺の体のみ。

 ……そうか、分かったぞ。これは時間が停止しているわけじゃない。時間が停止して見えるほど、俺が高速で移動しているんだっ!!


 なんて身体能力っ!これが俺の体のポテンシャルっ!!い、いったいどれほどの可能性を秘めているのか。もはや恐ろしい。

 そのまま城壁を飛び越えることに成功し、小屋の上へと華麗に着地する。そして、世界は動き出した。


 いけるっ!今確信した!俺は最高のヒモになれるっ!


 街への侵入に成功した俺はひとまず中心に向かって歩くことにした。人がいればいるほど、俺の世話をしてくれる美人候補も増えるわけだからな。よし!かましてくるとするか!!




 数十分後、俺は街の中心部に辿り着いた。


 この街の中心部は噴水を中心にした大きな広場になっているようだった。人通りが多く、広場で談笑している者もいる。これは絶好の場所だな……。

 俺は早速ヒモになるため、まずはそこら辺を歩いている女の子に向かって自身の可愛さのアピールを始めた。

 目の前でゴロンと転がってみたり、足元にすり寄ってみたり、「にゃあ」と甘い声で鳴いてみたり。そんなアピールを続けること数分、俺はあることを思うようになった。


―――いやぁ~、人間ってちょれ~ww。


「あらぁ、この子ほんとに人懐っこいわね~」

「そうなんですよ~。ほら、こんなに撫でさせてくれるんです」

「ちょっと無防備すぎない?野良猫とは思えないわ」


 俺の周りには既に童顔可愛い系や清楚美人系、おっとり人妻系の女の子が数人ほど集まっていた。中には日本において空想の存在であるエルフや獣人も混じっており、おやつをくれたり撫でたりして俺を甘やかしてくれる。


 ふははははっ。気分がいい!!余は今、気分がいいぞっ!!この中からおれの世話係を選んでやってもいいかもしれ、あっ、そこ、そこもっと撫でて。あ、き、気持ちええ~。

 ……って違う違う!俺が気持ちよくなってどうするっ!!俺がこの子たちを誑かすのであって、俺が誑かされるわけにはいかないんだ。俺はこの子たちのヒモになるんだ!!決してペットにはならない!!


「私も撫でていいかしら。きゃっ、体にすりすりって……」


 ふっ、俺のすりすり攻撃をくらえっ!そして、さらに追い打ちをかけるためここで一言っ!


「にゃぁ~」


甘えた感じの鳴き声を出せばっ!!


「「「……かわいい~」」」


 ほら見ろ!!まったく俺は罪な男だぜ。わずか数分で何人もの女の子を誑かしてしまった。この子らはいつしか世話をさせてくださいと俺に跪くことになるだろうな。俺の異世界生活の未来は明るい。思わずそう確信してしまったよ。ふははははは。ふははははははっ!


「なでなで~。ここが気持ちいい?」


 俺が悦に浸っていると獣人の女の子が俺の喉辺りを撫でてきた。


 あっ、ちょっ、だめだめ。そこ気持ちよすぎる。ちょっ、撫ですぎ。そこやばいって。あっ、あ~~~。俺のこと飼って~~~。……ってちがう!!!ちがうだろ!!!!このままじゃペット一直線だぞ!!!気をしっかり持つんだ!!!あ、もうちょっと下。そうそうそこそこ。あっ、気持ちいい。あぁ、もうペットでいいや……。


「この子、名前なんていうのかな」

「う~ん、首輪がないから飼い猫って感じもしないし、名前はないんじゃない?」

「じゃあ、私達がつけてあげようよ!!」


 名前なんてなんでもいいからもっと撫でてくれよ~。俺の体を思う存分まさぐって~。


「どんな名前がいいかな?」

「黒猫だから・・・クロとか?」

「それじゃ安直過ぎない?もうちょっと捻った方がいいかもね。……漆黒の英雄にちなんで、ルノアとか?」

「ルノア……いいね!!じゃあこの子の名前はルノアだ!!」


 気が付けば俺の名前が決まっていた件について。名前はルノアか。うむ、まぁなかなかいいネーミングセンスではないか。名前がないのも不便だったし、これからはルノアと名乗るとしよう。名乗る相手はいないけどな。よし、名前を付けたそこのエルフのお姉さん。褒美をやろう。くらえ、いきなり飛びつき攻撃!!


「きゃっ。……もう、お転婆さんね」


 そう言いながらも優しく受け止めてくれるお姉さん。しかも背中なでなでオプション付きで。素晴らしいサービス精神だ。ヒモ見習いの俺も見習わなければ。


「これから冒険者ギルドに行かなきゃいけないんだけど、ルノアもついてくる?」


 ぼ、冒険者ギルド!?おいおい、異世界転生の定番じゃないか!!俺も行ってみたいぞ!!可愛い受付嬢とかいるんだろ!?いるんだよなぁ!?


「にゃあ!!」


 元気よく返事をするとエルフのお姉さんは上手く俺の意志をくみ取ってくれたようだ。


「行きたいのね?じゃあ、一緒に行きましょ。皆さんごめんなさいね。ルノアはもらっていきます」

「え~、いいな~」

「この世界は弱肉強食……」

「何言ってんのあんた」


 俺との別れを惜しむ女の子たち。たくっ、モテる男はこれが辛いんだ……。

 俺は可愛い女の子たちとの別れを悲しみながらエルフのお姉さんと共に冒険者ギルドへ向かったのであった。

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