第18話 エルハード伯爵の食事会

 日中は【久遠の証】と帝都を観光し、深夜は名無し少女と会話を楽しむ。睡眠の必要がない精霊だからこそできる、そんな生活を送ること数日、遂に貴族との会食の日がやってきた。

 【久遠の証】が帝都に来た理由。それは冒険者ギルドに【久遠の証】に対する指名依頼が入ったからだ。

 その内容はアルベルト・ムル・エルハード伯爵との食事会。伯爵がぜひ新進気鋭の冒険者パーティと話をしたいとのことだった。いわゆる、貴族の接待ってやつだ。


「みんなー、準備はいい?そろそろ迎えがくるわよ」


 ミリーが準備を急かすようにパーティメンバーに呼びかけた。どうやら宿まで伯爵の使いが迎えに来るらしいのだが、使いとはいえ相手は伯爵家に属する者。出かける準備ができていないという理由で待たせるわけにはいかない。そのため、ミリーは全員に準備を急かす。


「準備万端。いつでもかかってこい」

「僕も準備できたよー!!」

「わ、私もできました」


 少しすると【久遠の証】の全員が準備を終えた。ドレスなどで着飾ると思っていたのだが、意外にもメンバー全員が冒険者の装いをしていた。

 どうやら冒険者として招待された場合は、冒険者として活動するときの服装で訪れるのが常識らしい。


 準備を終え、宿の入り口付近で待機していると、宿の前に豪華な装飾が施された馬車が到着した。そして、その馬車から執事服を着た白髪の男性が降りてくる。おそらく伯爵の使いである執事だろう。

 その執事は予想通り宿に入ってきた。そして周囲を見渡し俺達の姿を視認すると、俺達の元へ向かって歩いてくる。充分話すことができる距離まで近づくと、その執事は無駄のない綺麗な動きでお辞儀をした。


「【久遠の証】の皆さんとお見受けします。私の名はジレッド。エルハード伯爵家に仕えるしがない執事でございます」


 そのジレッドという執事からは品の良さを感じた。一つ一つの所作が信じられないほど洗練されている。貴族の関係者は皆このように品に溢れているのか……。少し伯爵家を訪れることが億劫になってしまう。


「ご丁寧にありがとう。私達が【久遠の証】よ。これは頂いた依頼書」

「拝見させていただきます」


 ミリーはジレットに冒険者ギルドより授かった依頼書を渡した。ジレッドはその依頼書をじっくりと見つめてから口を開く。


「この魔紋章は間違いなくエルハード伯爵のもの。どうやらあなた方が【久遠の証】で間違いないようですな。どうぞこちらへ。皆さんをエルハード伯爵家へご案内させていただきます」

「了解したわ。あぁ、この子も連れて行っていいかしら」


 ミリーが俺を抱き上げる。もし俺の同行を断ったら俺はこのジレットとかいう名の執事を一生許さない。その心意気でじっと見つめる。


「飼い猫ですか?それならば問題はありませんが、粗相のないように気を付けてくださると助かります」


 ふっ、流石に俺のような可愛い黒猫の同行を断ることはできなかったようだ。男さえも魅了する、罪な男だぜ。

 その後、俺達は馬車に乗り執事のジレッドと共にエルハード伯爵家を目指した。依頼はただの食事会であるが、もしエルハード伯爵が権力を盾に【久遠の証】にあんなことやこんなことを命じるのであれば、俺は徹底抗戦するつもりだ。


 さぁ行くぞ!いざ、伯爵家へ!




 数十分後、俺達は無事にエルハード伯爵家の屋敷に到着した。そして馬車を降り屋敷に目を向けると―――俺や【久遠の証】メンバーは少しの間放心してしまった。


「ち、近くで見ると……すっごくでかいです……」


 ……クロエさん?ちょっとその言葉は危ないと僕は思いますよ。


「ほんと、豪華な屋敷ねぇ」

「見て見て!庭もすっごく綺麗だよ!噴水もあるし!!」

「これが貴族。権力の象徴」

「皆様。あちらがエルハード伯爵家の屋敷でございます。伯爵は既に中でお待ちになっておりますので、さっそく屋敷へと向かいましょう」


 ジレットの言葉に従い、。俺達は屋敷へ向かって歩き出した。




 屋敷に入るとある部屋に案内された。その部屋には見ただけで食欲をそそられる食事の数々が用意された長机と、それを囲うように配置された座り心地の良さそうな椅子が置いてあった。

 そして、その椅子の一つには既に一人の人間ヒューマンが腰かけていた。中肉中背で清潔感のある白髪の男だ。その男が身に纏う衣服には宝石が付けられ、紋章が刺繍されている。おそらくこの男が―――。


「やぁ、待っていたよ。君たちがあの【久遠の証】だね……。私は依頼人であるアルベルト・ムル・エルハードだ。今日はよろしく頼むよ。まぁ自己紹介は後にして、まずは気を楽にして椅子に座ってくれ。……おぉ、猫もいるのか。猫にも椅子は必要かな?」


 椅子に腰かけていた男は【久遠の証】との食事会を望む依頼主であるエルハード伯爵本人であった。

 なかなか気さくな人物であるようで、なんと彼は猫の俺にも少し高めの椅子を用意してくれた。ほう、好感が持てる人物じゃないか。一点やろう。

 その後全員が椅子に座ったことにより、改めてエルハード伯爵が話し始める。


「改めて、私が現エルハード伯爵家当主であるアルベルト・ムル・エルハードだ。君達【久遠の証】に食事会の依頼を出した依頼主となる。よろしく頼む。それで……君たちのことを聞いてもよろしいかな?まぁ少しは知っているんだがね」

「では、まず私から。私の名前はミリー・トワイライト。A級冒険者パーティ【久遠の証】に所属する冒険者です。このパーティでは前衛と後衛を繋ぐバランサーのような役割をしています。この度はかのエルハード伯爵との食事会に招待を頂き、ありがとうございます」

「君があの【魔弓の妖精】だね。狙いを外すことのない、魔弓の名手だと聞いているよ」

「伯爵にまで知られているとは、光栄です」


 魔弓とは魔力によって形成された弓のことをいう。帝都を目指す道中で何度か目撃したが、ミリーは魔弓を用いて魔法の矢を放ち、遠方の魔物を的確に討伐していた。


「次は私。名前はルディア。魔法使い」


 伯爵に対してもその喋り方に変わりは見えないルディア。メンタルが強すぎる。


「おぉ、君は【流星の魔法使い】だな。過去に一度君の流星魔法を見たことがあるが、あれは素晴らしいものだったよ。今でも忘れることはない」

「当たり前の事実」


 え、何それかっこいい。流星魔法って何?何その強そうでかっこよさそうな言葉。男の冒険心がくすぐられるんですけど。


「じゃあ次は僕!僕の名前はエマ。帝国一の天才剣士だよ!!」

「【乱剣暴風】か。……正直に言うと予想していた容姿を全く違うな。噂を聞くに、もっと体格のいい、筋骨隆々な人物なのかと思っていたよ」

「僕は体格が小さい美少女さ!」


 【乱剣暴風】?いったい何をしたらそんな通り名が付くんだ?その名から推測すると……乱雑に剣を大振りしまくって辺りに暴風を起こしたとかか……?しかし、帝都への道中に起きた魔物との戦闘ではそんな場面目撃していないな。本気じゃなかったからか?

 ……なら、本気になったエマはどのような戦い方をするのだろうか。見てみたいような見たくないような……。


「つ、次は私ですね……。ク、クロエです。よ、よろしくお願いします」

「……き、君が【暴虐の足跡】?……と、到底そうは思えないのだが……」

「よ、よく言われますぅ」


 ぼ、【暴虐の足跡】!?なんだそれは!?なんでそんな通り名が!?……いや、クロエが暴虐なわけがない!!まったく、そんな通り名をクロエにつけるなど許せん!クロエはこんなにもいい子なのに!……でも、魔物との戦闘でもその片鱗は見せていたような……いや、そんなことない。ないったらない。


「最後にこの黒猫はルノア。最近飼い始めたんです」

「ほう。猫か……。いいじゃないか、動物とは人の心を癒してくれる存在だ。うん、素晴らしいことだね」


 おぉ、話が分かるじゃないか伯爵。そう、俺は数々の美少女の心を癒す存在。黒猫のルノアだ。気安くルノアって呼んでくれよな。アルベルト君。

 自己紹介が終わり、食事会が始まった。流石は伯爵家。最高級の食材から生み出される絶品の料理の数々に【久遠の証】のメンバー達は頬を緩ませる。その影響か会話も弾み、非常にいい雰囲気のまま食事会は進んでいく。

 このまま何事もなく依頼を達成して帰ることになる。このときの俺はそう思っていたんだが……やはり人生とは一筋縄ではいかないようだ。そのことに気が付くのは、もう少し後の話。

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