第36話 【暴虐の足跡】
「これで三対一。未だに人数不利ではあるものの、四対一で実力が拮抗していたことを考慮すると、現状は私が一歩リードといったところですかね……」
エマを除いた【久遠の証】の三人が再び戦闘態勢に入る中、【死神】は余裕綽々といった様子で佇んでいた。
【久遠の証】にとってはまさに絶望的な状況だ。先程まで四対一で戦っていたにも関わらず、仕留めることができなかった……むしろ押されていた相手。それに対して、三対一で、しかも戦闘不能に陥った仲間一人を守りながら戦わなければならない。現状を一言で表すならば、『敗北寸前』といったところだろう。
だが、そんな状況にも関わらず、ミリー、ルディア、クロエの三人は諦めていなかった。その瞳の奥には燃え上がるような闘志があった。
「あなたが一歩リード?それは間違いだわ。なぜなら、あなたは一つのミスを犯したから。それも戦況が一瞬で変わるような、致命的なミスをね」
蹲って動かないエマを守るように彼女の前に立つミリーは、【死神】が犯したたった一つの重大なミスについて指摘した。
「……ミス?この状況を見て、私がいったいどのようなミスを犯したと?」
「あなたが犯したミスは―――私達に【固有スキル】の効果を教えてしまったことよ」
「……ははっ。まさか、【固有スキル】を他者に教えてはいけない、なんて一般常識を今更語るつもりですか?いやいや、もう無理ですよ。私の精神操作魔法と【固有スキル】。たとえ効果を知っていたとしても、この二つを防ぐことはできません」
「確かに、魂を解放する【固有スキル】も、触れるだけでエマを戦闘不能にした精神操作魔法も恐ろしいわ。だけど、あなたは教えてしまった。精神さえ操作されなければ、あなたに触れられることを、私達に教えてしまった」
「はははっ!それが私の犯したミス?……残念ながら、それはミスと言えない。その前提は成り立ちませんから」
【死神】はミリーの指摘したミスを鼻で笑った。精神さえ操作されなければ触れることができる。確かにそれは事実だ。しかし、その『精神さえ操作されなければ』という前提が成り立たないことを【死神】は知っていた。
自身の精神操作魔法に対する絶対的な自信が彼にはあったのだ。実際、【死神】の精神操作魔法を拒絶することは【久遠の証】より遥かに強い大精霊のルノアでも難しいだろう。
しかし、奇跡的に、【久遠の証】には例外がいた。
「私達は運がよかった。これほど相性のいい相手と遭遇するなんて……」
「そうね。もし【死神】の得意魔法が違っていたら、私達は早々に敗北していたかもしれないわ」
「……何が言いたい?いったい何を企んでいる?」
ミリーとルディアが見せるその前向きな態度に【死神】は眉を顰める。彼女らの言いたいことが、考えていることが全く分からない。何かを企んでいるのか、自身が見落としをしているのか。様々な考えが【死神】の頭を過ぎるも、答えは出ない。
「仲間の一人が戦闘不能に陥り、いつ魂が解放されるか分からないのに、何故そんなに前向きでいられる?何を考えているのか、是非教えていただきたいものです」
「エマはきっと大丈夫。彼女は風と共に立ち上がるわ。さっき、それを思い出した」
「……要領を得ない発言ばかりですね。先ほどから、いったい何が言いたいのですか?」
「何が言いたいかっていうとね―――【久遠の証】最強が、動き出すってことよ」
新進気鋭のA級冒険者パーティ、次期英雄、次期S級冒険者パーティと持て囃される【久遠の証】。ダルメシア帝国の住民や各国の冒険者は彼女達が活躍する度に様々なことを語り合う。
誰が最もタイプか、誰が最も美人か、そして――誰が最も強いのか。必ず挙げられるその話題であったが、あるとき、その話題に終止符が打たれる。
一年前に帝都で開催された帝国最強の格闘家を決める大会、闘王杯。その大会である少女が【十騎士】の一人を抑えて優勝したのだ。その日から【久遠の証】最強は誰かという問いに対して、決まってこの名が呼ばれるようになった。
―――【暴虐の足跡】クロエ・マーナガル。強靭な精神力を持つとされるマーナガル一族、その数少ない生き残りである。
「…っ!【暴虐の足跡】っ!!【久遠の証】最強の女!!」
クロエが一瞬で【死神】に肉薄する。そして放たれる帝国最強の拳。【死神】は反射的にその拳を右手で受け止めるも……。
「っ!!なんて重い拳!!これほどとはっ!!!それに私の精神操作魔法が弾かれたっ!!精神力が異常なほど強靭だ!!」
【死神】の表情が明らかに曇る。クロエの一撃で体は大きく仰け反り、拳を受け止めた右手は痺れて動きが鈍くなる。
【死神】が精神操作魔法を得意としていたこと、クロエが強靭な精神力を持つ一族であったこと。この二つが奇跡的に嚙み合い解放された彼女の肉弾戦は、確実に【死神】を追い詰める。
「エマを傷つけたこと、許しません。あなたはここで始末します」
彼女が駆けた地面には、あまりの脚力によって足跡が刻まれていた。
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