第12話 哀れジャック、また会う日まで
幾許か時が経ち、巨大ガーゴイルの一件は落ち着きを見せてきた。避難していた行商人たちは再び帝都を目指し始め、帝都所属の騎士たちは現場の安全を確かめた終えた。現在、破壊された地面やガーゴイルの残骸などを撤去している最中である。
そして、俺と【久遠の証】、ジャックを除くレパートエアロ所属の騎士団はドラゴンの素材の安全を確認し、配置に戻った。
一方、ジャックはというと……。
「ジャック殿、本当にありがとうございます。我が商店に来て頂いた際には、是非とも色を付けさせていただきます」
「ほ、本当ですか?あ、ありがとうございます。今度行きますね……」
多くの行商人や騎士に囲まれ、ガーゴイルの討伐を称えられていた。
「あんな大きさのガーゴイルを倒してしまうなんてすごいです!!……ぼ、僕もあなたみたいな騎士になれるでしょうかっ!!」
「あ、ああ。きっとなれるさ。努力を続ければね」
「あ、ありがとうございます!!僕、頑張ります!!」
「あはは……頑張って……」
ジャックの顔は引きつっているように見えた。それもそのはず。ジャックはガーゴイルを倒したわけではない。それなのに、『巨大ガーゴイルを倒した英雄』という自身には有り余る称号を得てしまったのだ。顔も引きつることだろう。
「ジャックは大変そうだね!!」
「そうねぇ。ドラゴンの素材を早いとこ運びたいけど、騎士団のまとめ役であるジャックがあれじゃあねぇ……」
「ど、どうしましょう。ジャックさんが動けない限り、私たちも動けませんよ」
「ジャックを置いて移動を始めればいい」
「ルディア、あんたねぇ……。一応ルノアのせいというか、私たちのせいというか、ちょっと罪悪感を感じるわね」
確かにミリーの言う通りだ。俺が倒したことを隠しているからこそ、ジャックはあんな目にあっている。流石に俺でもジャックに対して罪悪感が……不思議と湧いてこないな。どうしてだろう……。たくさんの人に褒められて羨ましいからかな。それともイケメンだからかな。まったく罪悪感が湧いてこない。世の中って不思議。猫って不思議。
「でも、ここで立ち往生しているわけにもいかない」
「そうね。騎士団はどうするつもりかしら」
「我々はジャックを置き去りにして、素材を運ぶことにしました!!」
「うわっ!!びっくりした!!……ちょっとカンナ、突然背後に現れないでよ!!僕の寿命が縮んじゃったよ!!!」
「あはは、ごめんごめん」
騎士団所属のイカれた女騎士ことカンナが突然【久遠の証】のもとへと現れた。それに驚いたエマはカンナに文句を言っている。この二人は帝都へ旅路で仲を深め、今では立派な友人関係を築いていた。
「き、騎士団はジャックさんを置いていくんですか?」
「はい。ここに留まっている方が危険なので、任務を優先することにしたんですよ。ジャックもただ褒められたりお礼を言われてるだけで困ったこともないだろうし……。置いていっても大丈夫でしょう」
カンナはジャックの方を見ながらそう言った。その視線に釣られて自然と俺や【久遠の証】の視線もジャックへと向かう。ジャックは未だに多くの人に囲まれており、解放されるにはまだ時間がかかるだろう。
「確かに、あれを待ってたら日が暮れそうね。……ってあれ、……もしかして貴族じゃない?」
「え?」
「あ~、本当ですね。ジャックの方に向かってますよ」
一目で貴族だと分かるような豪華で煌びやかな服を着た
そして、その男は悠々とした足取りでジャックの元へたどり着いた。
「私はウィペット伯爵家現当主、ジャンクエッタ・ムル・ウィペットである。帝都の城壁付近に関する警備の命を皇帝より授かっているのだが……どうやら貴殿のおかげで危機を免れることができたようだ。礼を言う」
伯爵が一介の騎士に対して頭を下げるという異常事態に、周りにいた民衆は騒めき、ジャックも慌てふためく。
「い、いえ。伯爵様、お礼なんてやめてください。そ、その……じつは私がガーゴイルを倒したわけではないんです」
「ふはは、謙遜するでない。私も城壁からその様を見ていたのだ。確かに倒す瞬間こそ視認できなかったが、あの周辺で動ける人物は君しかいなかった。謙遜しても意味がないぞ。……そうだ、君を我が家に招待しよう。この後、仕事が終わってからでも構わない。我が伯爵家で食事でもどうだ?使いは送ろう」
「っえ!?い、いや、でも、私は本当にガーゴイルを倒してないんですっ!」
ジャックは誘いを断りたかったそうにしていた。万が一ガーゴイルを倒していないことがバレたらどうなるものか、分かったものではない。それゆえに断りたかったのだろうが……それは許されなかったようだ。
「ん?……君はもしかして、この私の招待を断るのかい?」
「い、いえ!ぜひ行かせてください!!」
「おぉ、よかったよかった。ははは、もし断られたら……ねぇ?」
「あははは!!断るわけないではありませんか!!あははは」
ウィペット伯爵の威圧にビビり散らかし、ジャックはつい了承してしまった。
「うわ~。ジャック、面倒くさそうなことになっているわね」
「そうですね。……まぁ、放っておきましょう!!ジャックならなんとかなるはずです。あの人、生き方が上手いんで」
「あ~、確かに。ジャックって世渡り上手って感じがする!!」
ミリーとカンナ、エマが他人事のように話す。まったく、薄情なやつらだ。ジャックが可哀そうじゃないか。帝都、楽しみだなぁ~。
「では、私たちは帝都に向けてしゅっぱ~つ!!」
「「「「お~」」」」
「にゃ~」
そうして俺たちはジャックを置いて先に進み、騎士団と共に帝都に入っていくのであった。哀れジャック、また会う日まで。
帝都のどこかにある一部屋で、七人の人間が大きな円卓を囲むように話し合っていた。
「おいおい、あのガーゴイルで帝都の騎士どもの実力を測るんじゃなかったのかよ。知らねぇ騎士に瞬殺されてんじゃねぇか。究極にだせぇ」
筋骨隆々の若い男が悪態をつく。体に刻まれた大きな傷や鉄のように硬そうな肉体は彼の生き様を物語っているように思える。
「いえ、収穫はありますよ。少なくともあのガーゴイルを瞬殺できる人物がいるということが分かりました。人間は常に前進を続ける生き物です。失敗というものは本質的に存在しない……。私達は確かに、一歩前に前進したのですよ」
神父のような恰好をした壮年の男は薄い笑みを浮かべている。
「な~にが一歩前に前進じゃ。その一歩が赤子の一歩じゃ意味ないやろボケが」
口の悪い老人が酒瓶を片手に持ちながら神父に向かって毒を吐く。
「まったく、一歩前進どころかガーゴイルが倒されたことを含めれば一歩後退よ。私たちが戦力を失っただけ」
魅惑的な雰囲気を醸し出す赤いドレスの女が溜息を吐いた。
「はっ、あのガーゴイルは俺の失敗作だぜ?倒されても問題はねぇな。俺の完成された作品に比べれば雑魚もいいとこだ。戦力にも数えられねぇよ」
細身の男が何らかの設計図を描きながら女に反論した。
「ボス~。はやく戦わせておくれよ~。スリルが欲しいんだよ~、スリルが~」
子供のような背丈の女が隣に座る男をボスと呼んだ。
「もうすぐだ。もうすぐで好きなだけ暴れさせてやる。帝国城に封印されている魔神を復活させ、この世の全てを破壊するんだ。これから楽しくなるぞ」
ボスと呼ばれた漆黒の男が邪悪に満ちた笑い声をあげる。この七人が帝都で何を成すのか、今はまだ誰も知らない。
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