帝都編

第13話 帝都到着

 帝都に到着した俺達は無事にドラゴンの素材の運搬という大仕事を達成した。【久遠の証】メンバーや騎士団員達は緊張感のある仕事から解放されたからか、清々しい笑みを浮かべている。

 騎士団のまとめ役であったジャックを置いてきたものの、カンナが代理として騎士団のまとめ役を買って出たことによって、スムーズに素材の納品を終えることができたのだ。


 それにしても帝都の人の数は多いな。レパートエアロも人が多かったと感じたが、帝都は比べ物にならない。

 城壁を超え帝都の中に入った瞬間のことだ。多くの住民たちの喧騒が聞こえ、大通りにはとんでもない数の建物がズラリと立ち並んでいた。さらには商魂たくましい商人達が様々なものを道行く人々に売っており、人の熱気というものがそこにはあったのだ。


 そのような光景を見てテンションが上がらないはずがない。その熱気に当てられた【久遠の証】がこれからの予定について楽し気に話し合っていると、カンナが騎士団代表として礼を告げに来た。


「いやぁ~【久遠の証】の皆さん、ありがとうございました!!すごく助かりました!!これ、依頼達成書です!!」


 ミリーがカンナから依頼達成書を受け取る。この用紙を冒険者ギルドに提出することで依頼を達成したことになるらしい。

 こんな紙切れが証明書になるなど大丈夫なのかと元日本人としては思ってしまう。誰かに盗まれたり、誰かに偽造されそうなのだが……どうやら案外問題は起きないようだ。

 理由は単純で、誰も冒険者ギルドを敵に回したくないから。冒険者ギルドは世界に大きな影響を及ぼす超巨大組織。なんでも敵に回したら死ぬまで追いかけられるとか。そりゃあ誰も敵対したいとは思わないな。


「こちらこそありがとうと言わせてほしいわ。元々帝都に来る予定だったから、本当にちょうどよかったのよ」

「そう言ってもらえると助かります!!」


 ミリーの社会適正が高い。『こっちも……、いやこちらこそ……』というお決まりの流れを自然な形で実演しているのだ。自身も相手も嫌な気持ちにならない良いコミュニケーションだ。

 一方、ルディアとクロエは何も喋っていないし、エマはカンナそっちのけで俺の頭を撫でている。【久遠の証】にリーダーはいないと聞いているが、実質リーダーはミリーのようなものだろうな。


「んふふ~、ここが気持ちいんでしょ?」

「にゃあ」


 しかし困ったな。思わず甘えた声で鳴いてしまうほど、エマの撫で方が上達している。俺はもう目を細めてゴロゴロと喉を鳴らすことしかできない。あまりにも無力な大精霊だ。


「僕には猫を撫でる才能があったのかな~。あぁ~、かわいいね~」

「同感です!!本当にかわいいですねぇ!!私も撫でていいですか!?」


 カンナが興奮した様子で鼻息を立てている。正直に言ってキモイ……。


「ルノアが嫌がらないならいいよ!!」

「ルノアちゃん、いいですか!?」

「にゃ(だめです)」

「え~、そこをなんとか~」

「にゃ(嫌です)」

「なんで嫌なんですか~」


 いや、誰だってこれぞ変態という顔しているヤツに俺の体を触られたくないだろ……というかなんで普通に会話してんだよ!?もう怖いよ!!


「大精……ル、ルノアさんの言っていることが分かるんですか?」


 ……クロエちゃん。いま、俺のことを大精霊様って言いかけたよね。もう半分口に出てたからね。口から大精霊が半分体出してからね。本当に気を付けてね。特にカンナだけにはバレたくないからね。


「会話ぐらいできますよ、猫の表情を見ればね。そう。なんてったって私は、人呼んで猫好きのカンナ。世界一の猫好き。人類猫好き代表」


 なんで表情で会話できるんだよ!そういうとこが嫌なんだよ!怖いの!そういうとこが怖いの!!人は理解不能なことが目の間で起こると恐怖を覚えるの!!


「カンナ、ルノアが嫌がっているのなら撫でるのをやめておくべき。猫好きを自称するなら猫の気持ちこそが最優先。違う?」


 困っているところにルディアが助け舟を出してくれた。ルディア、やればできる子。


「ふ~ん、撫でさせてくれないんですね~。そうですかそうですか……。あ、皆さん聞いてくださいよ!!最近私の身の回りで変なことが起きてるんです!!」

「変なこと?」

「はい!!!ドラゴンが何故か絶命していたり、目の前で巨大ガーゴイルが消し飛ばされたりするんです!!それで、その周りには決まってある黒猫がいるんですよ!!しかもその黒猫、生殖器がなかったり、知能が高かったり、明らかに普通の猫じゃないんです!!……皆さん、何か知りませんか?」

「し、知らないわね。私は何も知らないわ。私の辞書にそんなことは載ってないもの。載っていないのなら知らないってことでしょ?」

「そ、それ以上は知ってはいけないパンドラの箱。きっと災いが訪れる。世界は滅亡し、新たに肉球王国が建国される」


 ……もうだめだ。ミリーとルディアは嘘をつこうとすると極限まで知能が低くなるらしい。まったく誤魔化せてないし逆に怪しさが増してる。ほら見て、ルディアの目が泳ぎすぎて太平洋横断してる。


「そうですか、何も知りませんか。いや~、このことを周りの人に言いふらそうと思ってるんですけど~、ルノアちゃんが撫でさせてくれたら……嬉しすぎて全部忘れちゃうかもな~」


 こ、この女。俺を脅してやがる。大精霊であるこの俺を脅してやがるっ!!あんまりこの僕を舐めているんじゃあないぞぉ!!!このクソアマがぁっ!!!




「にゃ~」

「ここですね!!ここですねっ!!ここが気持ちいいんですね!!」


 あっ、そこ。そうそこ。あっ、あ~。だめ、あっ……だめ、これ以上撫でられたらおかしくなるぅ!!


「あっ!!ルノアちゃん!!」


 俺は自身の尊厳が失われていくのを感じ、急いでカンナの元から飛びのいた。……危なかった。これ以上撫でられていたらペットになっていたかもしれない……。世界一の猫好きを自称するだけの腕はあるってことか。


「もう……仕方ないですね。今回はこれで満足としましょう」


 今回は、だと?


「あ、あはは……。今回は、ね。……ねぇカンナ、結局ジャックはどうなったの?」


 これ以上俺のことを追及されたくないと思ったのか、ミリーがあからさまに話題を変えた。


「さぁ?まだ色んな人に囲まれているんじゃないですか?まぁジャックならなんとかしますよ!!」

「おいおい、俺の扱いがちょっと雑じゃないか?」

「あっ、ジャック!!」


 俺達の背後にジャックが姿を現した。心なしか疲れた表情をしているように見える。どうやら大変な目に合ったようだな。


「だ、大丈夫でした?」


 快く置き去りにした俺達とは異なり、クロエはしっかりジャックのことを心配していたようだ。うんうん、クロエちゃんはいい子だ。心優しい。心が汚れ切った俺とは大違いだ。


「まぁ、なんとかな。……だが一つ、悩みの種ができてな。なんと明日、ウィペット伯爵家を訪れることになったんだよ。俺はガーゴイルなんて倒してないのに、伯爵が俺が倒したもんだと勘違いしちゃってさぁ。……ったく、どうすればいいかなぁ」

「あ、あはははは。お気の毒に……」


 俺と【久遠の証】のメンバーはジャックではなく俺がガーゴイルを倒したことを知っているが、その事実は俺達の都合により隠されている。

 その影響でジャックが英雄だと誤認され大変な目に合っているため、【久遠の証】の面々は少し気まずさを感じているようだ。まぁ実際、俺達に非があるのだが。


「と、ところで、騎士団はこれからどうするの?僕達は依頼まで後数日あるから帝都を観光しようと思ってるんだ!」


 気まずさに耐えかねたのか、エマが予定を聞く。


「俺たちも帝都で一週間ほど休暇を過ごす予定だ。まぁ、俺は休めないかもしれないがな」

「私は一週間猫カフェに通うぞぉ!!」

「へ~、猫カフェね。私も行ってみようかしら」


 え?浮気ですか?ひどいです。私にあんなモフモフやこんなモフモフをしておいて!!


「じゃ、仕事も終わったようだし俺はさっさと宿に行くよ。さすがに疲れた」

「じゃあ私もそうします。皆さん、さようなら~。また会ったら仲良くしましょうね~」

「えぇ、またどこかで」

「ばいば~い!!」

「さ、さよならです」

「また」

「にゃにゃ~」


 そうしてカンナやジャックを含めた騎士団員達は去っていった。三週間も共に過ごした仲だ。いなくなったらいなくなったで少し寂しい気持ちもあるな。【久遠の証】メンバーも同じようなことを感じたのか、気持ちを切り替えるように声を出す。


「私たちもこれから数日間自由行動よ!!帝都を楽しみましょう!!」

「「「お~う!」」」

「にゃ!」

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