第14話 名無し少女と黒猫

 無事に帝都に到着し素材運搬の依頼を終えた【久遠の証】。さすがに疲れが溜まっていたのか、冒険者ギルドで依頼達成書を受理してもらった後、特に遊びもせずに宿へ直行。夕食を食べ、風呂に入り、すぎに就寝した。もちろん俺も彼女達と就寝したのだが……。


 ―――突然目が覚めた。


「んにゃ……」


 意識は起きているはずなのに思考がまとまらない。俺はぼんやりと周りを見渡す。部屋はまだ暗いまま。おそらく時間帯は深夜といったところか。【久遠の証】の四人は各々ベットで眠りについている。

 俺は精霊だるため疲れが溜まらない。比較的早い時間に就寝したことも相まって、こんな時間に目が覚めてしまったのだろう。また寝ようと目を瞑るも、もう意識が完全に覚醒してしまって簡単に眠れそうにない。

 よし、どうせ眠れないなら深夜の帝都観光でもしてみよう。深夜であるためどの店も開いてないかもしれないが、気持ちのいい夜風にあたってみるのも悪くない。


 そうして俺は外に出て宿の屋上へと上がった。……え?何故わざわざ屋上に上がったかって?そりゃあお前、高いところに居たほうがかっこいいからだよ。

 案の定外は暗く、帝都は寝静まっていた。空には月が青く輝き、爛々とした星が輝いている。

 

 帝都には全ての通りに魔導ランプが灯っており、深夜にもかかわらず道を歩くのには困らないほどの明るさがあった。しかし、魔導ランプ以外に光を放つものは少なく、それゆえに夜空が綺麗に見える。

 夜の街に一匹の黒猫か。……我ながら絵になるな。


「ふむ。確かに絵になるね。そこに私も入れたら、もっと絵になるかもね」


 ……え?


「にゃ?」


 気が付くと俺の隣に見知らぬ人間ヒューマンの美少女が立っていた。腰辺りまで伸びる艶やかで流れるような黒髪、芯の強さを感じさせる力強い黒色の瞳、思わず目を奪われてしまうような整った顔、抜群のプロポーション。まさに絶世の美少女の姿がそこにはあった。

 しかし、おかしい。先ほどまでここには誰もいなかったはずだ。どうやって彼女はこの屋上に上がってきたのだろうか。


「気になるようだね?私がどうやって君の隣に現れたのか」


 あぁ、気になるね。……あれ、なんか俺の思考読まれてない?


「うん、申し訳ないけど君の思考を読ませてもらってるよ」


 えぇ!?プライベートの侵害ですよ!!


 謎の美少女は端正な顔を俺に近づけてくる。そして、手を顎に当て考え込むような様子を見せた。


「それにしても君、非常に興味深い存在だね。君は精霊だ。それも大精霊に相当する精霊。それはずなのに……君の持つ魂は明らかに人間のものだ。人間が自身の存在を保ったまま、精霊へと昇華したのか。それとも人間と精霊が融合したのか。う~ん、何があったらこのようなことが起きるのかな」


 うげぇっ!!全部見抜かれてる。この子、全部見透かす系女子だ!!俺の全てを見透かして!!


「あはは、君は変わった人だね。普通思考を読まれたら得体の知れない恐怖に顔を歪ませるはずなんだけどな」


 恐怖なんて感じないね。美少女に、読ませてなんぼ、心の声。ルノア、心の一句。


「……本当に君は変わっているね。今私は君に話しかけたことを少し後悔しているよ」


 えぇ。そんなこと言わないでよ。今なら俺をモフモフし放題だよぉ。


「モフモフし放題といっても、私は君をどうしてもモフモフできないんだ」


 そんなに俺をモフモフしたくないのか。少しショックなんだけど。これでも世界一美しい黒猫を自称しているんだけどな。


「違うんだ。原因は君にはなく、私にあるんだよ。ほら」


 少女が俺に手を伸ばす。そして今にも俺に触れそうになると―――。


―――少女の手が俺の体をすり抜けた。


「私はね、曰く幽霊というやつなんだ」


 ……まじですか。





「三年位前からかな。いつの間にか私は帝都を彷徨う幽霊になっていた。それも記憶を全て失っているようでね。自分の素性が一切分からない。名前とか、歳とか、どこに住んでいたかとか、全てを忘れてしまったんだ」


 自身のことを幽霊という美少女は俺の隣に座り、自身のことについて語り始めた。それにしてもきつい境遇だな。俺も元日本人としての記憶を失ってはいるが、記憶を失っても新たに得たものがある俺と、記憶どころか全てを失った彼女とでは境遇は全く違う。


「さらに困ったことに、どういうことか私の存在自体が帝都に根付いているようでね。帝都を出ることもできないんだ。まぁそれで暇してたんだけど、君という存在を見つけてね。幽霊とは精神体であり、普通の人間は私を視認できないけど、肉体と精神体の間に存在する精霊なら私が見えるのではないかと思ったんだ。案の定君は私を視認できているようだね」


 俺以外は視認することが出来ないのか。……ってことは、三年も独りぼっちだったのか!?


「うん、そうなんだよ。誰も私を見てくれなかったし、誰も私の声を聞いてくれなかったんだ。……とても、とても寂しい三年間だった。だから君という存在に出会えて、すごく嬉しいんだ」


 幽霊である少女は涙ぐみながらも満面の笑みを浮かべて俺を見た。けれどその笑顔はどこか寂しさを含んでいて……とても印象に残る笑顔だった。


「幽霊になったせいか、人の心を読めるようになったし、魂というものを何となく知覚できるようにもなった。おそらく私の存在自体が死という概念に近づいたからだろうね。それと幽霊は浮遊もできるし、建物をすり抜けることもできる。君の元に突然私が現れたのは、私が建物をすり抜けながら浮遊したからだ」


 本当に幽霊なんだな。正直見た目はただの美少女だから、言われなければ幽霊だって気が付かなかっただろう。……そういえば、しっかり挨拶をしてなかったな。俺はルノアだ。よろしく。


「あぁ、そうだったね。私ということが挨拶を忘れるとは。そうだな……私のことは名無し少女とでも呼んでくれ。よろしく、ルノア」


 名無し少女って安直だな。もっといい呼び方があったろうに。


「安直だっていいじゃないか。……ところで、実は君にお願いしたいことがあるんだけど」


 お願い?……まぁ、俺が叶えられる範囲なら叶えたいけど。


「どうしても、どうしても叶えてほしい願いなんだ」


 今まで見せなかった名無し少女の真剣な表情に、俺は一体どんなお願いをされるのだろうと身を構える。


「君にね―――。


―――ある男を、殺してほしいんだよ」


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