第22話 神父服を着た男
オリヴィアに魔神の話を聞いたその日、俺と【久遠の証】の面々は帝都の南区にあるアルカード通りを訪れていた。エルハード伯爵によると、このアルカード通りでS級賞金首であり、依頼の討伐対象でもある【死神】カタロスが目撃されたらしい。
アルカード通りは多種多様な商店が並んだ通りであり、商人や運搬業者、主婦や冒険者など、非常に多くの人間が行き来している。この中から【死神】を見つけるのは至難の業だろう。もっとも、ルディアの魔眼がなければ、の話だが。
ルディアの魔眼は通常人間には見ることのできない魔力を可視化する。つまり、人間が秘めている魔力量を正確に視認することができるのだ。魔眼は非常に希少なものであり、魔眼さえあれば生活には困らないと言われているほど、価値が高いらしい。ルディアの魔眼の便利さを見れば、それも納得だ。
S級賞金首となるほどの実力を持つ【死神】の魔力量は常人とは比べ物にならないほど多いだろう。【久遠の証】はそう予想し、ルディアの魔眼で体内に秘めた魔力量が多い人物を見つけ、その人物について調査しようという作戦を立てたのだ。
しかし、この作戦の効率は決して良いわけではなく、既に調査を始めてから一時間ほど経過したが成果はまだない。
「どう?魔力が多い人はいた?」
ミリーがもう何度したか分からない質問をルディアに投げかけた。それに対してルディアは残念そうに首を振る。
「まだそれらしき人物は見つからない」
「やっぱりそんな簡単には見つからないということね。まぁ今日はまだ一日目だし、地道にいきましょう」
「そうだね~。さすがの僕も今回はルディアに頼りきりだし、ルノアを撫でることくらいしかできないよ~」
「にゃにゃ」
隣を歩いていた俺を突然エマが抱き上げ、頭を撫でてきた。そうだ。存分に俺をなでなでするといい。さすれば、あなたに幸せが訪れることでしょう。
「ル、ルディア。あ、あの人なんてどうですか?神父の恰好をしてますし……【死神】は元々神父だっだんですよね?」
クロエが通りを歩いていた神父服を着た
確か【死神】は犯罪を犯す前、神父を務めていたと言っていたな。だからクロエはあの男を疑ったのだろう。だが、流石に今も神父服を着ているわけがない。ミリーも俺と同じことを思ったのか、クロエの意見を否定した。
「【死神】が神父の恰好をしていたら隠す気がまるでないじゃない。さすがにそれはないんじゃない?」
確かにその通りだと、そんな空気が【久遠の証】内に流れた。しかし、その神父服の男を見たルディアの雰囲気が突如として変化する。冒険者として活動するときに発する鋭い雰囲気だ。
「いや……あの神父服の男。魔力があまりにも多い。相当な実力者。……本当に【死神】かも」
「……まじで?」
「まじ」
「……じゃあ、とりあえず追ってみましょうか。皆、決して油断しないようにね」
「了解っ!!」
怪しまれないように近くの屋台や店に興味を示す振りをしながら神父服の男を追跡していく。ちなみに俺はキュートな猫という魅力的な外見のおかげで、屋台の店主たちにおやつを幾つかもらっていた。イカ焼きうま。
しばらく神父服の男を追い続けると、その男はとある雑貨店に入っていった。
「お店入っちゃったね。どうする?」
「待機一択」
「そうね。怪しまれない程度に待ちましょう」
男が雑貨店から出てくるのを待つことにした【久遠の証】。しかし……。
「……出てこないわね」
「もう三十分は待ってるよ。このまま待ってても埒が明かないかも?」
入ったはずの雑貨店からあの神父服を着た男が出てこないのだ。ただの雑貨店でこの滞在時間は明らかにおかしい。……あの神父服を着た男、本格的に怪しくなってきたな。【久遠の証】の面々もそう思ったのか、先ほどより警戒しているように見える。
「私達もあの雑貨店に入ってみよう」
ルディアもエマと同様埒が明かないと考えたのか、店に入ることを提案する。その意見にクロエは驚く様子を見せた。
「え、き、危険じゃないですか?」
「いや、普通の客もいるようだからそこまで危険ではないはず。怪しいけど」
ルディアの意見に少しの間考えた後、ミリーは賛同した。
「そうね。入ってみましょうか。万が一の時は戦闘も視野に入れましょう。ただ、何かあったら市民の避難が優先ね」
「りょうかーい」
最終的に【久遠の証】は雑貨店に入ることに決めたようだ。俺は基本的に【久遠の証】の判断に従う方針なので、大人しくその決定に従う。
警戒しながらも、それを表に出さないように自然体で雑貨店の中へ入る一行。しかし、雑貨店の店内を回るも特におかしなところは見つからなかった。
「お、おかしなところはないですね」
「確かにおかしいところはないけど、でもあの神父の男が見当たらないよ。どこ行ったんだろう?」
「うーん、いるとしたら店の裏の方かしら?」
ミリーの言葉にルディアが首を振った。
「いや、もうこの店のどこにもいない。あれほどの魔力量、魔眼がなくても意識すればなんとなく居場所が分かる。少なくとも、この店の表にも裏にもあの男はもういない」
「なるほどね……。それなら犯罪者特有のあれね。正規の店に隠れ地下通路パターンね。きっとこの店の店主は犯罪者の協力者よ。この場合私達ではどうしようもないから一旦店を出ましょうか」
なるほど。正規の店を構えておいて、その店の地下に隠し通路を設置しているのか。
「そ、そうですね。一応ここは正規の店だし、公的な権力を持たない私達では何もできませんし……」
「歯がゆいね!僕の大剣で全部切りたくなっちゃうよ!」
「それだけはやめなさい」
届きそうで届かない。そんなもどかしさを抱えながらも店を出た。
「で、これからどうする?ミリー」
「……どうしましょう、エマ」
「うーん、クロエならどうする?」
「る、ルディアは何かアイデアがありませんか?」
誰も良いアイデアを思いつかないらしい。だが、それも仕方がないことだろう。正規の店を隠れ蓑にしているところが質が悪い。公的な権力も持たない冒険者が正規の店に突撃すれば、冒険者の方が捕まってしまうだろう。つまり、冒険者ではどうしようもないということだ。
せめてどこかに―――。
「―――公的な権力を持つ、例えば騎士とかがいればなぁ」
俺と同じセリフをミリーが呟いたその瞬間、奇跡が起きる。
「―――おい。お前らこんなとこでいったい何してんだ?」
「あ、ジャック」
……おやおやぁ、ジャックくん。いいところに来たじゃないか。
「ちょーっと、時間いいかしら?ジャック」
「え……なんだか嫌な予感がするんだが……」
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