第21話 オリヴィアと決意

「依頼を受けたはいいけど、明日から具体的にどうするの?」


 ベットに全身を預けたエマがふとそう口にした。ちなみに俺はエマと同じベットでリラックスしながらそれを聞いている。【久遠の証】の面々はエルハード伯爵との食事会という依頼を終えた。その後、冒険者ギルドに依頼達成の報告をし、宿へと帰還したのだ。


「伯爵からの情報によると、帝都の南区にあるアルカード通りで【死神】が目撃されたらしいわ。だから明日からはアルカード通りに行って、ルディアの魔眼で通りを歩く人々の魔力を監視する。そして、明らかに魔力が多い人間を調査する予定よ」

「私の魔眼は超有能。安心して任せるがいい」


 【死神】カタロスの討伐。それが【久遠の証】がエルハード伯爵から個人的に受けた依頼である。【死神】はS級賞金首という賞金首の中でも最上位の危険度に当てはまる人物らしい。つまり、それほどに脅威的な存在であるということだ。

 そのような背景もあり、ミリーは【死神】が多くの魔力を保有している強者だと考えた。そして、魔力を可視化するルディアの魔眼で探し出すという作戦を立てたわけだ。


「なるほど~。S級賞金首ともなると、魔力は人並外れた量だろうね~。でもさぁ、本当にあの【死神】が帝都にいるのかな。正直僕は伯爵の都合のいい思い込みだと思ってるんだけど。ほら、相当追い詰められてたみたいだしさ」


 エマは元気なボクっ娘かと思いきや、意外と冷静でドライな一面も見せる。今回も伯爵からもたらされた【死神】カタロスの目撃情報。これは伯爵の焦りからくる単なる思い込みであると、その可能性について言及していた。なかなかドライな意見だな……。まぁそのギャップがまたいいんだ。


「そのときはそのときよ。冷たいようだけれど、【死神】がいなかったらいなかったと報告すればいいと思うわ。ただ、最も最悪なパターンは、いないと思った【死神】がいること。【死神】なんていないと勝手に思い込んで、油断だけはしてはいけない。S級賞金首相手にそれは命取りよ」

「ゆ、油断大敵、ですね」

「その通りよ」

「ふむふむ、確かにその通りだね!よぉし、明日からがんばろー!!」


 【死神】カタロスが所有する【固有スキル】は人間の魂を肉体から抜くという恐るべきもの。【久遠の証】の皆が自身の意志でこの依頼を受けたのだから顕著な手助けはしないが、もしも誰かがその固有スキルの被害に遭うものなら―――その魂を抜かれそうになるものなら―――そして、【死神】を逃してしまうようなら―――。



 ―――俺が【死神】とやらを始末する。


 ……とか言って負けたらどうしよう。




 その日の深夜、月が頭上に輝く頃、俺は例によって宿泊している宿の屋上へと足を運ぶ。名無し少女ことオリヴィアの話し相手となるためだ。


「やぁ、今夜も私の話し相手になってくれるのかい?」


 オリヴィアが俺の目の前に突如現れた。これも精神体だからこそ為せる業といったところか。


『あぁ、もちのろんよっ!!帝都にいる間は話し相手になるさ。俺にとっても会話ができる人間は今のところ君しかいないし、美少女との会話は何よりも楽しいからな』

「ふふ。そう言ってもらえるとこちらとしても嬉しいよ。ところでルノア……君、普段より元気が少しないな。もしかして今日、何かあったのかい?」


 オリヴィアは首を傾げながら俺を覗き込んだ。


『いや、元気がないとかじゃなくて、今はなんと言うか……そう、少しだけ真剣な気持ちになっているんだ』

「真剣な気持ち?」

『あぁ、真剣にならざるを得ないことがあったんだ。まぁ、プライベートなことだからあんまり話せないけどな』

「ふーん」


 話せないと言った俺に対してオリヴィアはジト目で訝しんでいる。そんな目をしても俺は話さないぞ。

 俺はオリヴィアに【死神】の件を話さないことに決めた。君は助かるかもしれないなんてことを言って、もし【死神】を討伐できないなんてことになったら、ただぬか喜びさせただけになってしまうからだ。

 今俺にできることは、オリヴィアの話し相手となり彼女が抱く寂しさを少しでも無くすことだけ。ただそれだけだ。


「突然話は変わるのだけれど、以前ルノアに私の持つ力について説明したね。覚えているかい?」

『あぁ……たしか魂を感じ取り、その副作用として心を読める、だったか?』

「そう!よく覚えていてくれた。ルノアが言った通り、私は魂を感じ取り相手の心の声を読み取ることができる。それでね、今日新しいことに気が付いたんだ」

『新しいこと?』

「この帝都の地下深く、君が想像するよりももっと地下深くだ。そこには強大な輝きを放つ魂が一つ眠っているん……しかも、実はその魂の輝きが少しずつ大きくなっていたんだよ!私が初めて見たときはちょうど真上に浮かぶ月ぐらいの大きさだったんだけど、今ではその三倍はあるねっ!!いやぁ、毎日少しずつ大きくなっていたようだから今まで気が付かなかったよ」


 え……何それ、こわぁ……。


「一体帝都の地下には何が眠っているのだか……」

『強大な輝きを放つ魂って、いったいどんな魂だったんだ?魂にも特徴とかないのか?』


 俺の質問にオリヴィアは手を顎に当て考え込むような仕草を見せる。


「うーん、一言で表すなら、そうだな―――漆黒って感じかな。善とか悪とかで測れない純粋な漆黒。あんな色の魂、明らかに普通じゃないね。……もしや、あの魂は魔神の魂だったりしてね。まぁ、そんなわけないか」

『魔神の魂だって?なんだその物騒なものは』

「あれ?知らないのかい?この帝都には魔神が封印されているという話があってね。共通認識として作り話ということになっているのだけど、本当に魔神が封印されていたりして……なんてね」


 うわ~なにそれ、ほんとに封印されてそう。しかも魂の輝きが大きくなってるって、絶対封印弱くなってるやつ~。ありがちなやつ~。流石に魔神とか相手にしたら俺でも勝てないだろ。頼むから封印されたままでいてくれ。


「そういえば、私が教えたカフェにはもう行ったかい?あそこはパフェが―――」


 それからは【死神】の件は忘れて純粋にオリヴィアとの雑談を楽しんだ。性格的に相性がいいのか、オリヴィアとの会話は絶えず、いつの間にか日が昇り朝を迎えていた。


「もう朝か……。まったく、時が経つのは早いな。では、私はこれで失礼するよ。またね、ルノア」

『おう。またな』


 オリヴィアは姿を消した。


 ……彼女と話して再認識したよ。俺は彼女を助けたい。どうしても助けたいと、そう思ってしまう。柄じゃないが、俺も気合を入れることにしよう。オリヴィアを助けるためにも、【死神】だけは絶対に逃さない。

 そう強く決意し、俺は宿の中へと戻っていった。この時の俺は、今日という日があれほど長い一日になるとは、思ってもいなかった。

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