第20話 名無し少女の正体
エルハード伯爵との食事会に来た【久遠の証】一行。食事会は滞りなく進み、何事もなく帰ることができると思ったのも束の間、エルハード伯爵の個人的な依頼を受けることになった。
依頼内容の説明を受けるため、エルハード伯爵に案内された部屋を訪れると、そこには一人の少女が眠りについていた。そして驚くことに、その少女の容姿は俺が毎晩話している幽霊―――名無し少女と全く同じ姿であった。
「……この子は?」
ミリーが【久遠の証】を代表し目の前で眠っている少女について伯爵に問うと、伯爵はゆっくりと口を開いた。
「この子は三年前から目を覚まさない―――私の娘だ」
依頼の説明のためにわざわざ少女が眠るこの部屋に移動したことから、エルハード伯爵のその答えをある程度予測はできていたものの、それでも大きな驚きが俺を襲っていた。そしてそれは【久遠の証】メンバーも同様のようで、息を呑むように言葉を失っていた。
三年前から目を覚まさない……。その言葉は俺に確信をもたらした。容姿が同じ。時期も一致している。やはり目の前で眠っている少女と俺が知る幽霊の名無し少女は同一人物とみてよさそうだ。
「依頼はこの子に関係しているのですね?」
「あぁ。分かりやすいように一から説明しよう。その前に……立ったまま話すのもあれだ。とりあえず座ろうか」
「それもそうですね」
伯爵の提案に同意する面々は一度部屋に置かれていた適当な椅子に座った。俺もルディアの膝の上に失礼する。
「事情を説明する前に一つだけ確認を。今から話すことは機密事項と言っていい。周りには言いふらさないでくれ」
「もちろん。依頼に守秘義務は付き物ですもの」
伯爵の言葉に頷く【久遠の証】の面々。一応俺も頷いておいた。たとえ猫でも誠意は見せないとな。それを確認した伯爵は事情を話し始める。
「発端は三年前だ。帝都で数十人もの人間が魂を抜かれ、抜け殻のような状態で発見されるという事件が発生した。帝国はこれを【固有スキル】による何者かの犯罪と断定。犯人の正体を特定するに至るものの、結局その犯人を捕まえることはできず、帝都から、いや帝国から逃げられてしまった」
「その事件なら覚えてる。とても話題になった」
「僕も覚えてるよ。たしか犯人には賞金がかけられてたよね。えーっと、たしか、犯人の名前は……」
エマの代わりに伯爵がその名を口にする。
「犯人の名は【死神】カタロス・トートレッド。とある教会で神父を務めていた男だった。彼の恐るべきところは所持している【固有スキル】の凶悪さだ。その効果は人間の魂を抜くという正に規格外のもの。その凶悪な力によって一時期帝都は恐怖に包まれた。強力がゆえに【固有スキル】の発動には厳しい条件があるだろうが、【固有スキル】の強力さと本人の凶悪性も相まってS級賞金首に名を連ねている」
「そんな賞金首もいましたね。……それで、その話を今ここでするっていうことは……」
「察しの通り、今ここで眠っている私の娘、オリヴィア・ムル・エルハードはその事件の被害者の一人だ。今の彼女は肉体に魂が存在しない状態であり、私の【固有スキル】でなんとか存命している状況だ」
そうだったのか……。つまり、俺が毎晩話している名無し少女はオリヴィアの魂からなる精神体で、今目の前にあるのがオリヴィアの肉体ということか。
「伯爵のその【固有スキル】。気になる」
「ちょっとルディア、【固有スキル】を聞くのはマナー違反でしょ?」
「いや、いいだろう。あまり【固有スキル】について話したくはないのだが、こちらは君達にお願いする身だ。君達には対しては誠実でありたい。……私の【固有スキル】の効果は状態の固定だ。選べる対象は一つだけという条件はあるが、指定した対象の状態を固定することができる。私は現在、オリヴィアに対して『正常に生きる』という状態で固定している。その結果、魂が抜かれた抜け殻の状態でも彼女は正常に生きているということだ」
「なるほど……。つまり依頼とは、オリヴィアさんの魂を肉体に戻してほしい、ということですね」
「その通りだ。私がオリヴィアの状態を固定したことにより、私の【固有スキル】と【死神】カタロスの【固有スキル】の効果が拮抗し、その結果オリヴィアの魂は天に還らず帝都を彷徨っているはずだ。この状態で【死神】カタロスを殺すことができれば、オリヴィアの魂は私の【固有スキル】の効果により肉体に戻されるだろう」
うーむ……。なるほどなるほど。なかなか難しい話だな……。
まず、【死神】カタロスの【固有スキル】によってオリヴィアの肉体から魂が抜け、魂が天に還ろうとした。
しかし、伯爵が【固有スキル】によってオリヴィアの状態を『正常に生きる』という状態に固定したことにより、肉体と共にあることが正常である魂は肉体に戻ろうとする。
魂を天に還そうとする力と魂を肉体に戻そうとする力で拮抗し、その結果オリヴィアの魂は帝都を彷徨っている……ってわけか。
この状況で【死神】カタロスを殺せば、カタロスの【固有スキル】の効果は消失し、オリヴィアの魂は無事に肉体に戻る。つまり、【久遠の証】への依頼は―――。
「―――【死神】カタロスの討伐だ」
「……依頼内容とその背景は分かりました。しかし、なぜ今更依頼を?三年前からこの状態なのでしょう?その三年間で他の冒険者に頼むこともできたのではないですか?」
確かにその通りだ。オリヴィアは三年もの間、独りで帝都を彷徨っていたんだ。俺では想像できない程寂しく、そして退屈だっただろう。何故すぐに討伐を依頼しなかったのだろうか。
「……私もすぐに助けたかった。だが、この三年間、どれだけ調べてもカタロスの所在を突き止めることができなかったんだ……。しかし、最近になってやっとカタロスの所在を掴むことができた。奴は今、この帝都にいる」
「S級賞金首が、帝都に……」
「だから私は信頼できる実力者にカタロス討伐の依頼を出すことに決めた。S級冒険者は癖が強すぎるため除外せざるを得なかった。また、政治的な理由で娘が昏睡状態にあることを隠す必要がある故に、騎士団に討伐を依頼することもできなかった。そして最終的に、君達に依頼を出すことに決めたんだ。新進気鋭のA級冒険パーティである―――【久遠の証】にな……」
【久遠の証】の面々はエルハード伯爵の説明に納得がいったのか頷いている。しかし、それと同時に少し驚いているようだ。
「貴族は秘密主義だと思ってたけど、伯爵は事情を全部話すんだね。ここまで赤裸々に話すとは思ってなくて、流石の僕も驚きだよ」
「同感。貴族は隠し事ばかり……そう思ってた」
エマとルディアの率直な意見にエルハード伯爵は苦笑いを浮かべる。
「それほど今の私には余裕がないということだよ……。必ずや、【死神】カタロスを討伐したい。もちろん【死神】は厄介な相手だ。君達の命の保証はできない。なんだったら今から断ってもらってもいい。だが、できればこの依頼、受けてもらいたい……。いや、受けて頂けないだろうかっ!!!」
そう言って伯爵は頭を下げた。おそらくこの機械を逃せば【死神】とやらを討伐するチャンスは当分来ないと考えているのだろう。その表情や仕草からは必死さが窺える。
正直に言って【久遠の証】がこの依頼を受けなくても、オリヴィアのためにも俺が【死神】を討伐する気ではあるが、彼女達は何を選択するのだろうか。
受けるとしても、受けないとしても俺は止めない。彼女達には彼女達の冒険があり、俺が邪魔していいものではないからだ。当然、彼女たちに明確な命の危機が訪れれば助けるが、全てを手助けしては彼女達も納得しないだろう。
俺は【久遠の証】の一員ではなく、ただ同行しているだけの猫。あくまでそのスタンスは崩さない。そう俺は決めたんだ。
ミリーがエマ、クロエ、ルディアの三人に目配せすると、三人はまるでミリーの言いたいことが分かっているかのように頷いた。そして、ミリーは口を開く。彼女たちの答えは―――。
「―――伯爵。その依頼、受けさせていただきます」
「ほ、本当か!?……ありがとうっ!ありがとうっ!報酬は弾む!どうか娘を助けてくれっ!!」
「その報酬の話なんですが―――」
こうして、【久遠の証】はS級賞金首、【死神】カタロスの討伐依頼を受けるのであった。
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