第7話 猫、帝都を目指す

「なんか……大精霊にしてはルノアって普通過ぎないかしら。こうなんというか……」

「貫禄がないですね。何故か大精霊とは思えないです」

「同感。大物特有のオーラがない」


 あれ、モテモテになるはずじゃないの?




 どうも。大精霊級の精霊だと判明した男――実際には性別はないらしいのだがそれでも男――ルノアです。

 まさかまさかの一発逆転。俺は自身のことをモンスターの一種なんじゃないかと思い始めていたが、なんと精霊だったらしい。討伐されるどころか、崇拝される立場になったわけだ。まさに一発逆転サヨナラホームランだ。

 しかし、周りの反応がおかしい。皆が俺を残念な奴扱いしてくるんだ。これってとっても不思議なことなんだと、そう俺は思うよ。


「ねぇ、ほんとにルノアって精霊なの?撫でたらすごい気持ちよさそうにしてるけど……。さすがに猫の要素が強すぎないかしら?」


 ミリーは俺の持ち方を変えた。右腕で俺の尻や背中を支え、左手で脇を持ったのだ。いわく赤ちゃん抱っこってやつだな。

 そしてまた俺の喉辺りを撫でてきやがった。ふっ、大精霊の俺を撫でるとは、あまりに不敬な……不敬な……あっ、気持ちいい。そこ、そこです。はいそこです。あっ……ママン。ちゅき。……そうか、これが……母性か。


「ほんとだ。顔がとろけてますね」

「位の高い精霊は共通して高い知能を持っているはず。こんなに動物らしい精霊は珍しい」

「へ~、そうなんですね。だから大精霊って感じがしないんだ」


 メアリーさん、もしかしたらそれ、チクチク言葉かも。学校で習わなかった?チクチク言葉とふわふわ言葉。『大精霊って感じがしない』ってちょっとだけ悪口かも。そんなに俺ってオーラないかな。可愛いだけでなくかっこいい猫を目指してるんだけどもね。


「ルノアが大精霊だってバレたら色々大変なことが起きるわよね。どうしましょう?」


 俺を揶揄うような言動をしていたミリーだが、先程とは打って変わって真剣な表情でそう発言した。えっ、大変なことって、いったい何が起きるって言うんだ。


「う~ん、確かに。下手したら全世界の精霊信仰者達が押し寄せますね。それだけではなく、各国の王族や貴族もルノアを狙うかもしれません。それほどまでに、大精霊という存在は価値が高い。この都市で大きな騒ぎが起こることは間違いないでしょうね」


 えぇ、まじで。それはやだなぁ……。俺は平和にヒモとして暮らしたいんだ。貴族とか信仰者とか、そういう面倒くさそうなのはいらないな。


「とりあえずギルドマスターにこの話をして、これからルノアに対する対応をどうしたらいいか相談する?」


 ミリーの提案にルディアが首を振る。


「それはだめ。ギルマスには上司への報告義務がある。上司とは帝都にある冒険者ギルド本部。本部のギルマスは貴族とずぶずぶの関係だから、ルノアが大精霊であることが芋づる式に広まってしまう。そうなればなし崩しに色々なところに情報が広まり、国を挙げたルノア争奪戦が始まる」

「じゃあ、これは三人の秘密ってことでどうですか?私たちはルノアが大精霊であることを知らなかった。ただの猫だと思っていた。それでいいと思います」

「確かにそれでいいわね。ルノアが大精霊ってことは隠してしまいしょう。ルノアもそれでいいわよね~」


 ミリーが俺の顔を覗き込みながらモフモフしてくる。


「にゃあ」


 それでいいそれでいい。大精霊であることを言いふらし、ちやほやされたい気持ちもあるけど、面倒くさいことを避けるためには必要な処置だ。


「今の鳴き声、まるで返事をしたみたいですね」

「返事をしたみたいではなく、実際に返事をした。大精霊は人間の言葉を理解するほど知能が高い」

「そうなの?じゃあ、私が話したことも全部理解してるのね、ルノア」

「にゃあ」


 お前のこと、俺は誰よりも理解してるぜ。もうこの三人には大精霊ってバレてるんだ。だったら言葉が分かることを伝えた方が色々と話を進めやすいはず。


「本当に言葉を理解してそうですね。……あっ、そうだ。あのことも聞いてみましょう!」

「あのこと?……あぁ、ドラゴンの件ね」

「そうですそうです!あの、ドラゴンを倒したのってルノアちゃんですか?」

「にゃにゃにゃ」


 そうです。僕がやりました。僕があのドラゴンを倒しました。あの強そうなドラゴンを一撃で倒しました。一撃でね。大精霊なので一撃で倒せます。大精霊なので。


「おぉ~、頷きましたよ」

「すごい。ドラゴンを倒すなんて。さすがは大精霊」

「あのドラゴンを……。まさかルノアがそこまで強いなんて……」


 ふはは。気分がいいな。三人とも俺の強さに驚いている。絶対ギャップ萌えしてますわ。こんな可愛いのにドラゴンを倒せるほど強いの!?かっこいい!ってキュンキュンしてますわ。


「でも、強者特有の気配がしないわね。普通の猫にしか見えないわ」

「オーラがない。猫全振りの精霊なのかも」

「なんですか猫全振りって。まぁ言いたいことは分かりますけど。だって……」

「にゃあ」

「「「……かわいい」」」


 だめだ。もうかっこいい路線は厳しいかもしれない。可愛さ全振り猫でいくしかないのか。それでもいいんだけど、可愛くてかっこいいほうが最高のヒモになれると思ったんだよな。人生、いや、にゃん生とはうまくいかないものだ。


「そうだ。二つ大きな問題がある」

「問題って?」

「誰がルノアの世話をするか。それと、そもそもルノアに世話が必要なのか」

「にゃにゃにゃ」


 世話必要だよ?俺の隅から隅まで世話してほしいよ。俺の世話をして。絶対して!


「あぁ、それなんだけど、ギルドの皆で世話しない?ルノアは大精霊だし、そもそも猫でしょ?猫や精霊は気まぐれらしいじゃない。だったら一か所に束縛するのは良くないと思うの。ギルドを拠点として自由に過ごしてもらおうと思うんだけど、どうかしら?」

「いいじゃないですか!ルノアちゃんだったら皆喜んで世話しますよ。ギルドマスターも許可するはずです。あの人意外と可愛いものが好きなので」


 あぁ、あのスキンヘッド可愛いものが好きだったのか。なんか可哀想なことしたかも。次は頭くらい撫でさせてやるか。……いや、やっぱり嫌だ。


「ルノア。今のミリーの案、どう?」


 う~ん。


「にゃあ!」


 あり寄りのあり!!ギルドなら多くの人が訪れる。つまり、多くの可愛い女の子に囲まれながら世話をされることもあるだろう。暇な時間は都市を歩き回って女の子に世話をされ、ギルドに戻っても多くの女の子に世話をされる。最高の生活じゃないか!!断然ありだぜ!!


「その案いいにゃ!って言ってますね。じゃあギルドで世話をしましょう。周りにはちょっと変わってるだけのただの猫ということで伝えておきます」

「じゃあ、ルノアをよろしくね。私とルディアは明日から依頼のために街を出るから」

「あぁ、確か帝都に行くとか」

「そうなの。私達のパーティに興味を持った貴族がいるらしくてね。会いたいんだって。つまり接待よ。接待」

「本当に面倒」


 なにぃい!?ミリーとルディアは同じ冒険者パーティなのか!?というか、貴族だと!?まずい。このままじゃ貴族が権力を使ってミリーとルディアにあんなことやこんなことを!?だめだ!!寝取られは許さん!俺も行くぞ!!


「にゃあ!!」

「あら、もしかしてルノアも一緒に行きたいの?」

「にゃっ!!」

「そう?……じゃあ、一緒に行きましょうか」

「えぇ、ギルドで世話したかったんですけど……。まぁ仕方ないですね」

「大丈夫。すぐに帰ってくる」


 こうして、俺はミリーとルディアが所属する冒険者パーティとともに帝都へ行くことになった。さっそく明日出発するらしい。よし!貴族からミリーとルディアを守るついでに、帝都で可愛い女の子を探すぞ!!

 あぁ、でも俺が大精霊であることはバレないようにしないとな。バレたら絶対面倒ごとになるし。まっ、バレることなんてないない。




「くんくん、くんくん。嗅いだことのない猫の匂い。間違いない!!あの現場の足跡の猫だ!!きっとそうに違いない!!」

「カンナ、お前なにやってんだ?」

「この都市に今、新しい猫がいるんですよ。おそらくその猫は、ドラゴンの死体の近くにあった足跡の持ち主です。きっとドラゴンの件に関係があるはず。私の猫専用第六感がそう言っています」

「はぁ、カンナ、頼むからしっかりしてくれ。明日はドラゴンの死体から得た素材を帝都に届ける大仕事だ。訳の分からないことを言ってる場合じゃない。ほら、行くぞ」

「え~、私の予想は合ってると思うんだけどな~」

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