episode2 MEGADEATH2/4

 イラストの書かれた広告を貼り付けたビルが立ち並んで、人通りはニューヨーク程でないにしろ多く、見慣れない風景が広がっている。行き先は適当にトッドに決めさせたのでここがどこかはわからない。

「ここは?」

 自分から見れば高級外車、その辺を通っている日本人からすれば国産高級車のドアを開けて出てきたこげ茶の髪の方を向く。

「秋葉原。日本人が好きらしい」

 浅黒い肌の彫りの深い顔つきが辺りを見回す。どうやら本人も何も知らずに適当に来たらしい。

「はーん、日本人が好きね。うまいラーメン屋やスシ屋でも沢山あるのか?」

 車に鍵をかけたトッドと駐車場を後にしながら訊ねる。自分の前の所属基地があった場所で、ラーメン屋の前に日本人がブートキャンプさながらに整列をしていたのを思いだす。ついでに日本人はアメリカ人がピザやハンバーガーを食ってコーラを飲むみたいに、スシを食ってグリーンティーを飲んでいたな。

「いや、あるのはアニメやコミックブックらしい」

「日本の?」

「そうだ」

 軽くトッドが頷きながら肯定する。言われて見れば日本はそういうのが好きだった覚えがある。自分も自国の、スーパーヒーローがヴィランと戦うコミックを友達と読んでいた。懐かしい思い出だ。良い所で終わると次が待ちきれずにソワソワしていたな。

「面白いのか?」

 子供時代を思い出しながらそう言う。

「知らん。見たことない」

「ないのか」

「まあな。なに、ここはコミックブックの街だ、色々見て回りゃあいい」

 こいつはいつもこうだ。特に目的も興味もなく街をぶらついて回るだけ、計画性がない、自由気ままに時間を無駄にしていく。きっと今回もそうだろうが、自分にも特に行く場所も行きたい場所も無いので、付き合ってやっている。

「で、そのコミックが売ってる店はどこだ?」

「さあな、見りゃわかるだろ。デカデカとコミックブック、アニメとかな」

「漢字で書いてなければ良いけどな」

 お互いに日本語はそれなりに出来るが未だに漢字がわからない。わからないのでジャクソン・ポロックがインク垂らして制作したアートに見える。崩した漢字なんて彼の未公開作品ですよ、と見せられたら本当に信じてしまうだろう。

 それこそ自衛隊が戦車などに漢字で書いているが、最初はあれを文字とは思わずに何かのマークか部隊章かと思った。聞けば漢字で正しく潔白なという具合の意味だと教えてもらった。

「ちょっと外から覗けばわかるだろ」

 適当な事を吐かしたトッドは早速近くのそれっぽい店を観察し始めた。遠足に来た子供じゃ無いのだからあまりキョロキョロしないでほしい。連れのこっちが恥ずかしくなる。

 トッドの後ろを延々と付いていくのも暇なので何かないかと見回すが、人が多くよくわからない。

「おい、トッド、何かあったか?」

「いや、よくわからん」

 ため息をつく。

「もう少し人の少ない場所に行かないか? 人混みは苦手だ」

「ニューヨークで俺と騒いでただろ」

「アメリカと日本の人混みは違う」

「まあ待てよ。昼にもなってないんだ。もう少し歩こうぜ。歩かないと病気になるぞ」

「そっちこそドローンの監督で作戦中はずっと座ってるだろ」

 自立したドローンだと複雑な指示をしない ―指定ルートを飛行して小屋に爆弾一つ程度の― 作戦であれば不測の事態でも起きなければ、座ってドローンから送られる座標や映像情報を眺めて終わりだ。

「今度からストレッチしながら指揮するよ」

「そうかい。健康志向、良いんじゃないか」

 まあ、作戦指示を行う部屋や車両に体操出来るスペースがあるとは思えないが。

「あ、おい、ジョシュ。あったぞ」

 昼飯は何にしようかと考えているとトッドが立ち止まり、本と大きく書かれた店を示した。あの程度の漢字なら自分達でもわかる。

「やっとか。腹が減ったから飯食いたいんだが」

「奢るからよ。行こうぜ」

「はあ、まあいい。早めに頼むよ」

「はいはい。全く、もうちょい楽しめよ」

「いきあたりばったりじゃくて、ちゃんと楽しめる様にプランを組んでから言ってくれ」

「プランはドローン共の作戦プランを組むだけで十分だよ。休みに仕事と同じ事はしたくないぜ」

「そうだな。よーくわかるよ」

 適当に頷き、エアコンのよく効いた涼しい店内に入る。

「さーて、コミックでも見てみますか」

 それっぽい本が並んだ場所にトッドがさっさと歩いて本を物色し始める。

「いや、読めんな。意外と漢字が多い」

 呆れた。本当に何も考えずに来たらしい。

「もういいだろ。行こうぜ」

「だな。くそー、漢字が多いのは盲点だったな」

「文字は日本語で漢字まみれなのは当たり前だろ。ウォーキングしに来たんじゃないんだぞ」

「あー、あい。悪かったよ」

 十分と経たずに店を出て元の道を帰っていく。こんな事なら宿舎でストリーミングサービスの映画でも見てピザ食べてた方が良かったかもな。

 車まで戻るとトッドが車を出す前に、

「おい、次は飯行くからな。名前を忘れたが、前にお前の同僚が言ってた店だ。変な所いくなよ」

 とやや語気を強めて釘を差しておく。

 少しトッドがハンドルに視線を落として、数秒間眉をひそめてから声を上げた。

「ああ、あそこか。いいね。あそこには一回行ってみたかったんだ、行くか」

 トッドがアクセスを踏み込んで駐車場を後にする。車内中央のモニターで適当な動画を眺めていると、車が大型商業施設の駐車場に入り止まった。

「着いたか。早かったな」

「東京はやたらとコンパクトに出来てるからな」

「なるほどな。確かにそうかもな」

 上空写真で見た、背の高いビルをぎゅうぎゅう詰めにした東京の町並みを思い出す。コンパクトを通り越している感じもあるが、まあ悪くはない。

 形態で店の場所を調べたトッドと共にエレベーターに乗り上階へ向かう。

 目的の階層は主に飲食店が多くあるエリアで、良い匂いが辺りに漂っていた。目移りしながら歩くトッドの背中を見ながら歩く。

「ここだな」

「ここか」

 白を基調としたシンプルなデザインで高級感がある。店の名前は崩した筆の字でよくわからない。

「早速入りますか」

「ああ」

 入店すると店員が予約ありか等を聞いて、それにトッドが答える。どうやら満席らしい。

「一時間待ちだそうだ。どうする?」

「ここまで来たんだし、待つか。適当に何か見て回ればすぐさ」

「わかった」

 店員に向き直ったトッドが短くやり取りを交わして店を一度出る。

「とりあえず、適当に見て回るか」

「それなんだが、ここ、上に展望スペースがあるんだとよ。行ってみねえか?」

「暇つぶしにちょうどいいな。行くか」

 またエレベーターにのって上へと向かう。音も振動も大してないエレベーターはほんの僅かな時間で展望スペース到着した。

 エレベーターが開いてガラス張りの外壁越しに外が見えた。青々とした空と高いビルの上部の一部が見えている。

 ガラスの壁に近づくと眼下の町並みが見える。ビル群、大量の車が過ぎ去る車道、その両脇を何人もの人達で埋め尽くす歩道。

 自分達の守っている街が眼前に広がっていた。

「広いな」

 何となくそうこぼした。

「なあ、喉乾かないか? 何か飲み物買おうぜ」

 肩を叩かれる感覚に左を向く。トッドが近くのドリンク店を示していた。

「ああ、いいな」

 そちらに向いて数歩歩いたところでトッドが立ち止まった。そして、こちらを向く。

「悪い、財布車内に忘れたっぽい。取りに帰るわ」

 悪びれなくそう言ったトッドはエレベーターに消えた。全く、付き合いきれないな。

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