episode2 MEGADEATH3/4
仕方がないのでドリンク店でLサイズ ―母国だとMサイズ― のドラゴンフル―ツミックスジュースを買って、手摺子の前でストローを咥えた。爽やかなでトロピカルな味がした。悪くない。
もたれかかっていた手摺子から腕を離し、右に移動していく。それに合わせて風景もスクロールしていく。
時々立ち止まりジュースを飲みながら、ゆっくりと外の景色を楽しみつつ展望スペースの遊歩道を歩いていく。よく晴れた日の景色は普段より綺麗に見え、高い所からそういう景色というのはなかなかワクワクする。ただ歩いているだけでも楽しかった。
最初の地点からちょうど真後ろ辺りを歩いていると、足元が透明になっている場所を見つける。面白そうなのでそこにいた日本人が去ってからそこに立って下を見る。
透明度が高く、一切床が無いように見えるので、空中に浮いているみたいだ。
右足を上げ下げして足踏みしてみる。ジャンプする。着地の瞬間、ふっと足元の透明な板が消えるんじゃないかと感じて少し寒くなった。
一通りスリルを楽しんで振り返ると、ベンチに座っていた女性と目があった。彫刻みたいな作られた様に芸術的な顔で、柔らかな微笑みをたたえていた。はしゃぐ子供を見つめる母親のようだった。
やや経って、彼女が顔を少し伏せて静かに笑った。白い歯がチラと太陽光を優しく返して、髪が流水の様になだらかに流れ落ちた。
彼女の笑った顔を見て、急に大の大人がはしゃいでいる姿を見られたという羞恥心に襲われた。
思わずその場を立ち去ろうとする。
「ごめんなさい。馬鹿にしたわけじゃないの」
妙にフラットに聞こえる独特の声が聞こえた。合成音と生の音の中間、機械の完全性と生の不安定さが混在している。
「いや、そういうのでは」
足を止めてそう言う。
「そう、なら良かった」
彼女が隣の席に白く流麗な手を差出し首を傾げた。黒い瞳が見つめてくる。
その瞳からは有無を言わさぬ力。ではなく、懇願にも似た、あくまで決定権はこちらにあるという雰囲気を感じた。
きっとここで立ち去っても良かったのだが、彼女の纏う雰囲気のせいか、一時間待ちの暇潰しが欲しかったからか、彼女の隣に座った。
「ご迷惑だったかしら?」
「いや、暇だったしいいよ」
彼女の方ではなく、外の景色を見ながら言う。
「そうですか」
「で、どうして俺なんかを? アメリカンが珍しかったか?」
「いえ、なんとなく、お話してみたくなって」
「そうか」
彼女の方を向く。遠目でも綺麗だったが、より細かいディテールが見えるほど美しい顔だった。本当に産まれてきた存在なのか。ついそんな失礼な事を考えてしまう程には。
しかし、よく見ると服装はかなり着崩しているが制服で、顔も大人と言うには何か違う。学生の様だ。
「軍人の方ですよね?」
どうしてわかった? 軍服でも無いしドッグタグの様な物も身につけていないはずだが。
「よくわかったな?」
「ええ、靴が、軍靴だったのでもしかしてと思って」
スカートの上に肘をつけて前かがみになった彼女が、自分の黒い軍用ブーツを見る。
開いた襟元から少しだけ胸元が見え、視線をそらした。日本人はシャイだと思っていたが最近の子はこういうのを気にしないのか?
「なるほど」
彼女が上体を起こして外を見た。視線は例の学校がある方面だった。瞼が一瞬、まつ毛が揺れるか揺れないか程度にほんの僅かに見開いてからまた元の希薄な表情になる。
モニターに映っていた救助される学生が着ていた制服も、彼女のと同じ物だったか。彼女もあの時の学生かもしれない、そう思うと少し気まずい気分になった。
「害獣って何だと思います?」
たまに聞く質問だった。だが、よくある心底そう思っているという言い方ではなかった。もっと気楽な何気ない質問、何ならクイズ程度の質問みたいに聞こえた。
「ガイジュウはガイジュウだよ。敵だよ」
思案しているのか、彼女が静かに視線を僅かに落とす。
「もっと根本的に、どこから来てるのか。とか」
「さあな。最初の頃にちょっと考えたきりだ」
「最初だけ? 今は気にならないのですか?」
「いや。アイツらの正体は知りたいが、自分は学者じゃない、兵士だ。それに、学者では戦えない」
当然、戦闘を優位に進めるためにガイジュウの動きや様子には注意を払うがそれ以上は基本的にない。
「兵士って感じですね。何だか」
思わず笑う。
「そりゃあ、俺は兵士だからな。兵士にならないと兵士はやれないよ」
一般人だって銃を持って敵を撃つ。兵士と同じ事は出来る。
だが、それまでだ。本物の兵士とは精神的にも肉体的にも違う。
国家に属し、領土・領海・領空・国民・エトセトラエトセトラを守る責務を負うのが自分達だ。家族や友人みたいな明確なミクロなイメージではない、国家やそこに住む顔も知らない無数の人というマクロでイメージしづらい存在を守る。もちろん、家族や友人を守る為にと入隊する者もいるが、軍に入った以上マクロな責任を必ず背負う事になり、軍に戦場に順応する。
「兵士にならないと兵士はやれない。ですか」
「わかりにくかったか? まあ、何というか、こう、市民や沢山の誰かの大事な何かを守るのが兵士の役目だな」
「いえ、なんとなく、わかりました」
悲劇的な慈母的な憐憫な情緒が複雑に絡み繋がりあった、微細に揺れる表情の彼女が私を見つめた。濡れた角膜に落ちた丸いハイライトが、少し落ちたまぶたの影で欠ける。僅かに赤の混じった黒い虹彩が、幾重にも重なった花弁の様に開いて黒い瞳孔が拡大する。瞳孔の奥に一瞬、微小な赤い閃光が走り消え、また走った。
ほんの一秒ほどその表情を見ていたが、意味もなく耐えられなくなって外を見る。青い空に薄い雲が所々に浮いていた。
哀れみを感じたから。とかそういう理由ではなかったが、どうしようもない彼女の抱えた何かを見た気がしてならなかった。
「そうか」
うわ言みたいにそう発した。
左に視線を感じつつジュースをすする。視線が消えた。
「ごめんなさい。せっかくの休暇なのにこういう話をしてしまって。本当に」
彼女が謝る。上辺だけや社交辞令的ではなく、本当にそう思っているという雰囲気だった。ある種の罪悪感を感じている。そんな感じがした。
「いや、いいさ。どうせ休暇でも一日中ガイジュウが頭から離れないからね」
彼女が悲しげな顔をした。始めて話す相手ではあったが、彼女のそういう表情は見たくなかった。
「そう、ですか」
「なに、仕事熱心なだけさ。気にするな」
少し沈黙する。学校は楽しいか的な事を聞きかけたが、彼女の制服がどの学校かを思い出して口を閉ざす。
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