episode2 MEGADEATH4/4

「えっと、日本には長いのですか?」

 彼女が気を使ったのか当たり障りのない質問をしてくる。

「ん? ああ、そこそこ長いな。トウキョウには数日前に来たばかりだが」

「前はどちらに?」

「ヨコハマ。日本なのに中国みたいな場所で日本のホンコンみたいな感じかと思ったよ」

「そうなのですか」

 少し目を丸くした彼女がやや疑問形気味で言った。

「あんまりあっちの方は詳しくないのか」

「ええ、お恥ずかしいながら」

 彼女が照れた様に薄っすらとはにかむ。髪が大きく緩やかに小さく揺れて美しく光に煌いた。

「観光名所が色々あるらしいからいくといいぞ。あと、俺たちアメリカ軍と自衛隊の基地もあるからな。イベントの時なんかはF220のアクロバットチームがエアショーもやるぞ。運が良けりゃ配備されたばかりのF43やC-20なんかも飛んでる」

「楽しそうですね」

「ああ、機会があれば見に来るといいよ」

「そうします」

 少しだけ、限りなくに無表情に近い表情で笑った。

「ところで、この辺、というかトウキョウで観光に良さそうな所とかは無いのか?」

 何気なく質問を飛ばす。

「そう、ですね。観光」

 口を閉ざして、彼女が何かを探すように外を眺める。

 少しの間そうしていた彼女が困った様なはにかむ様な表情でこちらに向き直った。

「思いつきませんでした。あんまり、詳しくないので」

「君もこっちに来たばかりなのか?」

 小さく目を見開いて視線を斜めに落とし、また私の顔を見る。流麗な眉を下げて艶のある唇を少し引き締め、困り顔をしていた。

「東京にいたはいたのですが」

 胸の前で両手の小指と薬指以外の指先を合わせ、ちょっと顔をうつむき気味にしている。シャーロックホームズハンドに似ているが、指先が上ではなく90度前にしている。眠たいときのシャーロックホームズがやりそうだ。

 顔を上げて口を開いたと思えばまた閉じた。

「外にはあまり出ないタイプか?」

「ええ、そうですね」

 彼女が肯定する。

 一般人らしくない独特の雰囲気に世間に疎い感じといい、育ちの良いどこかの箱入り娘なのかもしれない。

「知らなくてもいいさ。これから色々見ればいい」

 そう言うと彼女は外を見た。左から右へと見た後に学校のある方をまた見た。

 その姿が妙に目について自然と声をかけた。

「守るよ。俺達がな」

 横顔を見せていた彼女が長い髪を揺らして振り向く。明瞭な線を描く鼻梁の鼻先に差した光が弾けて細かく散り、黒く湿った睫毛、精緻な構造の瞳、桜色の唇、それぞれに落ちて光度を増して輝く。

 僅かに見開いて丸い瞳を揺らしていたが、穏やかに一度まぶたを閉じて柔らかに開く。少し開いていた口はうっすらと弧を描いて白い歯をチラと覗かせる。

 初めて彼女の笑った顔を見た。笑ったと言うには少々乏しい表情であったが、笑ったと感じた。

 しばらく彼女と見つめ合う様な形になっていたが、目の端に映った背の高いオールバックに焦点を合わせる。トッドだった。

「あ、連れが来た」

 自分を見ていた彼女が自分の視線をなぞってトッドのいる方を見た。

「長居しすぎてしまいましたし。そろそろ私は失礼しますね」

 彼女が立ち上がる。ふわりと浮いたスカートから白く滑らかな太腿が見え、慌てて顔を上げて見ない様にした。

「そうか。ありがとう。話せて良かったよ」

「それは良かったです。では」

「気をつけてな」

 彼女が立ち去ろうと一歩踏み出し、踏み出した足を軸に滑らかに回って腰を曲げてこちらに顔を近づけ、

「あなたに幸運を、そして御加護があらんことを」

 それだけ小さく囁いた彼女は右手の先を唇につけ、私を見つめながら離した。

 こちらが状況を理解する前に、彼女は人混みに紛れて消えた。

「おい、ここにいたのか。って、どうした?」

 ピンク色のジュース −多分、ピーチトマトミックスジュース− を持ったトッドが怪訝な顔をする。

「顔赤いぞ」

 その時になって初めて心拍数が上がっている事に気づく。ちょっと運動したあとみたいになっている。

「いや、なんでもない」

「そうか」

 立ち上がって水滴まみれになった空のジュース容器を捨てる。

「今何時だ?」

「まだだぞ。あと40分はある」

「お前、どこで何してたんだよ」

「面白そうなのがあったから見てたんだよ」

「友達をおいてふらつくとは、いかにもお前らしいよ」

「そうか?」

 トッドが片眉を上げてやや首を傾げた。

 いつもならもうちょっとなにか言ってやるところだが、今日に関してはチンタラしてもらった方が結果的に良かったのでこれ以上はやめておく。それに、これ以上言ってもトッドの自由さの前には無駄だ。

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