episode4 SEPULTURA2/3

 バカでかいローター音が響く機内で、センサー類がゴテゴテと取り付けられた、火星の土でも採取してそうなロボットの群れに放り込まれている。隣には眠そうなトッドがいる。

「あと5分で着陸する。準備してくれ」

 パイロットの声が無線機越しに聞こえる。

「トッド、いけるのか?」

「んん? ああ、大丈夫だ。タブレットちょっと操作したら良いだけだ」

「ドローンじゃない、お前だ」

 トッドが自身を指さして何を言っているんだという顔をする。

「大丈夫じゃなきゃここにいないよ。ゲロったりもしないよ」

「そうかい。大丈夫ならいいんだ」

 トッドの心配を少しでもした事がバカバカしくなり、防弾仕様の窓から外を見る。

 瓦礫。

 瓦礫。

 瓦礫。

 ガイジュウにぺしゃんこにされた街。一つシェルターも潰れたらしい。あの頑丈なシェルターが潰れた、そのインパクトは相当だ。モニター越しには感じられない脅威を感じたと言えばいいのか。

 崩れ落ちたコンクリートは死者の墓標の様に積み上がっている。

 瓦礫ばかりの景色から、綺麗にコンクリート塊や木材やらが撤去されている場所に変わってティルトローター機が降下を始める。

 着地の衝撃に体を揺すられる。調査用ドローンの固定からガチャと鈍い音が聞こえた。

 ローターの回転が止まってから後部ドアが開く。

 ドローンのせいでやたらと狭いカーゴルームから外に出る。ローターが巻き上げた粉塵を吸い、咳き込んだ。

「ジョシュ・カニンガム大尉ですね」

 一人の軍服ヘルメット姿の男がやってくる。

「そうだ」

「お待ちしてました。酷い状態ですよ。住宅地だったのでなおさらです」

 話しながら男が案内を始める。ガイジュウに対応したのは自分の指揮する自分の部隊なので、酷い状態という言葉を聞いて少し癪に障った。

 トッドは黙って自分の後ろにいる。

「ですが、あれだけのガイジュウでこれだけの被害と考えたら。不謹慎かもしれませんが、幸運でしたね」

「自衛隊の空爆が早かったからな。大型が暴れる前に仕留めてくれた。戦果の7割は自衛隊だ」

「自国ですからね」

 話しながら歩いていると、十分もしない内に目的のテントまでやってくる。テントの下でオリーブ色の迷彩服を着た日本人、自衛隊員が複数いる。机の上には無線機やらノートPCやらがゴチャゴチャと置かれている。

「こちらです」

「わかった。ありがとう」

 テントに近づくと声をかけるより先に相手が気づく。

「ジョシュ・カニンガム大尉ですね?」

「はい」

「田中一佐です。戦闘後の現場を調査したいと伺っています」

 トッドよりもよく焼けた真っ黒な田中一佐が確認を行う。実際は、上官に戦闘が行われた場所の詳細が知りたい。と言ったらちょっと驚かれた後に現地をその目で見てこい云々という具合でこうなっているので、調査したいというのは便宜上の表現でしかない。

 トッドは元々そういうドローンを現地で操作するので来ている。遠隔で基地からでも出来るが、現地にいたほうが自衛隊の連携等で何かと便利らしい。

「はい。現地の被害状況等を確認しておきたいのですが」

「なら、このタブレットに情報が更新されていくので確認して下さい。復旧作業中の隊員には事前に連絡してあるので、現場に直接足を運ぶのは自由です」

 机の上に差し出されたタブレットを受け取る。

 自由行動を許すとは想定外だった。テント内でのみか同伴者付等の制限を設けられるとばかり思っていた。

「本当に自由で良いのですか?」

「はい。こちらもあまり人員を割けませんし、大尉は復旧作業の邪魔になるような事はしないでしょうし」

 初対面だが、何やらある程度の信頼は得ているらしい。

 田中一佐が続ける。

「ここでの戦闘を指揮したと聞き及んでいますし。こちらとしても今後の為に得られる物は得てほしいですし」

「なるほど、わかりました。感謝します」

 事務的なやり取りを短く交わしてからテントを出て、近くの別のテントに向かう。

「トッド、どうだ?」

 ノートPCに映る地図と光点を見つめるトッドの横から声をかける。それに反応して彼がこちらを向いた。

「田中一佐とは話したのか」

「ああ、自由に歩き回っていいそうだ」

「そうか」

 そっけなくそう言って画面に顔を戻しかけたトッドが思い出した様に、またこちらを向く。

「あ、タブレット貸してくれ」

「これか?」

 先程、田中一佐から渡されたタブレットを持ち上げる。それを見てトッドが頷いたので、渡してやると、タブレットを操作してからノートPCを操作し、タブレットを返された。

「何したんだ?」

「こっちに座標が見える様にしただけだよ」

 画面上の地図を見ると、確かに自分のいる位置に光点とシリアルナンバーが表示されていた。

「何だ? 監視されるのか」

「現場確認中にドローンに囲まれたくはないだろ?」

「なるほど。じゃ、行くよ」

 画面に顔を向けたまま、手をこちらにひらひら数回振ったトッドと別れ、現場の中心部、大型の死骸のある場所に向かう。

 家屋やアパートの残骸が主に散らばり、粉塵と何かが焼けた匂いが鼻をつく中を歩いていく。途中、片足だけの靴が落ちていた。靴裏をこちらに見せている。

 立ち止まって近づく。靴の足を入れる所には砂が大量に付着して塞いでいた。靴の中には千切れた足が入ったままだ。

 周囲を見ると、瓦礫の下に血の抜けた血色の悪い白っぽい、言うなれば死体色の手が見えた。助けを求める様に隙間から伸びる手は、中指と薬指の間で裂け、折れて鋭く尖った骨が初めて知る陽光を浴びていた。切れない包丁で切ったみたいな脂肪と肉のグチャグチャした断面が、綺麗にテカテカしている。

 折れた人差し指は骨と共に白い腱が黄色い脂肪とちょっとピンクの赤い肉に包まれていた。

 腕が伸びる瓦礫の隙間を覗く。大きなコンクリート塊の間から見える血でベタついた髪の毛が見えて、その奥には、裂けた腹から零れ落ちてうねうねと漏れ出た小腸のピンク色と、肝臓の濃い赤色が見えた。

 内臓が破裂したりはしていないのか、消化物等の匂いはあまりなく、血の匂いが濃く嗅がれた。

 無線でトッドに現座標に死体がある事を伝え、その場を後にする。

 その後、ガイジュウの死骸を見て損傷具合を確認したりもしたが、大した意味はなかった。

 木っ端微塵に散らばった頭のそばに倒れる犬猿の周りを3周し、また、大型のいる方向へ向かおうと思ったがやめて反対方向へ向かう。大型の方向には潰れたシェルターがあり、中ではテオドール・ジェリコー作メデューズ号の筏みたいに人が絡み合い、折り重なっていた。

 生者のいないメデューズ号の筏。それがあのシェルター。

 あれを2度も3度も見るのは良くないだろう。たとえあれを見ても大して何も感じなくなっても。

 その後も戦闘の後を見て回る。

 死と破壊のお一人様ツアー。砕けた建築物、千切れた鉄筋、曲がった鉄骨、黒く焼けた角材、何かの下敷きになった人、死体色の肌、折れた四肢、欠損部から覗く骨、腹から溢れる内臓、頭からはみ出す脳漿、体から出ていって地面に吸われる血液。どれも見放題。

 たっぷり見れるし、たっぷり見れた。

 だが、そろそろこのツアーにも飽きてきた。誰かの死はエンターテインメントではない。見世物でもない。見たって楽しかない。

 地図で現座標を確認してからまたテントに戻る。タブレットを田中一佐に返却してからトッドのいるテントへ向かった。田中一佐は自分の顔を少し見ただけで何も言わなかった。

「どうだった?」

 椅子から立ち上がり、ノートPCが置かれたデスク前から後ろの机にトッドが腰掛ける。

「大体わかるだろう」

 そう言いながらトッドの向かいに座った。

「なんで来たんだ? 何が見れるかなんてわかりきってる事だろう」

 黙る。理由なんてほぼ無いに等しかった。ただ、見ようと思っただけ。

 じゃあ、なぜ見ようと思ったのかは自分でもわからない。もしかしたら休暇の時に出会った少女の、遠方に見える崩れた街を見つめるあの目が忘れられないからかもしれない。

「なんとなくだ」

「そうか。まあいい、あんまり見ないほうが健康の為だぞ」

 トッドが釘を指すような鋭い視線を一瞬送ってきた。

「そうだな」

「時間もある。適当に外の市街地でもぶらついて来いよ。何を守ったか見たほうがいい。お前と部隊が出てなきゃここと同じ事になってた」

「そうするよ。じゃあな、また後で」

「ああ」

 そのまま席を立ってテントの影から陽の光を浴びた。

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