一話 赤の粒子4/5

「なあ、あんたは何なんだ? 奏を助けてくれるのか?」

「そうね。私はあれへの対抗手段」


 彼女が害獣を示す。


「対抗手段? 戦うのか?」

「いいえ、戦うのはあなた」

「俺が? どうやって?」

「それは簡単。銃を持って戦うだけ」

「銃っても。銃なんかどこにもないし、撃ったこともないぞ」


 周りには瓦礫だけで武器なんてどこにもない。


「大丈夫。私が用意してあげるし、教えるから」


 柔らかな声音でそう言った彼女は両手を胸の前に差し出す。そこに赤い光が集まり、消えるとそこには銃が握られていた。


「まず、ここを握って」


 いわれたとおりにグリップを握る。その時になって手や全身にあった傷が消えているのに気付いた。


「ストックは肩に、左手はここへ」


 指示通りに銃を構えて照準を覗く。


「あとは引き金を引くだけ」


 彼女が一歩下がる。

 引き金に指をかける。一度照準から視線を外して奏を見る。今、助けるからな。

 しっかりと害獣を狙って引き金を引いた。時間が元の速さに戻る。

 衝撃が腕を抜ける。奏を撃たないように一度引き金から指を外してもう一度発砲。

 害獣が怯むとすぐに奏の元に行き、立ち上がらせる。


「奏、逃げるぞ」

「逃げるって言っても、どこに」


 シェルター側に行こうとするが、害獣が顔を上げて咆哮する。

 その衝撃に吹き飛ばされる。必死で奏を抱きしめて守る。三半規管がめちゃくちゃになって脳みそがぐるぐる回り、意識が途切れた。


「…ね…ね」


 声が聞こえてゆっくりと意識が浮上していく。


「ねえ、起きて」


 目を開けると間近に彼女の顔があった。そして、腕の中に何も無いのを感じて飛び起きる。


「奏は!」

「あそこ、気絶しているだけだから、静かにしてあげて」


 彼女が示した場所に奏が横たわっていた。見る限り、外傷は無い。安堵から全身の力が抜けてその場に座り込む。


「害獣は?」


 先程まであった害獣の頭部が無いことに気付く。


「外で自衛隊が交戦中。十分に対処可能な戦力だから時期に駆除できるかしら」

「そうか」


 外からは爆発音や射撃音がひっきりなしに聞こえてくる。


「ねえ、小型のが来てるのだけど、どうする?」


 ごく自然に、当然という雰囲気で彼女が言う。そして、銃を見てから俺を見た。


「嘘だろ。くそ、戦えって言いたいんだろ。いいさ、戦ってやる」


 満身創痍の体で立ち上がり銃を握った。少し視線を下げると奏が見え、なけなしの体力と戦う意志が湧いてくるのを感じた。


「ねえ、その体で戦うの?」

「は? 誰かさんに半分取られて限界だよ」


 どう見てもボロボロだろ。何が言いたいんだよ?


「それは、あなただけだと思う?」


 どういう意味かわからずに彼女を見た。


「あなたの体は半分欠損した状態。普通の人では生存困難。でも、あなたは普通に活動している。それは何故か?」


 彼女が芝居がかった言い方をする。何が言いたい? 生きた屍とでも言いたいのか?


「どういう意味だ? 俺がゾンビとでも言いたいのか」

「そうね、そういう認識も良いかもしれないわね。でも、ブードゥーの魔術じゃないもっと分子的テクノロジーだけど」


 おかしな事を言う様な口調に自然と怒りがこみ上げる。まるで自分が人ではない物として扱われている様に感じた。


「あんた、俺に何をしたんだよ。死んでるってどういうことだよ」

「ねえ、あなた、人工呼吸器やペースメーカーのスイッチをOFFにしたら死んでしまう人は、機械に生かされた死者なの?」


 穏やかな口調で問われた。それは違う、そういう人は死者とは言わない。

 首を横に振って否定する。


「そう、死者じゃない、普通の人間。そしてあなたも同じ、人間よ」


 言い聞かせる様な声にすっと頭が冷える。


「つまり、俺はどうなっているんだ?」

「今のあなたは私の利用可能なリソースを使用して機能を補完している状態。でも、それだと私が困るの」

「それじゃあ、どうするんだ?」

「私のリソース以外で補完する」

「あんた以外の?」

「そう、人を使う事も出来る。臓器移植とでも思って」


 俺が何かを言う前に折り合いの付け方を提示される。

 人を使う事、も、出来る。って言ったか?


「人以外に、あるのか?」

「ええ、より強靭で戦闘に適した材質で。あなたがなぜ、自身の半分を私にくれたのか思い出して」


 どうするといった様子で彼女が俺を見つめる。

 俺がこいつに自分の半分を渡したのは奏を守りたかったから。なら、答えは一つだ。


「戦いやすい方にしてくれ」


 彼女が微笑み、俺の周りに赤い粒子が集まってくる。全て彼女の思い通りになっている気もするが、今はそんな事を気にしていられる場合ではない。

 程なくして赤い粒子が消えた。何か体に変わった感じはない。


「終わったのか?」

「ええ。それより、そこから害獣が来るから銃を構えたら?」


 手近にあった銃を握って構え、彼女が示した階段の付近に銃口を向けた。耳を澄ませば外から聞こえる戦闘音に混じって小型の足音が聞こえてくる。多分上にいる。

 足音が徐々に近づき、角から頭を出した瞬間、引き金を引く。一体目に引き続いて出てきた二体目三体目にも、引き金を引きっぱなしで弾丸を撃ち込む。

 マガジンが空になると同時に最後の一体も倒れた。


「終わりか?」


 彼女の方を向く。少し思案した彼女が口を開いた。


「そうね。もう、お終い。それで、銃の反動はどうだった?」


 そこで始めて銃の反動が弱くなっている事に気付く。


「銃に何かしたのか?」


 彼女が小さく笑う。まるで俺がおかしなことでも言ったように。


「変わったのは、銃じゃなくてあなた」

「俺が?」


 じゃあ、さっきの赤い粒子が纏わりついた時に。


「今のあなたはパワードスーツ着用者に準ずる能力があるから」

「それが、あんたの言ってた戦いやすい体か」

「そう。嫌だった?」

「いや、これでいい。これで奏を守れるなら」

「そろそろあの子、目覚めそうだから、私はお邪魔かしらね」


 彼女が赤い粒子になり散っていく。


「え、おい、どこに」


 思わず手を伸ばしかけるがすでに彼女の姿は無かった。

 中途半端に上がった腕を下げて奏の隣に膝をつく。


「ん、んんっ」


 奏が小さな声を漏らして徐々にまぶたを持ち上げる。


「奏!」

「タケル」


 意識がはっきりしないのかぼんやりとした表情をしている。


「そうだ。害獣は」

「今は自衛隊が戦ってる。じきに救助もくるさ」

「そうなんだ。じゃあ、助かったの?」

「ああ、もう大丈夫だ」


 壁に背を預けた奏の隣に座る。疲労感から互いに無言の時間が続く。

 壁を破壊する音がして足音が近づいてくる。


「救援です。動けますか?」


 ヘルメットバイザーを透明化した自衛隊員がやってくる。


「行けるか?」


 小さく奏が頷く。


「大丈夫です」

「よし、行きましょう。足元に注意してください」


 自衛隊員について外に出る。空はまだ青く、眩しさに目を細めて頭上に手を翳す。


「ここで待機して下さい」

「はい、ありがとうございます」


 自衛隊員に仮設テントまで案内され、二人で座り込む。


「ねえ、ちょっと横になっていい?」


 そう言うなり奏が横になって目を閉じる。


「ああ、何かあったら起こすよ」

「ん、ありがと」


 数分後には穏やかな寝息をたてて奏は眠りに落ちた。

 更に十数分後には学校からシェルターに避難していた学生や先生が出てきてテントがいっぱいになる。

 しばらく奏のそばにいたが、両親がやってきたので俺は奏を近くにいた担任の先生に預けて家に帰った。

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