一話 赤の粒子3/5
目覚めて最初に感じたのは全身の痛み。次に埃っぽい粉塵の舞う大気に咳き込んだ。
周りは真っ暗で身動ぎするのも困難な場所にいる。多分、瓦礫の隙間だろう。押しつぶされなかったのは幸運だった。
足元を見ると僅かに明かりが見えたので、尺取り虫みたいに体をくねらせながらなんとか瓦礫から抜け出す。
辺りには砕けた壁や歪んだ机や椅子が転がって、奏の姿はない。
「奏! どこだ」
名前を叫ぶが返事はない。瓦礫の下敷きになっているかもしれないと思ったが、自分の埋まっていた瓦礫以外に、人が下敷きになってしまう様な瓦礫は見当たらない。教室の外か。
歪んだ扉の隙間をなんとか通って廊下に出る。窓ガラスは全て割れ、瓦礫が散乱していた。シェルターへと通じている道は瓦礫で塞がっている。
粉塵が舞ってボケた視界の中、倒れたロッカー等を跨いで奏を探していると、しゃがみこんだ彼女を見つける。
「奏!」
「タケル。大丈夫なの?」
心配そうに奏が聞いてくる。
「おう、そんな事よりどこ行ってんだよ。まだ小型のがいるかもしれねえだろ」
「タケルが瓦礫の中にいたから、助けを呼ぼうとして」
「そうか。とにかく、安全な場所に」
と言うが、シェルターへの道は塞がっているし目の前にある道も塞がっている。外には校舎に頭を突っ込んでグラウンドに腹ばいになった害獣がいる。
「くっそう、どうすりゃ良いんだ」
途方にくれていると激しい揺れが起きて天井が崩れ、それと一緒に害獣の頭も落ちてくる。
「ひぃ!」
奏が短い悲鳴を上げる。それに反応した害獣が奏の方に顔を向けて大きく口を開いた。
奏が振り返って俺に絶望に染まった表情を向ける。
助けようとしたが体が動かなかった。そして、助けようとしても無理だと心のどこかで諦めている事に気づく。
自分の中のジレンマに頭が真っ白になり、心臓が今日一番の速さで肋骨を叩く。
銀色の口内に奏が飲み込まれようとした時、この場に似つかわしくない高音のハーモニーが聞こえる。
「ねえ、あの子、助けたい?」
「えっ? だ、誰?」
突然の出来事を理解できずに辺りを見渡すが、誰もいない。その時初めて時間が止まって、非常にゆっくり流れているのがわかった。
「た、す、け、た、い?」
もう一度、一語一語強調して言われる。
「ああ、奏を守りたい」
「もし、それで自身が犠牲になるとしたら?」
そんなの決まっている。
「それでもいい」
「じゃあ、なぜ、あの時あの子を助けなかったの?」
痛いところをつかれる。
「助けたかったんだよ。でも、体が動かなかった」
「正直ね。そう、あなたはあの子を助けられなかった」
ストレートな言葉を投げかけられる。
「今日を生き延びて、もし、また同じ様な事があればあなたは躊躇なく自らの命を犠牲にすることができる。でも、それは過去の後悔から、あの子の死が呪いみたいにあなたに付きまとうから。そうなりたい?」
今にも食われそうな奏を見る。今、自分が助けなければ一生会えなくなる。
「俺は、奏を助けたい。俺の命を。犠牲にしても」
「そう」
「どうすれば奏を助けられる?」
そう問うと、どこからか赤い光が現れて目の前で静止する。
「あなたを半分貰うの。物理的に」
意味がわからずに怪訝な顔をする。体を真っ二つにするのか?
「大丈夫、死にはしないから。痛いけどね」
俺の表情から察したのか、彼女が穏やかにそう言った。本来であれば俺も奏も死んでいた。命があるだけマシさ。
「それでもいい。やってくれ」
そう言った瞬間、全身に激痛が走って膝から崩れ落ちる。ただ痛いという感覚が全身を支配した。
空中に浮いている赤い光は徐々に大きくなり、縦に伸びていき下は2つに分かれて地面と接し、次第に明確な形を作り始める。ある程度するとそれが人の形である事に気づく。
赤一色の人型の頭部がこちらを向いた。それと同時に全身の痛みも消えた。
立ち上がろうとした時に、自分の全身にいくつも裂傷みたいな肉が削げた傷が出来ているのを見てぎょっとする。だが、痛みも無ければ出血もしていない。
「大丈夫、後でなんとかしてあげるから」
声が聞こえて目の前の赤い人型を見る。周囲に散っていた燐光が集まり、服を形成していく。まだ赤一色だ。
服を形成し終えた人型がその場で一回転する。それに合わせて赤い粒子が剥がれ落ちていく。
最初に服が見え始めて、胸のリボン等の細々した物はなくなっているが、奏と同じタイプの制服を着ている。
粒子の最後の一つが消えると、そこには見た事も無い美しい女性がいた。
やや肉付きの薄い体は無駄のなさを感じさせる。地面からスラリと足が伸びて腰へと続き、そこだけふんわりと服を持ち上げる胸に続く。
着崩した胸元から鎖骨の影を落とす膨らみが見える。何かいけないものを見てしまった気がして視線ををそらすが、すぐに上げてしまう。
彼女と目が合う。完全性と個性を合わせ持った顔で、少し切れ長の瞳に美しいラインを描く鼻梁。
やや薄いがしっとりとした唇を開く。
「ねえ、これ、どう?」
彼女が小首を傾げる。長い髪がしなやかに流れる。
雨とカラメル、そして血の匂いが混じった不思議な香りがふわりと嗅がれた。
言葉に詰まっているともう一度問われる。
「ね、どう?」
「あ、ああ、良いと思う」
しどろもどろになりながらそれだけ言う。それを聞いて彼女が少しだけ微笑んだ。
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