一話 赤の粒子2/5

 キーンと耳鳴りがする。左を見ると青ざめた顔の奏がいた。屋上入り口のある右からは生徒たちの悲鳴や叫び声が聞こえ、見るのを止めた。

 入り口付近に赤い光が見えたが今はあれを気にしている場合ではない。

 恐る恐る顔を上げる。壁の塀の上からクリアブルーの空が見え、更に上げると空中に浮かぶ帯状のオレンジと銀のマーブル模様が浮いていた。

 完全に顔をあげて出現地点を確認する。そこに腕が帯状になった銀色の中国の龍みたいのが浮いていた。マーブル模様だと思っていたのは銀色の体色に映った燃える街だった。

 害獣が身じろぎして慌てて頭を下げる。


「どうするの」


 上ずった声で奏がそう言う。


「まだ害獣は動いていない。今のうちにシェルターに行こう」


 立ち上がって入り口に向かう。入り口には倒れた生徒が重なって、それを踏まないようにかわして歩く。

 あまり下を見ない様に上を向いて階段を降りていく。視線の先に赤い光があったので、目の端に映る物体に意識が向かないようにそれを見ながら降りていった。途中、柔らかい物を踏んでしまい全身に悪寒が走った。

 下の階について後ろを向き、奏がちゃんといるのを確認して先に進もうとしたが、急に赤い光が目の前を過ぎ去って窓の方へ飛んだ。

 窓の外を見る。害獣がこちらに向かて来ており、時折体に爆発が起きていた。迎撃用に配備された警察のドローンによる攻撃だろう。


「来てるな。急ごう」

「戦ってる」

 何故か窓の外を見て固まったままの奏がそう呟く。

「いいから、行くぞ」

 動かない奏を引っ張って下に降りていく。3階について2階への階段に行こうとした途端、赤い光が目の前を塞いで通路側へと飛んでいった。一瞬、わからなかったが先程も害獣の接近を知らせていた。つまり、いまどちらに行くべきかは。

「奏、こっちだ。早く」

「えっ! そっちは」


 腕を掴んで廊下へと進もうとするが、奏はブレーキをかける。


「早く!」


 あまりに必死な俺を見てか奏が力を緩め、廊下へと駆けていく。程なくして階段側から窓ガラスの割れる音や破壊音が聞こえ、ちらと振り返る。小型の害獣が壁に空いた穴から飛び込んで来ているところであった。もし、あのまま階段を降りていたら、今頃あの害獣達の下敷きになっていただろう。

 一階に着くと赤い光が階段を降りた先の角で漂い始める。それについていき、人間ではない足音の聞こえる廊下を覗き見る。小型害獣が何体か徘徊していた。


「ねえ、このままだとシェルター行けないよ」


 頭を引っ込めて後ろにいる奏の方を見る。


「とにかく、今はここでじっとしておこう。その内に助けも来るはずだ」


 もう一度周囲を確認してから二人でロッカーの影に隠れた。

 10分ほど息を潜めていると銃撃音が遠く聞こえ始め、徐々に近づいてきた。窓の外では黒い装備に身を包んだ人達が小型害獣と戦っていた。警察のマーク等がないので民間軍事会社だろう。


「ねえ、助けが来たの?」

「そうらしい。もうじきここに来るはずだ」


 銃撃音と害獣の鳴き声が近くで響いて、最後に銃撃音が響いた。


「誰か。誰かいるかー」

「ここです。逃げ遅れました」

 ゆっくりと廊下側へと出る。あまり急に動くと最悪誤射されても文句は言えない。


「君達、無事か? 怪我は?」


 奏を見るが首を横に振る。


「大丈夫です」

「そうか。他に逃げ遅れた人は?」


 屋上を思い出す。折り重なって倒れる血まみれの生徒達を。なんて言えばいいかわからずに沈黙し、ただ数回首を振った。


「わかった。君達だけでもシェルターに送ろう」


 ヘルメットバイザーに表示されたのか、シェルターの方へ進む民間軍事会社の人の後ろについていく。やっと安全なシェルターに入れると思うと、緊張が抜けていった。


「これで、安全なんだよね?」

「おう、もう大丈夫だ」


 出来たかはわからないが、奏を安心させようと少し笑って見せた。そんな俺を見て奏の表情も少し和らいだ。

 右から左、窓の方へいきなり赤い光が横切った。反射的に左の窓を見る。害獣がこちらを向いて、帯状の腕をしならせた途端、ロケットの様にこちらに突っ込んできた。抜けていた緊張が一気に戻ってく。

 すぐに赤い光を探すと近くの教室に入っていくのが見え、奏の腕を掴んで走る。民間軍事会社の人が何かを言ったが聞こえなかった

 入ると赤い光の漂う大きな机の下に滑り込み、机の足に掴まる。

 地震のような轟音が近づき、最後に爆発した。そうとしか言いようのない衝撃が全身を打ち据え、視界が大きくぶれて意識が途切れた。

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