episode5 SINERGY1/2
「大尉、こんなところでお休みですか?」
野外に設置された長椅子で休んでいた自分に対して若い兵士が敬礼をする。
「ああ、トレーニング終わりだ。そっちは?」
「自分もです。隣、良いですか?」
座っていた長椅子の隣を示しながら、
「もちろんだ」
隣に座ったブライアンはシャワーを浴びた後なのか、自分と同じくまだ髪が湿っていた。
「せっかくの休みだ、部隊の奴らと過ごしたらどうだ?」
「いえ、部隊のみんなはどこにいるかわかりませんから」
どこかを走っているか、レクリエーションルーム辺りだろう。
相槌を打ちながらふと思った事を言う。
「ところで、アメリカの家族は元気か?」
ブライアンはしばらく帰国していない、そろそろ寂しい頃だろう。
「はい、昨日も寝る前に連絡を取りましたが、元気でしたよ。直接顔を見れないのが残念ですけど」
「そうか、元気か。連絡だけじゃなくて直接顔を見せられればいいが、ガイジュウがいつ出てくるか分からないからな」
ガイジュウ専門の部隊が少ないので、そう簡単にアメリカに帰ったりは出来ない。それが現状だ。
「ですね。いつ終わるのでしょうか。まあ、相手が何かもどこから来てるのかもわからないですけど」
奴らはとりあえず謎のテクノロジーで作られたというのはわかっているが、それ以上はわかっていない。せめてどこから来てるかを、ガイジュウ出現時に開いているワームホールの向こう側から放出される微粒子などを観測したり、こちらから電磁波等を送って探査できれば良かったが、出現の瞬間に空間波や電磁波等でジャミングをかけているのでそれも出来ないときた。
何かはわからいままだが、幸いにも出現前に空間波が観測されるので、それで避難警報を出す事が出来る。それが唯一マシな点と言ったところか。
「今じゃエイリアンの侵略兵器説が大真面目に話し合われる位にはな」
ブライアンが笑って何かを思い出そうと上を数秒見てから、顔をこちらに向けた。
「最初にガイジュウが出た時はどこかの国の秘密兵器でしたっけ」
「北朝鮮かナチスのどっちかだったな」
本当は覚えていないが、適当な事を言って笑う。
「そんな感じでしたね」
適当な笑い話をしながら休憩していると、大人数がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。ブライアンの所属するマスターフェンサーの面々だ。
「お迎えらしいぞ」
マスターフェンサー御一行を示す。
「あっ」
指で示した先をブライアンが見た。
「探してたんじゃないか?」
「どうでしょうか」
立ち上がってマスターフェンサーと合流すると敬礼をされ、こちらも敬礼で返した。
「ブライアンを借りていたが、そろそろ返すよ」
ブライアンの背中を押して前に出す。
「隊長、部隊に復帰します」
「よし。大尉、受領しました」
横に立った彼の肩に手を置いた隊長がそう言った。
「それで、将軍様。これからみんなでピクニックかい?」
ピーターにそう言う。彼のミドルネームはU・R、ユリシーズ・ロバート。だからジェネラル、ぴったりだ。代々軍人で世界大戦で戦った祖父と曽祖父の名前を受け継いだらしい。
「ダニー達と映画でも見ようかと。大尉もどうですか?」
グレートウォリアーと一緒に映画か。今やっているのは前に見たな。
「前にトッドと一緒に見ちまった。面白かったぞ。楽しんでこい」
「そうですか。はい、楽しんできます」
一瞬笑顔が引っ込んで残念そうな顔をした将軍様がそう言った。
「ああ、じゃあな」
将軍様達と別れたが、特にやる事も無いので自室に戻る。
ベッドの上に寝転がって本国から取り寄せた読みかけの本を開く。日本にいる以上どうしても日本語という物をよく見て、よく聞く。自分も日本での生活に困らない程度の理解はしている。
だが、こうして母国の本を読んでいると自分が日本にいる事を忘れる。ほんの一瞬忘れる。いや、意識の表層のほんの一枚だけ自身のいる場所を誤認する。
派遣された場所も馴染みのない文化も、もちろんガイジュウも、他の事は考えないで懐かしい故郷を感じて浸る。
その時間が一時間か、それとも数時間か続く。だが、ドアをノックする音で薄い郷愁の意識が破かれる。
「俺だ」
トッドの声がする。
「何だ?」
「暇だから来た」
「はあ、いいぞ、入ってくれ」
ため息をつきながら本にしおりを挟んで閉じる。
「何してたんだ?」
その問いに答えようとすると、
「ああ、話題になってたやつね」
勝手に状況を理解したトッドが手に持っていた袋を置いて本を手にした。
「何だそれ?」
「好きなの良いぜ」
トッドが立ったまま本をペラペラ捲る。
袋の中を覗くとお菓子が入っていた。アメリカの。チョコレートバーを一つ取って齧り付く。甘いチョコレートとヌガーの甘みが口いっぱいに広がって、懐かしい。
「同じのあるだろ?」
右手に持っているのと同じ物をトッドに渡す。本を置いたトッドが自分と同じように包装を破いて齧りついた。
「それで、どうしたんだ?」
だいたいトッドがわざわざ訪ねて来るのは訳ありか、本当に暇か二択だ。今のところほぼ五分五分なので今日はどちらか。
「わかるか?」
ニヤリとしたトッドが距離を狭める。訳ありか。面倒事じゃなければいいが。
「実はな、新型の偵察ドローンが配備されるんだ。ここに」
秘密めかしたトッドの発言に拍子抜けする。そんな話は前々から耳にしていた事だ。
日本の領空領海諸々を自衛隊と共に監視しているので、例え初耳としても新型偵察機導入なんて何ら不思議ではない。現状使用している機体の上位互換機と言える存在なのでなおさらだ。定期的な装備のアップグレードは当然と言える。
「それがどうしたって言うんだ?」
「配備先はどこだと思う?」
「空軍だろ?」
「正解! それじゃあ、それを運用する部隊は?」
「当たったら賞金はあるのか?」
「またドライブに連れてってやるよ」
「じゃあ、いい」
本に手を伸ばしかけたところでトッドが慌てて制止する。
「おい、待てよ。これやるよ」
別の袋から取り出したペットボトルのコーヒーを見せられる。それで伸ばしていた腕を引っ込める。ちょうど欲しかったところだ。
「806か?」
主力航空団の名前を上げる。新型はだいたいここに行く。
トッドが首を横に振る。
「いや、91だ」
第91偵察隊、太平洋方面の偵察もやっているが、近頃は主にガイジュウ相手の偵察をやっている部隊だ。
「つまり?」
「実質、あんたのとこの偵察機さ」
驚いた。若干型落ち気味のを押し付けられがちだが、新型か。アナイアレイターなんて自分より年上だ。
クイズには外れたが、参加景品、だとトッドからコーヒーのペットボトルを渡される。
それを一口飲む。
「急だな。今までの情報収集能力ではダメだったのか?」
偵察機とは言うが、こっち ―アメリカ以外のアウェイ― におけるガイジュウ戦では戦闘の観測の方が主な用途となっている。その他の収集したデータも合わせアメリカ軍内で利用され、自衛隊等にも共有される。
「さあな、こっちほどではないが、本国にも子分付きデカブツモンスターは現れるからな」
なぜか他の国に比べて日本はガイジュウがよく現れる。ガイジュウ出現の際に現れるワームホールが形成されやすい空間的特徴があるのかもしれない。と言われている。
そんなこんなでガイジュウ多発地帯の日本に我らアメリカは目をつけ、自分達の様なガイジュウ専門部隊を在日米軍に編成して本国での戦闘の為に戦闘データを取っている。実際、戦闘データを元にアメリカでは以前よりも迅速な対応が出来ているそうだ。間接的であれど祖国に貢献できているのは日本という異国で戦う事への糧になっている。
「より多くの情報を得られる様になって困る事はないからな」
別にガイジュウ専用機という訳でもないので、普通に様々な偵察機任務に使用可能だ。
「ついでにガイジュウ名目で日本に色々持ってこられるしな」
トッドが笑う。流石にそれは無理な話で日本政府との話し合いや同意も必要だ。
「それだと良いんだがな。爆撃機があと2機は欲しいよ」
「あっても爆撃の制限で無理だろ」
チョコレートバーを食べ終えたトッドがビスケットを袋から出す。
「言われなくてもわかってる。それ一枚くれ。ガイジュウを波状爆撃で吹き飛ばしたいって思うのは自然な事だ」
そっちの方が地上戦力を危険に晒す必要もなくなる。
「そうだな、それは極めて自然だ。爆撃でガイジュウをまとめてボーン、余計な事はいらない、シンプルに」
そう話ながらトッドが手を広げて爆発のジェスチャーをした。
その後も他愛もない話をして過ごした。
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