九話 整流2/2

「ただいま」

「おかえりなさい。ご両親は外出中よ」


 いつもは母さんが姿を見せるのだが、赤い粒子がいた。


「そっか」


 いい加減俺もこいつがいることにももう驚かなくなってきた。最近は前から住んでましたよと言わんばかりに出てくる。もちろんそんなこと親は知らないが。

 靴を脱いで家に上がる。


「それで、どうだった? 楽しかった?」


 小首を傾げながら赤い粒子が訊ねてくる。いつもの様にどこか子供に接する時みたいな言い方だった。


「まあ、楽しかったな」

「そう、良かったわね。あの子は?」

「元気だったけど。そういや、奏の事結構気にするよな」


 最初に出会った頃もそうだったが、俺に奏には気をかけろとかなんとか言ってくる。

 適当にソファーに腰掛けると向かいに赤い粒子が座った。


「大事な人でしょう?」

「えっ!」


 友達とか親友ではなく大事な人という表現に急に恥ずかしくなって変な声が出るが、彼女は気にする様子もない。


「違うの?」

「違わないし。大事な友達だけど」

「でしょう。なら、気にしてあげて」

「そうじゃなくてさ、なんであんたが気にするのかって話だよ」

「あの子がいないとあなたも辛いでしょう? だから、ね?」


 つまり、俺の事を考えると奏の事も自然と気にすると?


「それって、俺の事を考えればって事か?」

「そうね、そういう認識でいいかしら。もちろん、あなたを戦わせる要因としてではなく」


 俺が余計な疑念を抱く前にそう言い切った。彼女も普通に害獣災害に巻き込まれた奏を気にしていたのだろう。

 そういう人間的な一面は少し意外だった。少なくとも人では無いので何を考えているかわからないところが多い。それにほとんど何も教えてくれない。

 唯一知っているのは発音出来ない名前だけ。剣の名前とか言ってたな。日本人で言えば、村正さん的な感じか? でも、人じゃないしな。赤い粒子がパッと現れたと思えばいるわけだし。

 待てよ、赤い粒子が集まって目の前にいる彼女になっている。もしかして赤い粒子そのものの名前なのか?


「なあ、あんたの名前って、時々出てる赤い粒子の名前なのか?」

「これは、私のリソース。私は(意味不明な音声)」


 手の平に赤い粒子を漂わせた彼女がそういった。


「でも、あんたってその粒子が集まって出来てないか?」

「そうね」

「じゃあ、粒子はあんたじゃないのか?」

「いいえ」


 これ以上聞くと頭がこんがらがって訳がわからなくなるので止めておいた。絶対に何も教えてくれない。


「私の事はいいの。それより、どこに行ってたの? 秘密にしたいならそれでもいいけど」

「服みたり、後は色々回ったな。それでケーキ食ったな」

「気に入った服はあった?」

「俺は特にって感じだったけど、奏は気に入ったのを見つけてたな。買ってないけど」

「そう、覚えておいてあげたら」


 彼女が少し首を傾げて俺の顔を見た。プレゼントしたら。とでも言いたいのだろう。


「おう、機会があれば」

「そうしてあげて」


 彼女が小さく微笑んだ。

 しばらくすると玄関から音がする。


「帰ってきた」


 チラッと赤い粒子を見る。


「あなたの部屋で待ってる。もしかして、今日はもう消えたほうがいい?」

「好きにしてくれ」

「そう」


 彼女が消えると玄関に向かった。


「おかえり」

「ただいま」


 母さんが買い物から帰って来ていたので買い物袋を運んだりしてから自分の部屋に行った。

 赤い粒子は窓の縁に手を添えて外を眺めていた。陽は傾いているが空はまだ青い。

 彼女の長い髪が照らされて仄かに赤くきらめていた。


「お母さんは?」

「夕食の支度中」

「手伝わなくていいの?」


 姉貴みたいな事言うなよ。姉いないけど。友達の話では同じ様な事を言われたとか。


「俺、料理出来ないから」

「そう」

「あんたは?」


 椅子に座って特に理由もなくなんとなく聞いてみる。


「そうね、やれば、出来るのかしら?」

「やってみたくなったで勝手にやるなよ」

「やりたくなったら、あなたも手伝って」

「いや、俺、料理出来ないって」

「なら、二人で簡単な物からやってみるのは?」


 窓から離れて机に手をついた彼女は、少し目を細めて白い歯を覗かせてからかうような表情をした。やや鉄臭いカラメルに似た不思議な香りがふわりと嗅がれた。


「やめとくよ。どうしてもって言うなら母さんに教えてもらえよ」

「そう、残念」


 近づけていた顔を離して彼女がベッドに寝転がる。寝転がる瞬間に黒い髪から赤い粒子が溢れて右側にまとめられ、体の前に流されていた。横になると体の曲線に合わせて胸から滑り落ちて腕にかかった。

 学生服の白いブラウスに赤黒い髪が幾条も広がって緩やかにうねっていた。


「てか、なんで俺以外の人の前に現れないっていうか、関わりを持たないんだ?」


 街に一緒に出たりはするが、店の店員とかと必要最低限の会話はするが、それ以上のコミュニケーションはしていない。


「必要がないから。あくまで私は害獣への対抗手段。人類と交流するためじゃないの」


 ドライな物言いで彼女がそういった。


「俺との交流は?」

「必要だから。あとは、興味かしら」


 結構私情入ってる感じだな。


「興味って」

「私にも色々あるの」

「ふーん」


 こいつにも色々あるのかと考える。害獣と戦う人類を見ているだけな気もするけど。何ならこんな所で俺と駄弁ってる時点で暇なのかと思っちまう。


「きっと、あなたの想像とは違う、」


 俺の考えを読んだのか彼女がそう言って、何かを続けようとしたが口を閉じた。少し天井に視線を移している。


「何だよ?」

「そうね、あなたを見守ってると言いたかったの」


 またこちらを向いた彼女がそう言って微笑んだ。

 俺が何かを言おうとしたがふっと消えてしまう。数秒後に母さんの声がドアの向こうから聞こえた。

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