十一話 座標2/2
出せる最高の速度で緩やかなシェルターと地上をつなぐ階段を駆け上がっていく。
奏は?
「少し泣いてる」
そうか。仕方がないとは言え、一人にしてしまうのは心苦しかった。
「大丈夫、私も見ているから。だから、今はすべき事に集中して」
わかった。とりあえず、外に出たら?
「ついてくるだけでいいから。あなたの移動座標を元に干渉を行うから」
とにかく、ついて行けばいいんだな?
言わずもがな地上は害獣がいる。ただ立っているだけでも危険だ。だが、やらなければならない。
「ええ」
階段を駆け上がっていたが、途中で崩れた瓦礫に変わる。
「こっち。それを除けば先に進める」
赤い粒子が隙間をすり抜ける。隙間を覗くと向こう側に続く細い空間が見えたので、邪魔な鉄骨を退かして空いた穴に潜り込んだ。
匍匐前進で先に進み、開けた場所に出る。空が見えていた。青く白い雲がまだらに流れている。綺麗な空だった。
だが、下を向くと瓦礫の山で、それを登ると崩壊した街が広がっていた。まるで違う場所に来てしまった様な光景が広がり、自分の知らない場所に、悪い夢でも見ている気さえする。しかしこれは現実で数十分前に見た光景の今だ。
向こうに見える大きな害獣を一瞥して赤い粒子を見る。
「準備はいい?」
「ああ」
左前へ飛んでいった赤い粒子を追って走る。倒壊したビルの残骸を駆けて時に大きな塊を飛び越える。
幾つか瓦礫の山を超えるとプロペラ音が聞こえ始めて音の方向を向く、飛行機が複数こちらに飛んできているのが見えた。
「あれは?」
「撤退中の部隊を護衛する為のドローン。のはずなんだけど、大型との戦闘に使用するみたいね」
「えっ? 護衛の為じゃなくて」
もしかしてシェルターを。
「必要最低限以外はこちらに回したみたい。見捨てたりも、ましてや諦めてもいないみたいよ」
見捨てたと疑った自分が恥ずかしい。あの人達も命懸けなんだ。
「わかった」
みんなやれる事をやっている。なら、俺も出来ることを。
斜面を滑り降りるとほとんど捲れ上がって原型を留めていない道を蹴って走っていく。
「どこまで行くんだ?」
「もっと先まで進んで曲がって直進、それで後はなんとかするから」
まだ走るのかと思いながら走る。息が徐々に苦しくなっていく。普通の人間ならこんなに走れはしないけど。
だが、ここで走るのをやめたら被害が大きくなる。奏がより危険な状況にさらされる。そんな事にはさせない。
心臓の激しい音に混じって爆発音や激しい崩落音が聞こえた。
「先の交差点で止まって」
広い交差点で止まった赤い粒子の真下で脚を止める。そうして少し息を整える。
「次は? どうするんだ?」
頭上を見上げなら問う。
「右、でも」
その方向には害獣がいる。今も戦闘中だった。
「危険なんだろ。誰でもわかるけど」
「そう」
赤い粒子が肯定する。
「それでもやらなきゃ干渉ってのが出来ないんだろ?」
「困難ではあるかしら」
「なあ、それで害獣をどうにか出来るんだよな?」
何をするかはわからないが、とにかく害獣を倒してくれるならそれでいい。
「そうね。ええ」
「ならやってやる」
大きく息を吐いて吸う。そして走り出す。
戦闘の音が大きくなっていく。ある程度離れているとはいえ、流れ弾とかが飛んでくるかもしれない。流石にそんなのが当たったらただじゃ済まないだろう。
できる限り早く走り、車やらコンクリートやらを飛び越えて走る。
「もう少し」
脚が痛い、心臓も訳がわからない位早く動いて息が出来ているのかいないのかすらわからない。
「右、伏せて」
赤い粒子の声にワンテンポ遅れて右を向くと黒いのがこちらに飛んできているのが見えた。
腕を前に出して防御の姿勢をとった途端、重い衝撃で体は吹き飛ぶ。
体がバラバラになるような衝撃で中を舞い、地面に転がった。あの日の事を思い出す。学校が害獣に襲われてボロボロの校舎を歩いて、今みたいに吹き飛ばされて。
「ね、は」
朦朧とした意識の中、声が聞こえる。あの日始めて聞いた声。
あの日と同じ、だが違う。力は得た。あとはやるだけ
「わかってる。もう、少し、なんだろ?」
なんとか立ち上がり、波みたいに揺れる地面を歩く。
「ええ。もう少しだから」
十歩も歩けば揺れは治まり、また走ろうとするが脚が体が激痛という悲鳴を上げる。
「くっ、ぐう、ああーー!」
苦痛を気合で抑え込み走る。何度も脚が止まりそうに、体が動くことを拒否するが、意思で脚を動かす。
「待って」
脚を止めた瞬間に気が抜けて思わず跪く。
「良いのか?」
「ねえ、あなた、この状況を変えるために一度死ぬ必要があるとしたら?」
「それって。どういう?」
死んだらもう奏も誰も守れない。それは願い下げだ
「そうね、死にはしない。でも、ただ耐え難い、それだけ。あとは好きに捉えて」
死ぬほど痛いって事か。
曖昧な返答だが、一つだけ明確にしなくてはならない事を絶対に必要な条件を質問する
「それで奏を助けられるのか」
「ええ、あの子もあの子以外も」
なら、答えは決まっている。
「やってくれ」
あの日とは違う。躊躇ったらその時に大事な人を助けられるチャンスを失う。
あの日はただ運が良かっただけ、俺はもうチャンスを失わない。
俺がどうなっても奏を守る。
「わかった。ごめんなさい」
なぜ謝罪を口にしたのか。疑問の思考を痛みの信号が上書きし、脳を支配した。体を引き裂かれる感覚。粉々になる。
だがその他のことを感じる前に、訳のわからない痛みが全てを支配していた。
痛い。
痛い。
痛い。
少し痛みが和らぐ。
何か見える。というより感じる。
主機の出力を上げて9つの装置へ送り、存在を感じるそれの座標を受け取り、9つの出力波を調整。妨害を上回る出力で空間を捻じ曲げる。
自分の座標の前と目標座標の空間を直接繋げる。一番早いやり方でそこへ干渉する。
相手を捉える。相手を覆う薄い空間の揺らぎを打ち消す。
3つの敵が倒れる。
追加のリソースを少し送ってから自空間と目標空間との接続を遮断。主機の出力を落とし、船体隠蔽関連装置への割り振りを通常時に戻す。だが、リソース供給座標への干渉を続行。
敵が消えると追加リソースを回収し、残りのリソースを一箇所に集める。そして、適切に2つに分け、現地で回収した複数の物質と接合して最初の状態へ戻す。もう一つもリソースと現地物質を集合させ、整形。
整形後、接続。
「うわあぁ!」
体が跳ね上がる。だが、痛くない。
「えっ、ええ!」
いつの間にか寝そべっていたが立ち上がって体を見る。腕、胴、足。全部ある。バラバラじゃない。
「落ち着いて。もう大丈夫だから」
後ろにいた赤い粒子がそっと腕を伸ばし、俺の腕に添えた。スベスベとした感触が肌を撫で、全て終わったことを示唆してくる。
落ち着くと辺りを見る。いつの間にかシェルター前にいた。
「もう、大丈夫なんだな」
「ええ、あの子を迎えに行ってあげて」
「え? あ、おう」
瓦礫を下へ行こうとすると瓦礫の隙間から奏が這い出て来るのが見えた。ちょうど頭が出ているところだった。
「奏!」
「タケル!」
思わず瓦礫の坂を駆け下りて上半身まで出てきた奏に腕を回し、外に出す。
「なんで出てきてんだよ」
「だって、電波が復旧して、害獣が倒されたってあったから。タケルを探そうと」
俺を。
「そっか。悪かったな。いきなり飛び出したりして」
奏を抱きしめる。今、この腕の中にある温もりがたまらなく愛おしく、ここにあるのが嬉しかった。
「んっ、タケル。良かった、無事で」
背中に奏の腕が回されるのを感じた。
救助が来るまでしばらく俺達はそのまま互いを感じあっていた。
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