epilogue priest

 星条旗に包まれた英雄達を見送る。生き残った者達が航空機に収められていく棺桶を見送る。

 そして、飛んでいく。生まれた土地へ愛した国へ。家族や友人達の元へ。我々、生き残った者達をおいて。

 無意識に歯を食いしばる。悲しみが押し寄せる。永久に埋まらない空虚感、無限に続く後悔と懺悔。

 私は何をしたのだろうか? いつもそうだ、自分の全力では救えない。あの時にああすれば、もし違う選択をしていればが止むことはない。

「ジョシュ」

 肩に感じる重さで我に帰る。忘れていた息を一度吸い、

「ああ、大丈夫だ」

 すでに航空機の見えなくなった空から地上へ視線を下ろした。部隊の面々とトッドがいる。少し前ならいた顔ぶれはいない。

「大尉が来てくださらなかったらシェルターの人は全滅して、自分達の撤退も危うかった。だから、大尉の判断は正しかった。自分はそう思います」

「無血の戦いはないです。どんな名将だって今回の戦いを無血には出来なかった」

 マスターフェンサーとグレートウォリアーの隊長がそれぞれ言った。

「どうしてそう背負い込む?」

 正面にいるオンスロート隊長が険しい表情で見つめてくる。人生の半分以上を軍人として過ごしているその目には、複雑な色が混じっている。だが、それは澄んでいた。

「忘れられないだけだ」

「私もだ。だが、ジョシュ。君は過去との付き合い方が下手だ、ここにいる誰よりも」

「待て、わかっているだろう」

 そこにフルフォース隊長が割って入り、オンスロート隊長を制する。

「ん、そうだな。指揮官。すまない」

 フルフォース隊長からこちらへ向き直ったオンスロート隊長が恥じたように頭を振り、そう言った。

「良いんだ事実だ。時間が欲しいだけだ。ありがとう」

 沈黙。

「戻ろう」

 続いていた静寂をアナイアレイターパイロットが破り、無言で第3重目標多手段戦闘中隊面々はその場から立ち去った。


 数多の花が置かれた台に花を置いて目を閉じる。

 真っ暗な視界にやたらと明瞭に聞こえる喧騒に様々な言葉や音がする。1番多いのはすすり泣いたり号泣したり、泣く音。

 瞼を上げると踵を返して人と人の間をぬっていく。今、ここは多くの人達が必要としている。

 多くの命が失われた。だから、弔いの場は普段以上にその役割を求められている。一人がそこにいられる時間を短くしなければならないほどに人々はそこへ集まっていた。

 人混みが落ち着いた所まで来るとその辺の手頃な場所に腰掛けた。顔を上げた先には長蛇の列が並んでいる。

 人の流れに沿って視線をたどると、献花台、その先には壊れた街が守りきれなかった街が見えた。あそこで7名自部隊の兵士が戦死した。

 判断ミスだった。軽率だった。わかりもしないあの時の正解を求めて頭がループする。

 味方と民間人を指揮の欠陥で殺し、墜落しただけの男。そんな気がしてならない。シューティングスターのパイロット二人も殺しかけた。

 救助部隊に助けられている間に、自衛隊の対戦車ヘリ部隊の攻撃を皮切りに第2も加わった機甲部隊による砲撃が加えられ、大型が撃破された。

 とにかく仲間の死が堪えた。民間人の死も辛いが、仲間の死だけは馴れない。知っている人間だからとかじゃない。もっと家族や親友の死に近い。

 頭がおかしくなりそうになる。死が付き纏う。

 名前を顔を思い出がはっきりと思い起こされる。

 だが、彼らは棺に入り母国へと帰った。かつて棺を見て泣く戦死者の家族を見た。今回も母国では同じ事が起きているのだろう。

 顔を手で覆って俯く。自分の指揮でここまで人命が失われたのは初めてだった。

「あの、大丈夫ですか?」

 聞き覚えのある声に頭を上げる。

 あの子だ。名前を未だに知らないそれなりに見知った少女が立っていた。こちらを心配そうに見つめていた。

「ああ、大丈夫だ。それより、君は?」

「あなたと同じです」

 ゆっくりと献花台へ向けていた視線を戻した少女が言った。手には何も持っていないので弔いを済ませた後だろう。

「そうか」

「あの、シェルターにいた人達はあなたと戦った者達がいたから助かりました。感謝しています」

 そして、犠牲となった兵士に対して追悼の言葉を彼女は続けた。

 どう反応すれば良いわからなかった。部外者に戦死者の事を口にされるのはあまり好かないが、ガイジュウ災害に巻き込まれた事のある彼女はそうではない。ただ、彼女の言葉が暗い心境の表層で揺らいでいた。

「そうか」

 うわ言を呟く。

「いくら言葉を並べても無意味なのはわかっています。でも」

 結論を言ってしまった彼女は先を続けられずに口を閉ざす。実際、彼女の言葉は正解だった。やはり上辺だけの物でしかなかった。

 それに、戦友でもない人間の言葉を素直に受け入れられる状態でもなかった。

 額を押えて地面を見ていたが、雫がアスファルトに弾けた。そして、僅かな嗚咽が聞こえて首を上げた。

 涙を流す彼女と目があった。いきなりの事に驚いて何故か立ち上がり、どうすれば良い解らずにただ狼狽える。

「ごめんなさい」

 赤の滲んだ瞳が潤んで揺れる。

「嫌な事を思い出させた。すまない」

 瞳から止めどなく涙が溢れている。それを見て思い出す。戦闘に巻き込まれた亡骸にしがみついて泣く者、星条旗に包まれたそれを見て泣く者。

「泣くのはいいだろう。好かないんだ、昔の事を思い出す」

 流れるままにされ顎から滴り続ける姿に、思わずそっと指で涙を拭ってやる。だが、すぐに頬は濡れた。もう一度拭うと指に彼女が頬を押し付け、柔らかな感触が伝わる。離そうとすると彼女はそれに動きを合わせてきたのでそのままにしておいた。手がすっかり濡れてしまってから彼女は泣き止んだ。

 未だに悲しそうな表情の彼女を見る。泣き止んだというよりもはただ涙が枯れただけで、内面的に彼女は泣いた。こちらを見上げる瞳は自分の後ろ、彼方へ焦点が向いてあの日を見ていた。

 そう感じた。

 そして自分もあの日を思い出す。最悪の日だった。

 失った仲間の顔と過ごした日々が思い起こされ、もう彼らはいない現実がひどく悲しかった。涙も出そうになるがそれ以上にやるせなさが勝った。

 眼の前にあった物が動く。それが彼女であることに気づく。自分の世界に入り込んでいたらしい。

 頭の動きに合わせて髪が少し揺れてゆっくりと数度瞬きをしていた。口を開いて何かを言いかけてまた閉じられた。

 まつ毛が震えて視線がふらついて最終的に彼女は肩越しに後ろの街へ視線を送った。

 傷のない建築物が並ぶ、人もいる。ガイジュウの残した爪痕が全てではない。人も街もある。それを失うわけにはいかない。

 ここがアメリカでなくとも自分はここを守らなければならない。仲間の命も。

 どちらかは選べない。

 自分は兵士だ。戦う力を持った存在であり力と共に義務を負う。戦わなければならない。

 兵士の命は消耗品でも一般人より安い訳でもない。

 兵士か市民か。自分にどちらか選ぶ権利はない。

 あの時戦った者達は危険を顧みずに市民の生命を選んだ。

 自身はその選択を尊重し敬意を払う。

 自分の出来る事は多くない。その中で最善を求めている。

 できる限りの命を守る。そう、それだけだ。

 最小の犠牲で最大の生命を救う。ただそれだけだ。

 ため息が出る。そんな自分を彼女は心配そうに見つめている。話しかけてこないのは幸いだった。今、仲間でもない誰かに話しかけられたくはなかった。それを察してか彼女は言葉を発さなかった。

 無言のまま視線だけが動いた。ここにいても時間の無駄だ。同じ事を延々考え続けるだけだ。

 その場を去る前に彼女に小さく頭を傾けてみせた。

 彼女は一瞬だけほんの僅かに瞼を落としてから歩み寄り、腕を広げると少し強めのハグをした。柔らかく暖かな感触がして家族や友人にするようにこちらもハグをし返して離れる。

 言葉はなかったし、いらなかった。欲しくもなかった。重要なのは思いや考えであってそれの言語化ではない。

 多分、今の自分へ対する最も適切な対応を彼女はした。感謝や慰めや、全てひっくるめた無言とハグ。

 彼女みたいなのがいるのなら、自分はまだこの異国でもやっていけるだろう。それに何より仲間がいる。自分一人が祖国に帰っても意味はない、仲間も全員が祖国に。

 戦うしかない、守るしかない。

 そして、いつになるかわからないが帰る。一時的にじゃない形で。

 祖国へ家へ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

RED ILLUMINATION ADHESION JUGULARRHAGE @jaguarhage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ