七話 平穏2/2

「武! 大丈夫か? 怪我は?」

「無事なの?」


 家に帰るなり玄関で両親に嫌というほど心配される。自分を大事にしてくれるのは嬉しくはあるが、ちょっとな。


「うん、大丈夫。本当だって」

「そうか」

「害獣出現地点からかなり離れた所にいたからすぐに避難したよ」


 実際は戦ってました。なんて言ったらどうなるやら。卒倒するかも。


「確かに位置はシェルターだったけど」


 え? どういう事だ?


「お、ああ」

「とにかく無事で良かったわ」


 母さん今日何度それ言うんだよ。


「うん、とりあえず、疲れたから部屋戻るよ」

「そうだな。こんな事があったんだ、ゆっくりしなさい」

「わかった」


 父さんにそう言って自室に入る。


「色々言われたかしら?」


 ドアを閉めるとすぐに赤い粒子が現れた。外の時と違って髪を三編みにしてそれをシニヨンにしている。


「めっちゃ心配された」


 軽く笑いながらそう言った。


「愛されてるのね。いい事よ」


 彼女がベッドに腰掛けたので自分も椅子に座る。


「そう言えば、母さんが俺の位置情報がシェルターになっていた。って言ってたんだけど」


 十中八九こいつが何かしたのだろう。それ以外思いつかない。


「位置情報は少しいじらせてもらったの。そっちの方があなたも都合が良かったでしょう?」


 勝手に位置情報をいじたれてたのはちょっと怖いがこいつなら、まあ、それなりに信頼出来るし、最終的に都合が良かった訳だし。


「まあ、助かったよ」


 彼女がどういたしましてといった感じで軽く頭を下げた。


「ねえ、さっきの現場、どうなっているかしら?」

「えっ? ああ、調べるわ」


 PCで先程の害獣災害について調べてニュース記事を表示する。見出しには死傷者は最小限という文言だった。

 ベッドから腰を上げた彼女が隣で画面を覗き込む。


「最小限の被害、良かったわね」

「そうだな。本当に」


 記事で被害が少なく済んだというのを見たからか、ようやく安堵感が胸に広がって背もたれに背を預けた。


「疲れたでしょう、休む?」


 今日の事を案じたのか彼女が画面から視線を外し、俺の方を向いた。


「そうするわ」

「それじゃあ、また後でね」

「おう」


 そのままいつもの様に霧散した。一人になった部屋で夕食までゆっくりした。


「武、ご飯出来たわよ」

「今行く」


 読んでいた漫画を棚に戻してリビングに向かう。そして、夕食を食べた後にソファーに座ってテレビを見ていたが、今日の害獣の話になるとなんとなく気まずいと言うか、色々言われそうなので自室に戻る。

 だが、先程のニュースが少し気になって椅子に座って動画サイトでライブ放送を見てみる。

 帰って来てから調べた時よりも詳細な情報では道路や建物への被害があったが、死者は無かったらしい。


「気になるの?」

「うぉ、急に後ろに現れるなよ」


 突然背後に現れた赤い粒子に驚く。基本的にはないのだが時々こういうのがあるから油断出来ない。


「それで、気になるの?」


 いつもみたいに俺の言葉を無視して再度問われる。


「まあな。あの場にいたわけだし」


 あの日が来るまでそこまで気にしてた訳じゃないのに、実際に経験すると考え方も変わってくる。遠くで起きたとしても、決して遠くない事だと感じるようになっている。


「そうね」


 横にいる彼女が頷いた。肩口にあった長い髪がサラサラと溢れ落ちて俺の首筋を撫でた。思わず身じろぎして首筋を触る。その際に自分の物ではない艷やかな髪が指に絡まった。


「あっ」


 彼女がちょっと開かれた唇の間から小さな声を上げて、髪の先を見る。そして次に俺の顔を見た。座っているので見下される様な形となり、彼女がほんの少し目を見開いて驚いた様な表情をしていた。


「ご、ごめん」


 とっさに首元の手を下げる。その際に絡まった髪を引っ張ってしまう。


「んあっ、う」


 聞いたこともない鋭い悲鳴が彼女の口から漏れる。


「ああ、ごめん。ええっと」

「動かないで」


 俺が狼狽えていると、閉じていた目をそっと開いた彼女がそう言ってそれに従う。


「ゆっくり手を開いて」


 手を引く際に反射的に軽く握っていた手を開く。それと同時にスルスルと髪が手から溢れていく。数本、抜けた黒い髪が手に絡まったまま残って照明照らされてキラキラと存在を主張した。


「髪が少し抜けただけでそれなりに痛いなんね、難儀な体ね」


 そう言いながら彼女が側頭部を撫でて髪をまとめ始める。


「悪い」

「別に良いのよ。もう少し髪をサラサラにした方が良かったかしら? そうすれば指に引っ掛かったりしなかった?」

「いや、そういう問題じゃ」

「こういうのも新しい体験で少し人を知れたかしら。痛みも人の持つ大切な物の一つ、いい経験よ」


 まるで俺は悪くない様な言い草で、さらにいい経験とか言われても。


「とにかく、ごめん」


 しばらく黙って俺を見ていた彼女が、


「そう」


 小さく言い溢した。

 彼女がまた画面の方へ視線を向け、俺も画面を見た。ちょうど害獣が倒されている時の映像が流れていた。激しい戦闘の映像を見ながら、この映像を肉眼で見たという事が少し現実味を帯びていない感じがする。


「あん時の」


 上の空みたいな感じで言う。


「あまり実感がない?」

「まあ、そんな感じかな」


 戦闘の映像が終わると広報官と明記された軍人が映されて記者からの質問を受けていた。


「今回の戦闘では被害は最小限に抑えられたと考えてもよろしいでしょうか?」

「はい」

「では、これまでの似たような状況での戦闘で、被害が大きくなってしまった時はもっと被害を抑えられたのではないでしょうか?」


 手を上げた記者が発言する。


「その戦闘によるデータがあって今日の最小限の被害に繋がっています。それはこれからも同じです。我々は戦術を研究し、よりよい結果の為に戦います」


 次に場所が変わって別の軍人が映る。


「ガイジュウに対する戦術は日々進歩しています。そして、兵士達もトレーニングを重ねています」

「今後は今回の様に被害を小さく出来るとお考えですか?」


 記者を映していたカメラから軍人に切り替わる。


「それは状況次第です。場所や展開可能な部隊、様々な要因があります。それ次第です、簡単に被害を小さく出来るとは断言出来ません」


 [第3重目標多手段戦闘中隊指揮官]ジョシュ・カニンガム大尉とテロップの貼られた軍人がやや片言気味に話していた。髪は黒っぽい茶色で目つきは鋭く顔の彫りも深くて、いかにもな外見だ。


「彼が部隊を指揮していた人ね」


 あの時の部隊を指揮していた人か。


「そうか、どんな人だろう」


 特に理由もなくそれとなく疑問を口にした。


「良い人よ」


 なんとなく親しい感じの、柔らかな声音で彼女が答える。


「なんでそんな事知ってんだ?」

「優秀という意味よ」


 ああ、なるほど。


「それに対害獣の特殊な編成をした部隊の数が少ないから、それを運用する指揮官も少ないの。だから、必然的に対害獣戦の経験が多くなって経験から対害獣戦における指揮能力は高いの」


 経験に裏打ちされたって事か。


「対害獣のプロってやつ?」

「そう」


 次に訓練中の部隊が映される。兵士が遮蔽物に隠れて銃を撃っていた。多分、昨日戦っていたのはこの人達だろう。

 しばらく見ていたが別の報道へと切り替わったので動画を消した。


「そういや、結構軍の事とか詳しいんだな」

「害獣に対応する為にいる訳だから、ここの害獣に対する戦力等はわかっていないと、ね」

「それで軍に詳しいってか」

「まあ、そうね」


 害獣への対抗手段とかいうものの、今の所、俺を戦闘向けとやらにしたぐらいしか何かやっている印象はないが。前にも言っていたが現状で十分な戦力があるからという事なんだろうけど。

 まず、彼女って何なんだろうな。それすらもわからない訳だから何してるかとかも分からない。あまり手出しはしないで状況を伺っている感じがするので、強いて言うなら監視員って雰囲気か。

 それとなく考えているとより疑問が増えてもどかしい、知りたいという欲求が膨らんでいく。


「そういう情報ってどうやって調べてんだ?」

「ネットワークよ」


 ネットワーク、インターネット、つまりPCとか?


「えっ、それってこいつをか!?」


 目の前のPCを示す。


「いえ、こっちで調べているのよ」


 答えになっていない答えだった。こっちって、言われてもな。どうやってネットワークを使用しているか聞いているのに、俺の電子媒体は使用していないという事だけを伝えられても。


「こっちって、何か調べられる物でもあるのか?」


 彼女が少し目を伏せて考える。


「そうね、もっと感覚的に、VRやARとでも思って」


 なおさら意味が分からない。VRゴーグルつけてネットサーフィン?


「どういう事?」

「あなたが私になったらわかるかしらね」

「いや、無理だって」

「なら、一緒になる?」


 意味深な一言に動揺する。前も言っていたが、どういう意味だよ。


「それってさ、どういう意味なんだ?」

「さあ、好きにとらえて」


 これ以上は無意味なので話を切り上げる。つい何度も聞いてしまうが、結果は同じでいつもはぐらかされて終わる。

 しばらく読みかけの漫画を読んでいたが、メッセージが携帯に届く。奏からだった。


「あの子?」


 本棚を物色していた彼女が振り返る。


「おう」


 メッセージの内容は買い物に付き合ってくれというものだった。


「内容は?」

「買い物行きたいから付き合ってだって」

「そう、行くの?」

「その日空いてるし、行くけど。まさか付いてくるとか言うなよ!?」


 いつも俺と二人の時か害獣が現れた時だけに出没するから大丈夫だと思うが、念の為聞いておく。急に知らない人を連れてきても奏は困るだろう。


「そんなに嫌?」


 俺の言葉に彼女がちょっと伏し目がちな悲しそうな表情を見せる。


「別に、そういう訳じゃねえけど」

「良いのよ。あの子との二人の時間を楽しんで」


 柔和な表情で彼女が言う。


「あ、いや、行きたいならいいんだぞ?」

「あなた、女の子にショッピングに誘われて、他の子を連れて行く気?」

「そんなダメか?」

「あなた、もっとあの子の事を考えてあげて」


 呆れた表情で穏やかにやや強い口調で言われた。


「そうか? まあ、奏も色々あるだろうし、そうするよ」


 俺が害獣絡みが身近に感じたり色々と変った事があるが、それは奏も同じだろう。出来る事をしていきたい。

 ちょっぴり唇を尖らせた彼女が俺を少し見ていたが、すぐにいつもの静かな表情に戻る。


「そうね、気を遣ってあげて」

「おう」


 そう言った俺に少し口角を上げて見せた彼女は真っ赤に染まって無数に散った。

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