七話 平穏1/2

 手に取った漫画本をパラパラとめくってまた元あった場所に戻す。そして、新刊と書かれた何もないコーナーを一瞥した。

 最悪だ。いつも初日の昼前にはあるのに今日に限って売り切れかよ。

 しばらく本屋をうろついていたが、何も買わずに店を出た。

 どうしようかな、そのまま手ぶらで帰るってのもな。ゲーセンでも行こうかな。

 そのまま帰ろうかどうかと考えていると、いきなりアラームが鳴り響く

 ポケットの中で震えるそれを取りだす。


『突発警報警報 突発出現警報 12分後に当該区域に害獣出現。最寄りのシェルターへ避難するか身を守って下さい』


 アナウンスが流れると周囲が騒然となる。周囲が半分パニック状態になりかけるが、路上のモニター等で避難案内が表示されて人々が一斉に動き出す。その流れに乗らないで携帯を見ると、自分のいる場所からほど近い場所に害獣が出現するとあった。


「害獣ね」


 聞き馴染みのあるが左から聞こえてそちらを向く。


「どうするんだよ?」

「避難したら?」


 さも当然の様に彼女が言う。そんな事が聞きたいんじゃない。


「警察や自衛隊は?」

「警察のドローンは展開中だけど、数は足りてない状況、米軍と自衛隊の一番早い部隊でも害獣出現から十分と言ったところね。つまり、小型が広がる可能性があるという事」


 あの時や画面越しで見た燃える街を思い出す。またあの光景が繰り広げられるのか。

 それはダメだ。俺は決めたんだ、諦めたりしないと。


「何か出来る事はないのかよ」

「そうね。ドローンの展開範囲の一部が脆弱な、他よりも火力の不足した場所があるのだけど」

「そこに行けば被害を抑えられるのか?」

「被害を抑えられる程の活躍をすれば、ね?」


 最後の一言と共に彼女は、わかるでしょう? といった雰囲気で首を傾げた。

 自分がどれだけやれるかはわからない、だが、やれば被害は減るんだ。やってやるさ


「その、ドローンが足りてない場所ってのは?」

「あっち」


 害獣が現れる予想地点より少しずれた場所を彼女が示す。細い指の示した先を見て走り出す。

 目の端に赤い粒子が散っていくのが見え、すぐに自分の少し先に漂う赤い粒子が現れた。


「そこの路地へ」


 全力で自転車をこいだ時の様なスピードで言われた通りに誰もいない細い路地を走る。赤い粒子が体を戦闘向けに変えたと言っていたが、こういう事か。おまけに全く息が苦しくない、永遠に走っていられそうだ。


「次は?」

「跳んで」

「は?」

「跳んで」


 訳もわからず突き当りの2階建ての建物の前で思い切りジャンプする。それで2メートルほど飛び上がり、外にあったパイプを掴んで壁を蹴り、腕と足の力で壁を駆け上がって屋根に片手をかける。

 そのまま右腕だけで体を持ち上げて屋根に上がった。走った勢いにのっていたとはいえ、まるで自分の体重が半分以下になったみたいに軽く感じた。

 まるで超人的な力を持ったスーパーヒーローになったみたいだ。


「走って屋根伝いについてきて」

「おう」


 数メートル先を漂う赤い粒子を追って全力で走っていく。


『害獣出現まで一分』


 風を切る激しい音に混じってアナウンスが聞こえる。


「そろそろね」


 静かな口調で彼女が呟く。

 害獣がもう現れる。そう考えると心臓が早鐘を打った。


「止まって」


 慌てて急ブレーキをかけて止まる。


「遮蔽物の後ろで伏せて」


 すぐ近くにあった大きな室外機の後ろに避難する。

 数十秒後に目の前が真っ暗になり、続いて衝撃が体を抜けた。あの時と同じだ。

 立ち上がって音のした方向を見る。丸い体の巨大な害獣が一部の外骨格を閉じたり開いたりしていた。


「一応、あれの射程内だから留意して」


 射程内!?


「おい、それって大丈夫なのかよ」

「ドローンに気を取られるから、あなたを気にする事は基本的にないわ」


 基本的にないだけで絶対ではないんだな。


「それで、どうすれば良いんだ?」

「もう少し移動して」


 そのままどこかへ行こうとする赤い粒子を追いかけて、銃撃音が聞こえる程に近づく。


「もうヤバイんじゃないか? 丸腰だぞこっちは」

「そうね、こっちに流れてきた敵をそれを使って応戦して」


 手元に赤い粒子が集まっていく。不定形な赤い光の中で確かな感触を感じてそれを掴む。一気に粒子が飛び散り、手に黒いアサルトライフルが握られていた。

 前に言われた事を思い出しながら構える。

 一度四角い照準器を覗き込み、赤い点があるのを確認する。この赤い点に相手を合わせればいいんだな。


「右の角」


 言われた場所に銃口を向ける。銃声に混じって足音も聞こえる。

 グリップを握りしめて引き金に指をかける。

 足音が大きくなる。

 そして、角から犬に似た四足歩行の小型害獣が飛び出してくる。

 そいつめがけて思い切り引き金を引いた。

 横から急に攻撃されて反応しきれていない小型に銃弾を連続で叩き込む。

 小型が倒れると引き金から指を離した。やったのか?

 銃を構えたまま、いつでも倒れた小型に攻撃できる状態で警戒する。しばらく見ていたが動かない、どうやら完全に倒したらしい。

 ふと小型の足音がいくつも聞こえてくる。


「どこだ?」


 思わず姿の見えない赤い粒子に叫ぶ。


「さっきと同じ場所とあなたの左右両脇の道」


 すぐに左右を見ると道の奥から小型4匹が走ってきているのが見えた。右に銃を向ける。


「そっちはドローンがいるから左を攻撃して」


 その言葉通りに小型がまとめて爆発に巻き込まれた。

 左を向くと5メートル先に小型がいた。


「うお、クッソ」


 驚くのが先か銃を向けて撃ちまくる。だが、小型は怯まずに突っ込んでくる。


「右に避けて」


 倒れる様に右に回避する。自分のすぐ脇を小型がすれ違う。

 仰向け地面に倒れた状態で頭だけ小型の方を見る。そしてそいつと目があった。正確に言うとツルツルした外骨格だけで目はないのだが、頭が確実にこちらを向いていた。


「撃って」


 倒れた状態のままで銃を撃ち、小型が倒れるまで撃ち続ける。


「立って、最初のが出た角」


 指示のままに立ち上がって言われた場所を見る。小型数匹が現れたところであった。


「3匹! 無理だぞ」

「とりあえず、下がりながら撃って」

「それで? すぐこっちくるぞ」


 後ろに下がりながら3匹の内一番自分に近いやつに銃撃を加える。


「時間を稼いで」

「それでどうすんだよ」

「あなたは戦闘のプロ?」


 いきなり何の関係もなさそうな質問をされる。んな訳あるか! ただの高校生だよ。


「ちげえよ」


 近づいてきた小型に銃口を向ける。銃口から絶え間なく閃光が閃いてと煙が上がっている。


「そう、あなたは戦闘のプロじゃない。そして、今の状況は?」


 そう彼女が言っている間にも奥から小型が現れている。


「戦ってんだよ」


 不利な危機的な状況と訳の分からない質問にパニックになりながら怒鳴る。


「そうね。じゃあ、プロに任せたら?」

「はぁ?」

「落ち着いて、プロに、任せてたら?」


 ややゆっくりとした口調でなだめる様に言われる。すると少し気持ちが落ち着いて思考にも余裕が生まれた。

 プロに?

 戦闘のプロって言ったら軍人?

 つまり、もう少しで軍が来るのか。ここにきてようやく赤い粒子の言っている意味を理解する。何でこんな回りくどい言い方するんだよ!


「あとどれくらいだよ」

「もう数分よ」


 それくらいだったらなんとかなるか?

 とにかく倒す事よりも逃げる事を第一に後ろに下がりながら攻撃する。すると遠くからローター音が聞こえてくる。


「もういいわ。下がって」

「下がれって言われてもな。あいつらずっと俺を狙ってるぞ」

「路地に逃げ込んで」


 指示通りに路地に逃げ込む。狭い場所で一体ずつしか通れないので、反撃しようと振り返る。


「待って、そのまま逃げて」

「えっ、でも」

「上から機銃掃射が行われるから早く」


 確かにローター音はどんどん大きくなっている。この感じじゃもうすぐそこまで飛行機が来ていのか。


「嘘だろ!」

「ほら、もう輸送機が来てる」


 小型への攻撃を止め、慌てて空中を滑る様に移動する赤い粒子の後を追って走った。

 ローター音が一段と大きくなると雷鳴みたいな射撃音が頭上から降り注いだ。

 かなり離れた位置まで来ると物陰に隠れる。


「もういいのか?」

「そうね。あとは軍に任せておけば良いから」

「そうか」


 軍が来るまで、俺は害獣を足止めして被害を抑えられたんだよな? 何体か倒したし。

 ビルの影から飛行機の方を見る。ロープでパワードスーツを着た兵士が降下している所だった。降りてすぐに陣形を組んで周囲を警戒している。

 そこに小型の集団が現れるが、飛行機からの機銃掃射で一掃される。


「すげえ」


 思わずポツリと漏らす。

 兵士を下ろし終えた飛行機が飛び去る。地上の兵士は現れた小型を素早く確実に仕留めてどこかへ移動していった。


「行ったな。それで、俺はどうするんだ?」

「軍の作戦行動の邪魔にならないように撤退」

「撤退、もう良いのか?」

「そう、もう良いの。作戦行動範囲に武装した一般市民が紛れているという状況は混乱を招くだけよ。それに、爆発物も使用する訳だし」


 自分に出来る事は無いのかと考えてしまうが、ここは軍に任せた方が良いだろう。それに爆弾の爆発なんかに巻き込まれるたくはないし。


「わかった」

「それじゃあ、こっち」


 どこかへ漂っていく赤い粒子を追って戦闘行われている場所から離れる。かなり離れた位置に来ると赤い粒子が静止した。


「もう大丈夫なのか?」

「ええ、爆撃の予定もないらしいし、ここにいれば戦闘に巻き込まれる事」


 ひとまず安全とわかると後ろを見る。建物が邪魔で煙が上がっているのと戦闘ヘリだけしか見えない。

 近くの建物をよじ登って高い所に上がる。草食恐竜と亀の中間みたいな大型害獣にヘリが攻撃を加えていた。

 だが、あまり攻撃が効いている様には見えない。


「あのヘリだけで倒せるのか?」

「地上部隊が害獣の進行方向に移動にしているから、あれは囮ね」


 囮って事は、害獣の意識をヘリに向けている間に何かするのか。


「軍はどうするんだ?」

「すぐにわかるわよ」


 十数分後に害獣と距離を保ちながら攻撃していたヘリが高速で下がり始める。それを追って害獣も前進する。


「逃げてる?」

「違う」


 呆れた口調でそう言った瞬間、爆発音が響く。害獣の頭のあるあたりから黒い煙が上がる。

 続いて下がっていたヘリも後退を止めて、ロケットかミサイルかをこれでもかと害獣に浴びせかけている。

 短い猛烈な攻撃が止むと、害獣の動きも止まっていた。


「終わりね」


 横で浮遊していた赤い粒子が縦に伸びて散り、人型になった。


「すげえ、攻撃が始まったと思ったら一瞬だった」


 先程の光景に呆然となりながら思ったままの言葉を発した。


「下手に攻撃するより、ああやって一気に叩いた方が被害が少なくなるのよ。対害獣でよく用いられる方法ね」


 なるほど、半端な攻撃だと逆に害獣が暴れ出すかもしれないし。


「もしかして、俺のやってた事って」


 無意味だったのでないか? ただの自己満足でしかなかったのか?

 急に不安や迷いが心の中に広がっていく。

 無意識に下を向いて拳を握りしめる。力を得ても無力だったかもしれない、誰かを救えると思い上がっていた自分の情けなさを感じる。


「それはないわね」


 握られていた拳がそっと優しく包まれる。


「え?」


 隣りにいる彼女を見る。優しげな表情を浮かべてこちらを見上げていた。


「ドローンによる防衛ラインの一部に脆弱性があったのは事実。その脆弱性を埋めて、」


 彼女が害獣が暴れていた方向、軍のいる方向を向く。


「彼らが到着するまで被害を食い止めていたのは誰にも覆せない、あなたの行動による成果よ。あなたは例え小さくても街を守ったの」


 思わず名前を呼びそうになるが、彼女の名前は俺には言えない。

 だから代わりに別の言葉を発する。


「ありがと」

「ええ、そう、それでいいの」


 目を閉じて軽く頷いた彼女が、そっと瞼を開いて空を見上げてから街を見た。


「あなたや彼らがいなければここは崩壊していた。これが守った物。忘れないで」


 煙が上がったりはしているが、あの時やモニター越しに見たほどではない。この今見ている物を守った。その実感が湧いてくる。

 小さくても出来る事をやったんだな。


「ああ、俺も少しは守れたんだな」

「ええ、それじゃあ、帰りましょう。ご両親が心配しているでしょう、きっと」

「そうだな。この辺に行くって言ってるし」


 自分が無事であるというメッセージを送ってから赤い粒子と共に家に帰る。

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