第5話 最低辺探索者の覚悟

 Eランクダンジョンの五層。


 普段は黒スライムが出現して、今までなら各階層一種類のスライムしか出現しないのだが、俺の前に現れたそれ・・は普通のスライムと違っていた。


 直感でそれがスライムだとは分かった。さらにただならぬ気配。


 その時、


『ユウマさん! 逃げてええええ!』


『何も考えず逃げろおおおお!』


 俺の視界の上部を通り過ぎるコメントの文字。


 昔こそは誹謗中傷なコメントが多かったが、最近では俺の身を案じてくれるコメントも多い。


 彼らが何も考えずにそういうコメントをするとは思えない。


 俺は考えるよりも先にコメントに従って、四層への入口へ走った。


 無我夢中で走りながら現れたスライムを考える。


 今までのスライムは水玉のようにぽよんぽよんして、まん丸いフォルムは可愛らしい。


 魔物なので凶暴だが、見る分にはペットにしたいと思えるほど。


 世間ではスライムのぬいぐるみはとても流行っていて、妹もいくつか持っている。


 俺が逃げるきっかけになったそれは、今までのスライムと違って、まるで――――液体のような形状・・・・・・・・をしていた。


 色は銀。昔、工作授業ではんだ付けをやったことがある。熱くなったこて先にはんだを当てると金属が溶けて液体状になったのを思い出す。


 現れたスライムもあの時に見たはんだのように、銀色の液体だった。


 全力で逃げた――――しかし、俺の前に探索者パーティーが現れた。


『やべええええ! みんな逃げろおおおお! 金属スライム・・・・・・が現れたぞ!』


 慌てて走る俺を遠くから見て、流れたコメントに目が大きくなった探索者達が逃げ始める。


「おい! こっちに来るなよ!」


「ふざけるなああああ!」


 男達が叫びながら一目散に逃げる。


 やはりあの銀色の液体はスライムで間違いないか。


 その時、必死に走っていた探索者達の中に、杖を持った女性が石に足を引っかけて転ぶ。


「痛っ!」


「お、おい! 早くしろ! 逃げないと殺されるぞ!」


 仲間達は彼女を起こすことなく、恐怖に支配された表情のまま、彼女を置いて逃げた。


「あ、足が……う、動かないよおおお!」


 転んだ女子と通り過ぎる際に目が合う。


 その目には大きな涙が浮かんでいて、転んだ時に足をくじいたのか立てずにいた。


 後ろからは銀色のスライムが液体状態のまま、ぬるぬるっと猛スピードでこちらに向かってくる。


 俺の視界に通り過ぎる『死にたくなければ構わずに逃げろ!』というコメントが目に入った。


 ――――死にたくない。ああ。俺は死ぬわけにはいかない。




 思い出すのは、八歳の時。


 十二年前、世界にダンジョンが現れた。


 全世界に地中から大きな洞窟の入口が生えるように現れたダンジョン。


 その日、俺達五人家族は公園で遊んでいた。


 突如として現れたダンジョンに公園が崩壊。


 誰も悪くなかった。突然現れたダンジョンを予測できた人はいないし、たまたまそこにいて、運悪く・・・巻き込まれただけ。


 俺が最後に見た景色は、地割れから俺と上の妹・・・を全力で投げるお父さんの姿。割れた地中に吸い寄せられるように、お父さんとお母さん、そして下の妹が落ちていった。


 直後に現れた洞窟。そこにお父さん達の姿はなく、俺は――――いや、俺達は一瞬で家族を三人も失った。


 お父さん……最後の最後まで笑顔で親指を立てて、声は聞こえなくても「妹を守れ」と言っていたのが見えた。




「た、助けてえええ!」


 転んだ女子を通り過ぎて、彼女の必死の声が聞こえる。


 脳裏に焼き付いたあの時のお父さんとお母さん。


 目の前に殺されそうな人がいる。


 ――――でもそれでいいのか?


 もし俺が振り返って、スライムに対峙して勝てなかったら? 俺も彼女も共に殺されてしまうんじゃないのか?


 今でも俺の帰りを待っていて、配信を見ている妹の顔が思い浮かぶ。


 探索者になるのをずっと反対していた妹。配信の時だけ、安全に攻略するからと許可を取ったのに、このまま俺が立ち向かって死んだら、妹はどうなる?


 ――――逃げるのが正解?


 ああ。逃げるのが正解だ。
















 そんなはずあるわけないだろ!


 目の前に殺されそうになった人がいて、しかも俺が連れてきた魔物に轢かれそうになっている!


 このまま逃げたら俺は一生後悔する!


 命は大事だ。もちろん大事だ。死にたくない。妹を一人にしたくない。


 でも!


 ここで逃げて妹に胸を張れる兄になれるのか?


 答えは――――ノーだ!




 気が付くと、俺は彼女の前に立っていた。


「ははは……ごめんな、リサ。俺は……最低の兄だ。でも見捨てるなんてできない。俺が…………リサの兄だから……! 絶対に生き残るから見守っててくれ!」


 俺に怒るコメントが、逃げろと注意するコメントが無数に見える。


 そんな中――――銀色のそれ死神が俺の前に丸い形を作り、対峙した。

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