第17話 もやし野郎

「おい、もやし野郎!」


 ダンジョンを出るとすぐに大きな怒鳴り声で聞こえてきた。


 その声ももやし野郎という言葉も聞き慣れた誰かの声だった。


「や、やあ。伊吹くん」


 そこには顔を真っ赤にして怒っている伊吹くんとその仲間達が俺達を睨んでいた。


「やあ、じゃねぇ! レナ! こっちにこい!」


 ちらっと隣を見たレナは――――それはそれはとても冷たい目をしていた。


「スタンピードで我先に逃げた連中に興味はないと言ったはずだけど……?」


「ふざけるな! スタンピードがあったら誰でも逃げるだろうが! 俺達はお前みたいに強くねぇんだ!」


「…………確かに腕の強さはそうかもしれない。でも私が言いたい弱さは腕ではなく、心だよ。私はそんな君達のところでは戦わない」


「クソがっ! …………くっくっくっ」


 レナに言われて怒ったと思ったら、急に笑い出した。


「そんなこと言っていいのか? レナ」


「っ……」


「お前の父がどうなってもいいのか!? ああん!?」


「私と父さんは関係ない!」


「いや、あるね。俺のパパに言えば、お前の父なんて一発でクビにできるし、業界から追放だってできるんだぜ!」


「卑怯な……」


「くくくっ。卑怯? 違うね! これが力というやつだ! 早くこっちにこい! 今まで能力を思って手を出さずにやったけど、しつけが必要みたいだな! ひひひっ!」


 卑猥な笑みを浮かべた彼がレナに何をするのか容易に想像できる。


 二人にまさかそういう関係があるとは思わなかった。


 悔しそうに拳を握りしめて、彼らのところに向かおうとするレナ。


 その時、俺が装着しているイヤホンに妹が声を届けてくれた。


 すぐにレナを止める。


「ユウマ……くん?」


「レナ。行くな」


「で、でも……父さんが……」


「心配するな。俺達、パーティーだろう? あとは俺に任せてくれ。絶対悪いようにはしないから」


 目元に涙を浮かべたレナは、小さく頷いた。


 俺は伊吹くんに向かって歩き出した。


「はあ~ダンジョンで少しレベルが上がって英雄気取りか!? もやし野郎の分際でよ!」


 六年前。高校一年生の時から、彼は横暴な生徒だった。周りの生徒達は極力関わらないようにしていたけど、目を付けられて【もやし野郎】と呼ばれるようになった。


 金品を強奪されたりはしなかったけど、色々酷い目に遭わされた。


 正直に言えば、俺がこの世で一番嫌いな人がたった一人だけいるなら、伊吹くんだ。


 でもそれもあくまで学生時代の出来事で命を脅かされたり、金品を巻き上げられたりしていないので、俺としては子供の遊びの・・・・・・範疇だと考えている。


 でも、今回の件は見過ごせない。


 脅迫まがいを許せば、これからも多くの人を悲しませるだろう。だから――――ここで止める!


「権力で物言わせたいのは分かるけど――――ちょっとダサいぞ? 伊吹くん」


「はあ!?」


「男なら――――権力とか力とかじゃなくて、ちゃんと向き合って振り向かせなよ」


「もやし野郎の分際で俺様に説教するんじゃねぇ!」


 彼はところかまわず、巨体の拳を振り下ろした。


 ボギッと音が鳴り響く。


「い、痛ぇええええええええ!」


 殴り付けた右拳が変な形に変わって、痛そうに涙を流す。


 見ていた取り巻き達も一斉に俺に襲い掛かって殴り続けた。


 ――――でも何一つ効かない。


 予想はしていた。Bランクダンジョンの魔物をあれだけトレインをしたから、自分の肌の頑丈さがどれくらいなら耐えられるかくらい。


「痛ぇぇぇ、なんか岩を殴ってるみたい」


「こいつこんなに強かったか!?」


「一体なんのスキルを使ったんだ!」


 俺を殴った人達はみんな拳や足を抱きかかえて、痛みで涙を流す。


「俺は何もしていない。伊吹くん。君の実力なら逃げるよりスタンピードに立ち向かえたはず。それだけ強い力を持っていながら、逃げるなんて最低だよ」


 息を荒げている彼はマジックポーチから巨大な剣を左手に持って血走った目で俺を睨んだ。


「殺してやる……貴様みたいな雑魚が俺様の前を塞ぐんじゃねええええ!」


 一瞬冬ちゃんが動こうとしたのを感じて、手で制止した。


 だって――――そんなことする必要すらないから。


 カーンと金属同士・・・・がぶつかる音が響いて、俺の肌を斬り付けた大剣が弾かれ、刀身に亀裂が走りパリーンと音を立ててその場でボロボロと崩れ落ちた。


 【金剛支配者】による絶対防御力上昇。それは何も防御するだけ・・・・・・の力ではない。


 金属を弾き返した上に固定・・の破壊ダメージを与える力でもある。


 魔物や拳などの金属以外の生身の攻撃には発動しないが、こと金属に対しては絶大な効果をもたらす。


 唖然としてその場に崩れる伊吹くん。


「そうだ……パパにお願いして貴様ら全員探索者として働かないようにしてやる!」


「結局、最後も頼るのが父なんだな。それだけ強い力をもっと良い方に使っていれば、君は多くの人に愛される人になっただろうに…………可哀想だな」


「そ、そんな目で俺様を見るな! 俺様を……そんな目で…………憐れむな……」


 ずっと強がっていた彼の本性が少し分かった気がした。


 誰も見てくれなくなった時のことが怖かったんだろう。だから虚勢を張る。


 どうして……もっと自分の力に向き合っていけなかったんだ。


 もし彼が真剣にレナに向き合えたら、彼女を支える素晴らしい探索者になったはずなのに……その果てに、レナと結ばれることだってできたはずなのに…………レナが好きならそうするべきだったよ……。


 戦いが終わってすぐに、数人の警察官がやってきて、事情聴取を受けることとなり、彼らは全員逮捕されることになった。


 だが、まだここで終わりではない。


 レナのお父さんの件が残っている。


 二人とも助ける約束だったから。だから――――俺達兄妹で助ける!

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