第40話 二度目のイレギュラー

 寝る前、リサはパソコンで何か調べものをしていた。


「リサ?」


「うん?」


「あまり無理はしないでな?」


「うん! メンバーのために体調管理も大切だから!」


 ダンジョン攻略中、リサは常に司令塔として頑張ってくれる。


 頼もしいのはよいことだけど、病気によって体の弱いリサだからこそ心配になる。


「本当に大丈夫! それに――――私もやってて楽しいから元気が出るの! ちゃんと体調管理もしてるからね? お兄ちゃん」


「ああ」


 こういうときこそ応援するのが兄というものだ。


 最近いきいきとした妹の頭を優しくポンポンと撫でてあげる。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………お兄ちゃん? 撫でてくれるのは嬉しいけど……」


「うわっ!? ご、ごめん!」


 何だか昔の妹を思い出して…………。


 ジト目で見上げていた妹がクスっと笑う。


 それから妹は真剣な様子でパソコンに向かい続けた。


 アウラがうとうとしてきて眠った頃に、リサが唸り始めた。


「リサちゃん? どうしたの?」


「ん~なんか変……?」


「変?」


 リサが操作すると空中に画面が映し出される。


「これが――――今日の魔石の買取量なの」


「魔石の買取量?」


 意外な言葉に画面の中身を確認する。


 中には探索者ギルドの各買取センターと魔石の買取量が毎年の数量が書かれていた。


 年代的にダンジョンが出てから三年間は買取量が安定しなかったけど、四年目あたりから買取量というのは常に一定だ。


「冬ちゃんが魔石のドロップ量が増えたってことで、今日のB19のドロップ率が三倍になったのは偶然なのかなって思えなくて、ちょっとだけ気になって調べていたんだ」


 俺としても魔石が非常に落ちやすいことが気にはなった。魔石は他の素材よりも需要が常にあり売値も安定しているので、探索者にとっては一番の狙い目の素材だ。


「色んなセンター、外国も含めてさらっと確認した感じだと、魔石が多く売られた日はないの。それが、今日うちの街のセンターだけが通常の日よりも三倍増えているの。B19だけじゃなく、周りのダンジョンからの魔石もいつもより多く落ちたみたい」


「B19だけじゃなく……? この街だけ?」


「たまたまここだけなのも気になるし、この一帯なのが気になるから毎日データ取ってみるよ」


「そうだね。魔石がドロップするのはいいことだけど、これが何かの前兆だと怖いし、よろしくね~リサちゃん」


 レナが満面の笑みでリサの頭を優しく撫でてあげた。




 その日から月水金曜日はダンジョン配信をしつつ、他の曜日はのんびりとしたり、アウラを連れたりと、普段の日々を楽しんだ。


「りん~ご~」


「「「「可愛い~!」」」」


 リンゴを指差してちゃんと日本語を話すアウラがまた可愛らしい。元々は饒舌だけど、日本語はすこし舌足らずがよい。


「ゆ~ま~」


「「「「可愛い~!」」」」


 俺の足にしがみつきながら名前を呼ぶアウラ。


 足を抱きかかえて女児とそれを囲む美女たち。


 そういや、俺の人生でこんなに女性と関わるようになったのも最近だな。


 学校に通っていた頃や探索者になったばかりは、ずっと一人だったし。




 そんな幸せな日々を送っていた。




 リサのパソコンから「ピピピピー」と何か緊迫した音が鳴り響いた。


「緊急通話だよ!」


 すぐに着席してパソコンで画面を開いてくれた。


「リサくん。ユウマくんはそこにいるかい?」


 声からしてグランドマスターだ。


「はい。俺はここにいますし、みんなもいます」


「急なことで申し訳ないが力を貸してもらいたい」


「何があったんですか?」


「この街にあるCランクダンジョン315でイレギュラーが起きた。その対応をお願いしたい。ただ、今回のイレギュラーの難易度は非常に難しい」


「難しい……?」


 リサはCランクダンジョンが映っている画像を映し出してくれる。


「今回のイレギュラーは――――ダンジョン内部の構造・・・・・が大きく変わった」


 内部の構造が!?


 あまりにも想像と違った・・・・・・返答に俺だけでなくみんなも驚いていた。


「ダンジョンの構造が変わるなんて……聞いたこともないよ」


「うん。リサお姉ちゃんが言うとおり、初めて観測された事案だと思う。世界でもないみたい」


 そのとき、ふと俺の頭によぎるものがあった。


「「――――魔石!」」


 リサと目が合ったと同時に声が被った。


 ここ二週間、Bランクダンジョンだけでなく、この街近くのダンジョン全てから魔石のドロップ率が三倍に上昇していた。


 何かがあるかもしれないとは思っていたので、毎日配信も三時間ではなく、一時間半と半分だけ行っていたし、体調も万全に整えていた。


「いまのところ、C315からの帰還者は誰もいない。入口から内部を確認した者がダンジョンの構造が変わったことだけ確認できたんだ。それによって――――内部に入って帰って来れるのかどうかは分からないのだ」


「瘴気の濃さはどうなんですか?」


「覗いた隊員によると普通と変わらないらしいが、内部は初めてみる構造だと言っていた。以前現れたイレギュラーダンジョンともまったく違うものとなっている」


「分かりました。ひとまず、俺達も現場に向かいます」


「ありがとう……!」


 俺達はその足でダンジョンに向かうことにした。


 できればアウラは待っていてほしかったけど、緊迫した雰囲気を感じ取ったのか、俺から離れようとしなかった。

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