第19話 正義のヒーロー

 会議室のようなこじんまりとした部屋に案内されて、伊吹議員と俺と二人っきりになった。


「では改めて、今回俺に何の用か聞こう」


 自信にあふれている伊吹議員。何となく、息子の伊吹くんの態度が父譲りなのがよく分かる。


「今回伊吹議員の息子さんによって、俺は殺されそうになりました。大剣で斬り付けられましたね」


「…………それで――――いくら欲しいんだ?」


「いえ。示談金がほしいわけではありません。こちらから提示する条件は二つあります。一つは彼にちゃんと罪を償ってもらいたいのと、もう一つは、伊吹議員が担当されている魔石研究開発部から辞退していただくことです」


「…………どちらも難しいことだが、一つ目の息子は俺が手を下そう。それは約束する。だが、二つ目の魔石研究開発部から手を引くのは無理だ」


 伊吹議員が圧倒的な支持を受けている理由。それが魔石研究開発部だ。


 ダンジョンが現れてから、内部に現れる魔物から取れる素材の中に【魔石ませき】というものがある。


 紫色の宝石に似た石は、内部に禍々しいものが渦巻いている。


 ただの宝石ではないと考えた人々は、魔石を研究するようになった。


 研究を続けた結果、魔石の中には大きな――――エネルギーがあるのが確認された。


 つまるところ、魔石を使えば、発電できることが分かったのだ。


 それによって世界の発電は大きく発展して、クリーンなエネルギーとして魔石産業は大きく発展することとなった。


 それもあって、魔石研究開発部は日本の中でもかなり重要視されている。


 と、ここまでだと魔石は便利なものという風に聞こえるが、実は内情は少し違う。


 魔石は少し扱いを間違えると、大きな――――暴発を起こす。


 しかも爆発とかではなく、瘴気・・を周りに発してしまうので、それを直接浴びた人は大きな健康的被害を受けてしまう。だから研究や使用に反対する人々もいる。


 それでも核エネルギーよりずっと安全なので、多くの人が支持をし、伊吹議員はそれにいち早く取り組んだ一人でもあるのだ。


 彼が魔石研究開発部から手を引けない理由。何もこれだけではない。もう一つあるのだ。


 俺は一枚の紙を取り出して彼に渡す。


 紙を見つめた彼の顔色が一気に豹変する。


「なっ!? これをどこで!?」


「もし貴方がクリーンな人だったら、俺もここまではしませんが、まさか……ここまでやっているとは思いもしませんでした。伊吹議員」


 その場で立ち上がった彼は、俺を睨みつける。


「貴方の選択は二つ。俺の提案を飲んで普通の議員としてやっていくか、提案を断って戦うかですね。もし戦うことになれば、それが世の中に広がるのは言わなくても分かりますよね?」


「ふざけるな! 俺がここまで来るのにどれだけ努力してきたと思うんだ!」


 努力という言葉はとても便利だなと思う。


 俺もここ数年、毎日ダンジョンで配信を続けてきたけど、俺自身はそれを努力だと思ったことはない。頑張ったとも思ってない。


 最弱魔物のスライムに吹き飛ばされながら必死にレベルを上げる。でも戦いのセンスなんて全くないから、いつも苦労していた。


 それは努力であるとは思う。でも正しかったのかというと、多分違うのかもしれない。


 愚直な努力と罵られたことも多かった。


 でも、俺にはそうするしかできなかった。


 それでも一つだけ気を付けたことがある。


 それは――――誰かの迷惑にならないようにしていた。


 努力というのは、愚直に頑張ることでも、誰かを踏み潰して笑うことでもないと思う。


 レナから剣の使い方、体の運び方を教わって何か月もそれを繰り返して努力し続けた。


 それは俺自身が強くなりたかったからでもあるし、彼女の期待に応えたかったのもあった。


 だから彼の口から【努力】という言葉がでるのが…………心から嫌だと思った。


「貴方は他人の努力を踏み潰してここに立ってます! それは努力ではない! ただ自分のために誰かを傷つけてきたものです! それは努力とは言いません!」


「ふざけるな! 俺が議員になるために愚民どもを向かせるのにどれだけ時間を費やしたと思ってるんだ! 警官になって、犯罪者どもを何度も倒したのだって、今日のために頑張ったことだ!」


「それは貴方の素晴らしい功績だと思います。ですが、その中・・・にそうではない者まで入っているのは何故ですか?」


「っ……そいつらはちゃんと疑いがあった!」


「違います。それは――――貴方がでっちあげたものでしょう。全て調べはついています。貴方のパソコン・・・・・・・から全て出てきましたよ」


 もう一枚の紙を取り出す。


 リサがハッキングして手に入れた情報。


 彼が裏金を使って、自分のライバルになる警官や企業に冤罪えんざいを掛けて逮捕しているという事実。


 もちろん、中にはちゃんと犯罪者を捕まえた本当の実績だって無数に存在する。


 でもその中に自分の欲望を満たすために隠した冤罪も多くあった。


「貴様! 俺のパソコンをどうやって…………不法侵入か! ハッキングか! どちらにしても貴様は犯罪者だ! この場で捕まえてやる!」


 そしてその場で彼は俺に飛び掛かってきた。


 昨晩、リサがあれだけ怒っていたのには、レナを脅迫したことだけでなく、調べるうちに伊吹議員によって犠牲になった人々がたくさんいる事実を知ったからだ。


 中には、今でも冤罪で刑務所に入っている人だっている。今でも無実を主張しているが、弁護士までも買収している。いや、脅迫しているのだ。


 その事実を知ったリサは怒り心頭で、俺達も事実を知って心の底から怒りに震えた。


 だから――――容赦するつもりはない。


 正義のヒーローになったつもりはない。でも目の前に助けられる人がいるなら――――全力で助ける! 今の俺は弱い一人の男ではなく、心強い味方がいるし、彼女達のパーティーリーダーだから!

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