第3話 スライムを倒し続けて二年
「お、お、お久しぶりです!」
「何故敬語?」
「い、いや…………天上人……だから?」
俺みたいな最低辺探索者と比べたら彼女は天上人だからな。
「私は天上人じゃないよ? 君と同級生だからそう構えないで?」
「う、うん……それよりどうしてここに?」
「動き。三か月間続けたんでしょう?」
彼女の真剣な目が俺の目を覗いてくる。
あの日、出会った彼女は俺を蔑むのではなく、
「うん。言われた通りにやっているけど、何か上手くいかなくて……」
「それもそうよ。君は剣を常に上にしか持ってないよね?」
「上にしか……持ってない?」
彼女は腰に掛かっていた刀を抜いた。
美しい黒い刀身が彼女の金髪と相まって神秘的な見た目を彩る。
「剣は何も上に向けるだけのものじゃない。スライムのように小さな相手だと腰を曲げないといけないでしょう? ならば、いっそのこと、こう下に持てばいいよ」
そして彼女は刀を下に持ったまま、近くにいたスライムを下から薙ぎ払うように斬った。
「っ!? なるほど! それか!」
俺もすぐに短刀を右手に持ち、下向きに握る。
近くのスライムの左側を抜けながら、短刀を下向きのまま薙ぎ払った。
直後、スライムの攻撃は横ステップで避ける。
また同じことを繰り返して――――俺は人生初めてスライムを無傷で倒すことができた。
「ほら。やればできるじゃん」
「…………」
「
彼女が俺の顔を覗いてきた。
普段なら近づいてきた彼女に驚いただろう。でも今の俺にはそれができなかった。
一年。
毎日スライムを倒し続けてきた。毎日吹き飛ばされながら、俺には目的があってレベリングを続けてきた。
お世辞にも戦いに才能なんてない。でも頼れる大人もいない俺は、ただひたすら続けるしかなかった。
今日初めてスライムを無傷で倒すことができて、今まで心に閉まっていた感情が溢れ出す。
これからダンジョンを攻略できる可能性や、レベルを上げられる可能性に胸が熱くなる。
そして、何より、俺に助言をくれた彼女に感謝の気持ちが込み上がってきた。
「レナさん……ありがとう……」
「…………辛かったね」
彼女は泣いている俺を抱きしめてくれた。
「レナさん!? き、汚いよ!?」
「いいの。探索者だからそんなものは気にしないよ」
彼女は俺の背中を優しくトントンと叩いてくれた。
俺は彼女の肩の上で涙を流し続けた。
ぐ~と腹の虫が鳴り響く。
「お腹空いたの?」
「え、えっと……」
「ふふっ。奢ってあげるよ」
「いやいや! そんな申し訳ないよ! 助言までもらって……奢ってもらうなんて……」
「いいの。さっき、君をもやしくんと呼んだ罪滅ぼしだから」
いや……全然気にしてないんだけどな。だって、高校の頃に散々言われていたから。
「本当に大丈――――」
彼女はむっとした表情で俺を睨んできた。
「私が奢るご飯が食べれないっていうの?」
「い、いえ! は、はい! いただきます! 奢ってください!」
「うむ。よし」
彼女の右肩が濡れているのが少し気になるけど、彼女は気にする素振りも見せず、ダンジョンから外に出た。
近くのファミレスに入って、俺が遠慮しそうだからって、色々強制的に頼んでくれた。
久しぶりに並ぶハンバーグに、ごくりと唾を飲み込んだ。
「食べていいよ」
「い、いただきます……!」
一年ぶりに食べたハンバーグは、忘れられないほど――――美味かった。
◆
レナさんに新しいアドバイスをもらってから半年が経過した。
あれから彼女とは一度も会っていない。そもそも住んでいる世界が違いすぎるから。
『配信乙~!』
『ユウマさん~今日も配信頑張れ~!』
一年半前では想像もできなかった心温かいコメントが流れる。
《視聴者数:25人》
最近配信を見てくれるリスナーがだいぶ増えてくれたし、十人くらい毎日応援ボタンを押してくれるので、食事は改善ができた。
毎日もやし生活とさらばしたけど、それはそれでちょっと寂しくなり、定期的にもやし料理は続けている。
今日やってきたのはEランクダンジョン二層。
二層の魔物もスライムで、一層の水色スライムと違って、二層は緑色のスライムだ。違いといえば、水色スライムよりも一回り強くなってる感じ。
それでも今の俺なら難なく倒すことができる。
『最近飛ばされなくてつまらん。じゃあな』
直後にリスナーの数が一人減る。
俺が配信を頑張ってるのは、見守ってくれる妹のため。でも最近思うのは、
俺が魔物を無傷で倒せるようになってから、いつも茶化してくれるリスナー達が離れ始めた。
『ユウマさん~気にしなくていいっすよ。どうせ、あんなやつらって課金なんてしないんで』
「あはは……はい。あまり気に留めずに頑張ります。ありがとうございます」
やっと余裕ができて、コメントにも返信できるようになった。
配信探索者が流行っていると記事で見かけたけど、こうして探索中に会話を交わすこともあるからかもしれない。
中にはアイドルのような配信者だっている。例えば――――レナさん。強いだけでなく、アイドル顔負けの美貌を誇る。
以前、チラッと配信を見たら、視聴者数の桁を数えるくらい多かった。
基本的に夕方頃に配信しているので、夕飯を食べながら視聴したりする。
ただ、彼女の動きがあまりにも速くて、正直見てて一切参考にならない。
俺もいつか……レベルが上がれば、彼女のようにBランクダンジョンを攻略できるのだろうか。
…………探索者は仲間が大事だという。
俺はいまだ…………一人でEランクダンジョンだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます