第42話 静止世界

 レナと冬ちゃんがどれくらい強いかは知っているつもりだ。


 けれど、巨大魔獣の攻撃もまたどれくらいの威力なのかは、今まで多くの魔物と戦ってきたからこそ俺にも分かる。


 あのまま二人が飲み込まれたら――――そう思うと、思わず息をのんだ。




 その時――――




 体の内側から不思議な気配がして、一気に世界が――――灰色に変わった。


 何もかもが動かない。


 全てが止まって動かない世界。


 歯を食いしばって横に跳ぼうとするレナと冬ちゃん。


 遠くから補助魔法を使おうとする咲。


 上空に止まったままのドローン。


 そして、背中に感じるアウラの体温すら感じられない。


 そんな止まった世界で、俺だけが動ける。


 何かを考えるのは後回しだ。今は何よりも先に巨大魔物の前方に移動する。


 攻撃が俺の体に直撃したら波が分散して後ろの二人には当たらないはずだ。


 それにしても……どうして世界は止まっているし、俺は動けるんだ……?


 俺の目の前に大きな黒色の砂時計が現れた。


 上部にいっぱいの黒い砂がくびれ部分からゆっくりと下に落ち始めている。


 落ちている量からしてまだまだ時間が残されている。


 世界が止まっているのに砂時計の砂が落ちる奇妙な景色だが、今やれることを確認しておく。


 っ!? ピクリともしない!?


 レナと冬ちゃんを動かそうとしてみたんだけど、一切動かせられない。


 背中にいるアウラも剥がすことはできなかった。


 となると――――次は巨大魔物。


 当然動かすことはできなかったが、一つ思い浮かんだことがある。


 俺の最大弱点は――――低すぎる攻撃力だ。


 ただ、時間・・さえあれば、相手を確実に倒すことができる。追加固定ダメージというのはそういうスキルだ。


 もしもだ。この止まった世界で俺が与えた追加固定ダメージが魔物に判定されたら……?


 それを試すために持っていた双剣で巨大魔物を斬り続けた。


 双剣も魔物の全身も鋼鉄のように硬く、斬れている感覚が一切ない。


 ただ、斬る度に魔物の頭の上に数字が増えていく。


 一回攻撃すると1ずつ増えていき、やがて91に到達すると上昇しなくなった。


 91ということは俺のレベルと同じ数値だ。レベルに依存しているのか……?


 ひとまず、攻撃が来る位置に戻って砂時計が過ぎるのを待つ。


 解除する方法も分からず、ただただ砂が落ち切るのも待った。


 そして、砂が全て落ち切った後、一瞬で世界に色が付く。


 巨大魔物が動き始めて攻撃をしようとしたその時、何かに強打されたかのように巨大魔物が後方に大きく吹き飛んだ。


「えっ!? ユウマくん!?」


「先輩が瞬間移動した!?」


 後ろからレナたちの驚く声が聞こえる。


「話はあと! 追撃するよ!」


「「はい!」」


 直後にレナたちの体に青い光が灯る。


 咲が咄嗟に防御の補助魔法を使ってくれたんだな。いつも後ろから援護してくれて心強い……!


 倒れた巨大魔物をレナと冬ちゃんと共に全力で攻撃を続ける。


 レナの圧倒的な刀術、冬ちゃんのトリッキーな攻撃がさく裂して、巨大魔物にどんどん傷を増やしていく。


 暴れると思っていたが、意外にも暴れることはなかった。


 時間が止まった世界でカウンターになった攻撃が、かなり効いているようでよかった。


 それにしても思っていたよりもずっと動きが鈍くなっているな。ただの追加固定ダメージだけではなく、特殊な効果でもあったのかな?


 一分ほどの間、倒れた魔物をずっと叩き続けると、黒い靄となって消えた。


「お兄ちゃん! 他のところも倒せたよ! ケガした探索者たちの救助を優先させるね!」


「わかった! こっちも負傷者が多い。レナと冬ちゃん、咲は救助を優先でお願い。俺は奥の方進んで何があるか確認してみる」


「「「了解!」」」


 間髪入れずに倒れた探索者たちを運び、俺は脅威があるかもしれないので奥に向かう。


「%$&#%!」


 アウラからは「気を付けて」と言われている気がする。言葉は分からないけど雰囲気で少しずつ分かるようになった。


 向かいながら改めてこの場所をじっくり観察する。


 ダンジョンでも普通の世界でもない不思議な場所。


 地面は、行ったことはないけど砂漠のように砂で出来ていて、それが山なりとなり視界はよくない。


 高い場所から見渡しても目で見えるくらい濃い瘴気のせいで見渡せられない。


「ドローンでもあらゆる方法を試したけど、見通せられなかったよ」


「リサも視界しか見れないんだね。調査機はどうだった?」


「ずっとこれが続いているよ。意外なのは魔物がまったくいない。お兄ちゃんや隊員さんたちのところにしかいなかったよ」


「魔物がいない……? 入口付近にしかいなかったってこと?」


「うん。そういうことになるね」


 あれだけ大きな魔物がいるのに、他の場所に魔物がいないことがあまりに不可解だ。


 それにしても……一つ気になることがある。


「なあ。リサ」


「うん?」


「どうして探索者たちは――――まとまっていたんだ? それとみんなランダムで集まっていたのか?」


「意識がある人に聞いたみるね」


 先に進めずに一旦足を止めた。


 そもそも魔物は何で、ダンジョンというのは何で、この世界はなんだ……? ダンジョンなのか? それとも――――


「お兄ちゃん。どうやらパーティーごとになっているみたい。詳しくは分からないけど、たぶん同じ階層・・・・にいたパーティーごとに集まってたみたい」


「ダンジョンの内部が変わってってことだからまとまっていても何らおかしくはないけど…………一か所に集まってることは気になるね」


「うん。みんな気付いた時には同じ場所だったって言ってた」


「魔物はいつ出たのか聞けるか?」


「それは――――――――急に目の前に現れたって!」


「っ!!」


 俺は急いで入口に向かって走り出した。

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