第30話 ルシファー様、褒められる

「へいおばちゃん! 串盛り合わせに焼酎ロックね!」


 昭和の二文字がよく似合う焼き鳥屋の暖簾をくぐるなり、威勢の良い声を張り上げるお姉さん。足の痛みはどうした、とは聞いてはいけないのだろう。


「あいよ! ってベルちゃんかい……まーたろくでもない方法で財布連れてきたの。良い加減にしとかないと地獄に落ちるよ」

「大丈夫大丈夫、地獄には友達がいっぱいいるから」


 お姉さんことベルさんはこの手の常習犯なのだろう、白髪混じりの女店主が呆れてため息を漏らしていた。


「で、兄ちゃんは何飲むの。ビール? 焼酎?」

「いえ未成年なんでお茶で」

「うっわ見えねーっ」


 ケタケタと笑うベルさんの前に、ジョッキで焼酎がドンと置かれる。


「おばちゃんは天国行きたいからさ、あんたの飲み物ぐらいはサービスにしてやるよ」


 それに続いて俺の前にもジョッキで烏龍茶が置かれる。すいませんおばちゃん俺天国とは仲悪いんで厳しいですか。


「えぇー? おばちゃんも一緒に地獄で呑もうよ~」

「はっ、あんたみたいなロクデナシと死んでも一緒だなんて願い下げだね」


 手をひらひらさせてベルさんを追い払うと、おばちゃんは焼き鳥の準備に取り掛かり始めた。タレの焦げる香ばしい匂いに否が応でも生唾を飲み込んでしまう。


「じゃ、かんぱーい!」

「……乾杯」


 二人でジョッキを合わせた瞬間、ベルさんは半分ほど一気に飲み干した。焼酎ってこういう飲み方するんだっけ? 違うよな?


「ねーねー君さぁ……おもしろい話でもしてよ。酒の肴にさ」

「本当滅茶苦茶だなこの人」

「いたたたたっ! 君に踏まえた左腕が腫れてきたなぁーーーーっ!」


 腕は踏んでないんですけど。


「まっ、面白い話ならまけてやってもいいけどね。他に客もいないし」


 慣れた手つきで串をくるくると回しながら、おばちゃんの天国行きが近づきそうな一言を漏らしてくれた。


「……別に面白くもないですけどね」


 だから、語ろう。ここ最近の俺を襲った、不幸と苦難の物語を。


 ……身バレしない程度にだけど。







「そう! だから俺は言いたいんですよ、決めるなら事前に説明しとけって!」


 三杯目の烏龍茶を喉奥に流し込みながら、つい大声でベルさんに語る俺。お品書きはアスモデウスがひどい、アスモデウスがめちゃくちゃ、アスモデウスが説明不足の三つだ。


「わかるぅーっ! アタシの前の職場でもそういうやついたわーっ!」


 ベルさんが四杯目の焼酎を飲みながらバシバシと俺の背中を叩く。


「こういっつも眉間にしわ寄せた仏頂面でさ、『決定事項です』『少し考えればわかるでしょう』『期日はとうに過ぎていますが?』とか言ってさぁ!」

「いますよねーそういう奴! まぁうちの場合はずっと家にいるんですけどね!」


 日頃の鬱憤を二人して大声で笑い飛ばす。


「……ちょっとトイレ」


 ベルさんが一言残して中座すると、おばちゃんがゆっくりと近づいて来た。


「盛り上がってるねぇ。ま、まだ夕方で他に客もいないから許してやるけど」


 そう言いながらもトイレへと向ける眼差しはどこか優しさに満ちていた。


 だから気になってしまう。あの人は何なのかと。


「ベルさんって、名前からして外国の人なんですか?」

「さぁ」


 口の端をほんの少しだけ上げながらおばちゃんは話を続ける。


「数年前にふらっとこの町に現れてね……それから毎日人の金で飲み歩いてる悪魔みたいな女だよ。けどこの町の連中はね、そんな悪魔を気に入っちゃったのさ」

「悪魔なのに?」

「悪魔だからだよ、兄ちゃん。毎日昼から飲み歩いてる怠け者だなんてさ」


 と、ここで頼んでもないが気になってはいた焼きおにぎりをおばちゃんが運んでくれた。


「憧れちまうだろ? 人間ならさ」


 おばちゃんは笑う。その表情も考え方も、人間らしいなって思えた。


「さ、それ食ったら店が混む前に出てっておくれ。あの子が居座ると夜明けまで働かされるからね」

「よし決めたっ!」


 トイレから帰還するなりベルさんがパンと両手を叩いてみせる。


「君の家に行って、そのメイドにガツンと言ってやろうじゃないか!」

「いや流石にそれは」


 あつあつの焼きおにぎりを手で掴んで、一気に頬張る。それをぬるくなりかけた烏龍茶で流し込めば、一気に気合が入るのを感じる。


「……行きますか」


 そうだ、俺は二代目ルシファー。自由のためには戦わないと。


 なんて返事に満足したベルさんも俺の真似をして焼酎で流し込むと。


「お姉さんにまかせなさーい!」


 俺の胸を拳で突いて、頼もしい笑顔をプレゼントしてくれた。







「ただいまーっ!」

「おぉーい! いるかぁメイドぉ! なんでもお坊ちゃんの扱い悪いみたいじゃねーか!」


 ベルさんと肩を組んで帰宅するなり、俺達は揃って大声を張り上げた。うおっ寿司桶三つもあるじゃん本当に頼んだの酷くない?


「いいか、アタシを誰だと思ってんだぁっ!?」

「おうおうおう、言ってやって下さいよぉ!」


 俺も雰囲気に呑まれて出来上がってしまっていたのか、つい彼女に追従する。静かに近づいて来るアスモデウスがどんな表情をしているかも想像せずに。




「神に挑みしルシファー様の頼れる頭脳……オリジナルセブンが一人、ベルフェゴール様だぞぉ!」




 あっ。


 本物の悪魔じゃんこの人。


「へぇ」


 アスモデウスが顔を出した瞬間、世界が凍りつくのを感じた。


「なるほど、確かに本物ですね」


 笑っていたんだ、アスモデウスは。ニヤリとニタリとニコリではなく。


「あっ……アスモデウス、じゃん。ひさ、ひさしぶり、ですね」


 組んでいた肩を外して、身を縮ませるベルさん。


「えっ、君んちのメイドって……これなの?」

「はいそうです」


 これが我が家のパワハラメイドです。


「あは、あははは……ちょっと夜風に当たってこよ」

「正座」

「はい」


 逃げようとするベルさんだったが、土間でそのまま正座する。当時の立場が透けて見えるな。


「土下座」

「はい……この度はお宅のお坊ちゃんに焼き鳥代2,800円を奢らせてしまい大変申し訳ございませんでした……」


 そのまま額を擦り付けながら、小声で罪状を垂れ流すベルさん。


「ルシファー様は」

「はっ、はい正座ですか?」

「いえその必要はございません」


 俺もその場に座ろうとするも、彼女に止められてしまった。許された、のかな。


「流石でございます、これで人手不足が解消出来ますので。何せこのベルフェゴールは」


 それからもう一度アスモデウスは笑った。ベルさんのつむじを見下ろしながら、邪悪で危険な悪魔のように。




「無料で使い放題ですから」




 ごめん、こっちも本物の悪魔だったわ。








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