第43話 ルシファー様、悪を貫く
全身に力を込めれば、背中の翼が一斉に開く。警戒したウォーリアが距離を取ってくれたおかげで、何とか仕切り直しまで持ち込めた。
「ほう、ようやく思い出したか。自分が何の為に戦っているのか」
「おかげさまでね……最近公私共に忙しくてさ、ちょっと忘れてたけれど」
息を吸って、吐いて。自分の拳に目をやって、強く強く握りしめる。
「大丈夫、もう間違えないよ」
家族が大切だった。両親のいない俺に優しくしてくれた、たった二人の俺の家族が。
その理想に憧れた。そんな二人が目指した世界を、俺も見てみたくなったんだ。
人の為と言えばそうなのだろう。けれど理想を他人に押し付けるだなんて、そんなものは迷惑なだけで。
だから俺は、悪い奴なのだろう。けれど、そんなものは初めからわかっていたじゃないか。
だって俺は秘密結社アルカディアの首領、ルシファー様だぞ?
悪役じゃない訳、ないじゃないか。
「いい顔だ」
「マスクしてるのにわかるんだ」
「見なくたってわかるだろう? お互いにな」
自分の顔を指差して、ウォーリアは笑顔を見せる。
「そうかもね」
けれどもっと深いところで、別の表情をしているのがわかるから。
「だけど、一応さ」
構え直し、拳に力を込める。全身全霊を込めた一撃をこのヒーローにぶつけるために。
だってそうだろう、ヒーローの素顔を暴くのは。
「確かめておかないとな……!」
悪役の特権なのだから。
◆
互いの一撃が交差して、倒れたのは。
「大河、満足しましたか?」
ウォーリアの仮面を砕かれた、十文字大河その人だった。
「ええ、アスモデウスさん……オレの戦いはようやく終わりました」
彼の目の端には涙の跡があった。ほらやっぱり、ヒーローってのは仮面の下で泣いているんじゃないか。
「言ったでしょう、私も先代も貴方を恨んではいないと。神々の執念と陰湿さを見誤った……私の失敗だと」
アスモデウスは膝を折り、大河さんに目線を合わせる。きっと誰もがどこかで間違えているといういつかの言葉は、自分自身にも向けらていたのだろう。
「ずーっと言ってましたもんね、あなたは」
「あなたはずーっと人の話を聞いてませんでしたがね」
呆れるアスモデウスの言葉に大河さんは優しく微笑む。
「ようやく人の話を聞く気になったのなら……一つ話をしましょうか」
と、ここでアスモデウスが俺も知らないようや事実を語り始めた。
「ルシファー様が見つかったのは、北海道の山奥だったそうです。登山が趣味の老夫婦が見つけて、私達に連絡をくれました」
ええ、高校の修学旅行の時に人生初の北海道だって喜んじゃってたよ俺。恥ずかし。
「私達と別れた後も、各地で人助けをしてはこれを配っていたようですね」
彼女はエプロンのポケットから一枚の紙切れを取り出した。パソコンなんて無い時代に、油性マジックで書いた白黒の派手なビラだ。覗き見ればこう書いてある。
『こんな赤ん坊を見つけたら是非オレ達に教えてくれ!』
そして書かれた電話番号は、我が家の家電のそれだったから。
「……固定電話、解約しなくてよかったです」
大河さんは一瞬きょとんとした顔をしてから、また眩しい笑顔を浮かべて。
「ああ、そっか」
両の目の端から大粒の涙をボロボロと零し始めた。
「間違ってなかったんだ、オレ」
人を殺したヒーローは、果たして正義の味方なのか。
彼を苦しませ続けた問いの答えは、
「人は誰もが何かを間違えているなら……きっと人は、どこかで正しいのでしょうね」
どこにでも転がっているような、平々凡々な一言だった。
「そうだったら、いいなぁ」
「貴方達から教わったことですよ?」
「……そっか。うん、そうだなぁ」
うんうんと大河さんは頷く。その表情は使命に燃える熱いヒーローのそれじゃなくて。
やっぱりどこにでもいるような、人の良さそうな年寄のものだった。
いやぁ良かった良かった、これにて一件落着っと。
「……おいルシファー」
「えっ、あっはいっ!」
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