第17話 ルシファー様、焦る
・八層ボスのサイクロプスミノタウロスじゃん
・すげー 倒したの世界に二組ぐらいしか居ないやつじゃん
・でもどうせワンパンなんだろ
気がつけば攻略はサクサクと進み、眼前には八層ボスのサイクロプスミノタウロス。一つ目の牛頭の巨体とかいう欲張りセットなのだが、こいつをパンチで倒す……前に、ふと疑問が頭を過る。
このペースだとヒカリさん追いつけないんじゃね?
「ガアアアアアアアアアアアアアッ!」
「いてっ」
一直線に飛んできた拳を額で受け止める。痛い、寝ぼけてベッドから転げ落ちたときぐらい痛い。
でもこれじゃあ時間稼げないよなぁ。
「ぐわああああああああああああっ!」
だから俺は迷わずに、叫びながら後ろに吹っ飛ぶ。そのまま壁に激突すれば、クレーターのような跡が残る。よし、コメント欄の反応は。
・は?
・何してんの?
・ルシファー様自分から吹っ飛んだ〜!
・キレそう
まぁバレてるだろうが仕方ない、サクサク進みすぎてヒカリさんの番号を配信するわけにはいかないのだから。
「フッフッフ、流石に八層まで潜ると強敵だなぁ、アスモデウス」
彼女を見る。こっち見てない。
「こんな強敵だと、五分ぐらいかかるかもしれないなぁ……!」
・同意求めんなカス
・遅延プレーやめろ
・はよはよはよはよ
五分という具体的な言葉が良かったのか、アスモデウスが反応を示してくれた。ため息だったけれど。
「……090、247」
「はああああああああああああああああっ!」
全力でサイクロプスミノタウロスに飛び蹴りをかます。巨体に風穴の空くと、その場で倒れて霧散する。
「よしっ、セーフ!」
ちょっと流石に容赦なさすぎじゃないですかねアスモデウスさん。しかし呼び出してから二十分ぐらいか、大学から走ってきて最速でダンジョン降りたら間に合わない時間じゃなさそうだけども。
「セーフじゃないだろ……シャイニーキィイイイイイイイイイイイイック!」
「あっこんルシぃ!」
なんて頭を働かせていると、後ろから聞き慣れた必殺技が聞こえてきたのでとっさに頭を下げて挨拶。
・こんシャイニ~
・最多コラボ相手
・い つ も の
全身で大きく息をする彼女を見て、相当急いだんだなと理解する。それはそうか勝手に電話番号晒されるのは可愛そうだもんな。
「ようやく来ましたか……では早速ですが撮影係をお願いします」
が、アスモデウスはそんな彼女を見るなりタブレットを手渡した。えっなにその流れ知らないんだけど。
「……えっ私が?」
だよねその反応になるよね。
「他に誰がいるとでも?」
「いや、ルシファーが」
だよね俺がいるよね。
「ルシファー様にそんな下賤な事をさせられる訳ないでしょう」
「じゃあその下賤な事をさせるために私を呼んだの?」
「はい」
・ただの手伝いで草
・シャイニーがんばえー
・さっき味方とか言ってませんでした?
ヒカリさんが持たされたタブレットには至極真っ当なコメントが踊っていた。
「かえ」
「090-2477」
「やります……」
一瞬で大人しくなるヒカリさん。流石に可哀想すぎるので声をかけてはみるものの。
「あの大丈夫……?」
「ルシファー倒すルシファー倒すルシファー倒す……」
はい、俺が恨まれてますよねやっぱり。
「なぁアスモデウス、何で撮影係なんて必要何だよそんなの俺がやればいいだろ」
すかさずアスモデウスに駆け寄り小声で尋ねれば、またため息が聞こえてくる。
「駄目です。ルシファー様には後ほど別の役目がありますので」
別の役目ねぇ。
「そして撮影係が必要な理由ですが」
アスモデウスはエプロンのポケットから白い手袋を取り出すと、それを両の手に履いて。
「次の九層は、私が一人で攻略します」
また予定にない事をいつもの真顔で宣言してくれた。
・マジ!!!!?????
・アスモデウスさんきたあああああああああああああ
・もうルシファー様いらねぇんだよなぁ
まだ居るんだけどなぁ、俺。
◆
殴る。
「相変わらず」
蹴る。
「モンスターというものは」
投げる。
「醜悪ですね」
アスモデウスの放つ単純な一つ一つの暴力は、ダンスのように洗練されていた。
・うつくしい……
・高評価押しました
・もうアスモデウスさんだけでいいよ
しかもそれが美人がやっているともなれば、コメント欄の愚民共に同意せずにはいられない。
そして彼女の動きに目を奪われる者がもう一人。無理やり撮影係を押し付けられたヒカリさんである。
「ルシファー、アスモデウスとはどういう知り合いなんだ?」
「どういうって?」
遠回しな質問に首を傾げれば、彼女はわざとらしく肩を竦めてから言葉を続けた。
「彼女は強い……だがそれはお前とはまた違った強さだ。お前の戦い方が常識外れの脳筋戦法だとすれば、彼女の動きは歴戦の武人のそれだ」
悪かったですね脳筋戦法で。
「彼女はどこから来た何者で、お前とはどういう関係なんだ?」
どういう関係、か。ある時は部下である時は母親で、またある時は姉の様で。
「……家族、なのは間違いないかな」
これで十分な気もするけどな、俺としては。
「それだけだとよくわからないのだが」
「仕方ないだろ? 物心ついた頃からあの姿で家にいたんだからさ」
幼い頃からアスモデウスは一切年を取っていない。少なくとも目に見えた変化を感じたのは一度だってありはしない。
「それはまた……説明に困る関係だな」
「だろ?」
今度は俺が肩を竦めれば、真っ白い仮面の下のヒカリさんがクスッと笑った……ような気がした。
「ルシファー様、お気に入りのシャイニーとイチャつくのはその辺りで」
「イチャついてない!」
・アスモデウスさん! こいつらイチャイチャしてましたよ!
・なーにが「だろ?」だよカッコつけんなカス
・家にアスモデウスさんいるとか本気で◯んでほしい
・その気遣いの十分の一でも佳代子に分けられなかったんか?
必死に否定するヒカリさんと、それを見て余計に喜ぶ愚民共。
「そ、それに私は気になる相手がちゃんといてだな……」
「……そそそそそういえばいってたね」
付け加えられた一言に気を取られて、俺の舌は上手く回らない。
・ガチで動揺してて草
・脳破壊不可避
・NTRはやめろ イチャラブだけ見せてくれ
「そうでしたか。ではその黒髪で力持ちの彼に嫌われないようせいぜい撮影係を全うして下さいね」
「だから何で知ってる!?」
「黒髪で力持ち……?」
アスモデウスが何か知っているのか、その人の特徴を口にする。黒髪はその辺にいるとして……力持ちって誰だ?
・あーあ ルシファー様に大ダメージじゃん
・悲しいなぁ……
・ルシファー様が先に好きだったのに……
「だそうです。良かったですねルシファー様」
「何が……?」
今ウェイトリフティング部が大学にあったか思い出すの忙しいんだけど?
「まだまだ教える事は多そうですね……では気を取り直して、ボス部屋に行きましょうか」
ため息混じりのアスモデウスが、景気づけにパンと両手を叩いてみせた。それに体よく乗せられた俺は、何とか気持ちを切り替える。
「で、どんなボスなんだ?」
「わかりません、なにせ前人未到ですので」
なるほど、客観的に見れば凄い事してるんだな俺達って。
「では、開けましょうか」
先を行くアスモデウスが、エリアを区切る石の扉を両手で開いた。
その先で待っていたのは――。
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