第18話 ルシファー様、追い返される

・え、人?

・えらいイケメンだな

・だな 俺嫌いだわこのボス

・いやボスこいつじゃないだろ


 人がいた。


 人だ、前人未到のダンジョンの奥で待っていたのは、まごうことなき人の姿をした生き物だった。背の高い金髪の美丈夫で、その背後には映画のスクリーンのように俺達の配信が映し出されていた。


「待っていたよ、アスモデウス」


 甘い声で家族の名前を呼ばれた瞬間、全身に寒気が走る。その喋り方一つで彼女をどう思っているか一瞬で理解したせいだろう。


「いや違うな……迎えに来たよ、だね。君の姿を見ているとつい待ちきれなくったから」


 子供のように男は笑う。気障ったらしいその喋り方も、センスの悪い中世の貴族みたいな服装にはよく似合っていて。


「知り合いか?」

「不本意ながら」


 アスモデウスに尋ねれば、侮蔑の籠もった返事が聞こえる。


「ですがご安心下さいルシファー様、この単細胞など貴方の敵ではありませんから」


 いきなり煽るなと思い、もう一度男に目線を戻す。だが彼の気に障ったのは、単細胞の一言ではなかったらしい。


「……ルシファー」

「あっはい」

「ルシファールシファールシファールシファー!」


 地団駄を踏みながら人の名前を男が連呼する。そこだけは気が合うな、こいつも俺が嫌いなのか。


「いつもそうだ、君は! 口を開けばルシファー様、寝ても覚めてもルシファー様! あれから二万年も経ったというのに、まだあの男に仕えてるつもりなのかい!?」


・ヒェッ

・こわいよぉ

・薬飲んで寝ろよぉ


 男の怒鳴り声に、愚民共も恐怖を覚える。わかるよなんか夜道で刺してきそうな怖さがあるよなこいつ。


「何を言い出すかと思えば……つもり、ではありません。私はまだ『ルシファー様』に仕えています」


 一歩引いて俺に小さく頭を下げるアスモデウス。しかし二万年前とか何言ってんだろうなこの二人は。


「そいつのことかぁ?」


 彼女の返事が気に入らなかったのか、男は目をギョロッとさせて俺を睨んだ。


「その服……それからそっちの白いのも。分け与えたのか、『翼』を。たかが人間ごときに」

「……ご想像にお任せします」


 二人しか理解できない短い会話が終了してから、数秒ほど無言の時間が流れる。


「あああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 それから突如興奮した男は頭を乱暴に掻きむしりながら叫びだす。ドン引きだ。


「君のあの純白の羽が、青空を往く一対の翼が! 今はそんな、そんな醜いものにいいいいいいいいいいいいいいいいい! 人が、地上が君を変えたのか? そうだろう、そうなんだろう!? この汚れきった世界が君を俗物へと変えてしまったんだああああああああああああああああっ!」


・無理無理無理キモいキモいキモい

・こわすぎぃ! ダンジョンの地下にこんなのいたのかよ

・さっきからずっと真顔だよ


 無言でヒカリさんが俺にタブレットの画面を見せつけてくる。それから小さく彼女が頷く……そうだねキモいよねこいつ。


「二人で暮らそう、アスモデウス」


 なんて思っていると、突如甘い声でふざけた事を提案してきた。情緒どうなってんだよマジで病院いけ病院。


「ここの最下層に楽園を作ったんだ。僕達が暮らしていたあの頃のエデンにそっくりな、素晴らしい場所を」


 男は舞台俳優のように仰々しく両手を広げると、最下層へと続く扉を見せつけてくる。


「君の傷が癒えるまで、僕は何万年だって待つよ。紅茶も淹れよう、食事だって僕が作ろう。君はただそこにいてくれるだけでいいんだ」


・お断りします

・オエッ!

・きっしょ……相手の都合も考えろよ


 微笑む男、無表情のアスモデウス、吐き気を催す愚民共、それを見て頷く俺とヒカリさん。


「けど、邪魔だなぁそいつらは」


 男の興味が再び俺達へと移る。それからその場を歩き回り、キリのいいところで手を叩く。


「いや違うな」


 それから人差し指をピンと立てて、満面の笑みを浮かべてから。


「人間全部が邪魔なんだぁ」


 これまた物騒な台詞を言ってのけた。


 瞬間、男の背中から見慣れない物体が伸びる。それが何なのか凝視しようとしたせいで、アスモデウスの体が掴まれる。


 手? 触手?


 違う、これは。


「捕まえたぁ!」


 天使のように、白い翼だ。


「アスモデウス!」


 叫んでももう遅い、俺とヒカリさんの体ももう片方の翼に掴まれていた。


「さぁ出てけよ人間どもぉ! それで僕の可愛いペット達に」


 男が怒鳴れば、ダンジョンの天井が開いていく。俺が昨日開けた大穴のように、青い空がここから見える。


「みんな食い殺されればいいんだぁ!」


 放り投げられた俺とヒカリさんは、真っ直ぐと上空へと打ち上げられる。


 何なんだよこいつは何が起きてるんだよここで。混乱する頭を叩くかのよように、聞き慣れた彼女の声が耳に届く。


「ルシファー様」


 遠くなる彼女と目が合う。もう声は届かないけれど、口の動きはよくわかるから。




 ――さっさと迎えに来てください。




「……あいよ」

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