第19話 ルシファー様、迎えに行く

「いてっ」

「痛いっ!」


 上空に放り出された俺とヒカリさんが一斉に尻もちをつく。ここはどこだと周囲を見回した瞬間、見慣れていたのに初めて見た人物がそこにいた。


「それでは今日の探索者ファッションチェックのコーナーです! いやあ半壊したとはいえ入場は出来ますから、まだまだ人が多いですね! そして本日のゲストはこの方~……かよぽんさんです!」


 あっ、五時ですよのレポーターのお姉さんとかよぽんだ。つまりここはウエノダンジョン入口前の広場って訳か。


「こ、こんにちは~」

「事務所を退社してフリーになられたとの事ですので、折角ですのでお声かけさせていただきました!」

「おやっ、そこにいるのは~……」


 腰を低くして尻をさすっていると、レポーターの声が近づいてきた。やばい見つかると思い駆け出すも、前を黒い影に塞がれる。


「ルシファー様!」


 そうだねかよぽんだねああ握手ねそんなにブンブンしなくていいのに。


「ど、どうも」

「会いたかったです……!」


 こっちは別に、なんて言える訳もなくマスク越しに苦笑いを彼女に返す。


「こんにちはーっ。あのぉ、我々『五時ですよ!』って番組なんですけど……ご存知ですかぁ?」

「いつも見てます」


 嘘をつく気にもなれず、素直に言葉を返してしまう。


「ありがとうございます! じゃあ番組の趣旨は……ご存知ですよね?」

「えっとちょっと急いでて」

「では早速……シャイニーさん、そのスーツはやはり特別製なんですか?」


 押しが強いなこの人、もうヒカリさんにインタビューしてるぞ。


「えっ私!? ……いや、これは祖父から貰ったものだから、改良とかはしたみたいだけど」


 彼女も彼女で真面目なせいで、つい答えてしまっていた。周囲からはおーっという声が聞こえてくるが、これ中々気分が良いね。


「なるほどぉ、お祖父様から頂いた由緒あるものなんですね! あっマイク」


 痺れを切らしたかよぽんがマイクをレポーターから奪い取り、俺の顔面に押し付けてきた。


「してルシファー様も、やはり強さの秘訣はそのスーツなのでしょうか!?」

「いやこれはどっちかというと拘束具的な」


 いや別に答えなくていいだろ、なんて思い直しそっぽを向くと、見慣れないものが目に入る。


 緑色の肌をした、棍棒を持つ子供……いやこれ人間じゃないな?


「え、ゴブリン……?」


 かよぽんが声を漏らせば、ゴブリンがこっちに駆け寄ってきた。もちろん武器を振り上げてるので、思い切りそれを蹴り飛ばす。


「こっち来んな!」


 いわゆるモンスターを『倒した』状態になったのだろう、ゴブリンはピクリとも動かなくなった。しかしそれはダンジョン内とは違い、その場にずっと残っている。 


「何故ダンジョンの外にモンスターが……?」

「普通は出ないのか?」


 疑問を口にするかよぽんに聞き返せば、彼女はずいと顔を近づけてきて。


「当たり前じゃないですかルシファー様、外に居たら今頃世界は滅んでますよ!」


 至極真っ当な正論を述べれば、今度は黒い狼がやって来たので。


「それもそうだ……ねっと!」


 狼の額を殴り飛ばす。また動かなくなるが、やはり霧散したりはしない。一呼吸置いて周囲を見回せば、いつの間にか広場にはダンジョン内のモンスターが溢れ始めていた。


 何が起きたのか理解してしまう。モンスター共はあの男の命令通り、人間を食い殺しに来てるのだろう。結局安心安全なダンジョンなんてものは、人間が勝手に思い込んでいたってだけだ。


 これだから嫌なんだよ、ダンジョンなんてさぁ。初めから怪しすぎるっての。


「……これは急がないとな」


 だからこそ、どうすれば終わらせられるかもすぐに気づく。さっさとあいつを倒しに行くのが最速で最善なのだろう。アスモデウスにも急かされてるしな。 


「かよぽんさん! この雑魚ってここにいる探索者達で対応出来るかな!?」

「はっはい! ダンジョンの中で戦えるなら!」


 だからこそ、この場で時間を取られる訳にいかない。今はここを任せられるだけの味方が何よりも必要だった。


「頼んでも良いかな、事情は」

「はい、ギリギリまで配信見てたからわかってます!」

「話が早くて」


 またやって来た狼を蹴り上げ、空中でそれをキャッチする。これがただの物体だというなら、やり方はあるはずだ。


「助かるよ!」


 ダンジョンの入口めがけて、狼を全力で投げ飛ばす。押し寄せてきたモンスターの群れに道が出来たから、隙を逃さず走り出す。


 が、ここで一際巨体のゴブリンが道を塞ぐ。こんな雑魚に構ってられない、殴りかかろうとした次の瞬間。


「シャイニー……キイイイイイイイイイイイイイイイイック!」


 威勢の良い掛け声と共に、頭上を閃光が走った。着地した彼女はタブレットを小脇に抱えながら、俺の方へと振り向いて。


「急ぐぞ、ルシファー!」

「えっあっうん!?」


 来てくれるの、無理やり呼び出されたってのに?


「あいつを倒さないとどうにかならないんだろ? 露払いぐらいは引き受けるさ」


 後ろから襲ってきたモンスターを裏拳でさばきつつ、ヒカリさんが頼もしい言葉をくれる。


「だからって、そっちがやる事でもないだろ」

「そうだな。無償で誰かを助けることなんて、愚か者のする事だと……祖父を見て育った私はずっとそう思っていたよ。だけど」


 彼女は自分の右手をじっと見つめて、強く強く握りしめた。


「差し伸べられた手の温かさは、まだここに残っているんだ」


 それから自分の胸をトンと叩く。その姿は誰が見たって、立派な正義のヒーローだった。  


「だから行くよ、私も。それを教えてくれた人に恥じない自分でありたいから」


 それからタブレットを俺に見せつけて、やっぱり肩を竦めて見せて。


「撮影係もやらされてるしな」


・待ってました!

・早く倒しに行こうぜ

・おい同接十二万超えてるぞ


 まだ配信は途切れていなかったのか、愚民共も沸き立っていた。さぁて、さっさと行きますか。


「あの、ルシファー様! お茶の間の皆さんにコメントをお願いします!」


 なんて思っていると後ろからマイクを突きつけられる。すごい根性だなこの人。


「え? あー、その」


 急いでいますと言いたかったが、せめてこのプロ根性に報いようと必死に言葉を操るものの。


「実はこのダンジョンのボスは天使って奴で、そいつが人類を滅ぼそうとしている悪い奴で……いや、なんか違うな」


 出てきた台詞が全部、嘘なんだなって気付いてしまう。


 悪とか正義とか、天使とか人間とか。そういう理由のために行くんじゃないって思えたから。


・だな

・大義名分とか良いんだわ

・まぁ人がモンスターに襲われてるのはガチでヤバいけどな


 横目でコメントを見れば、少しだけ元気が湧いてくる。良かった俺を見てきた人達が、間違いじゃないって肯定してくれる。


 だから。


「家族につきまとう悪質なストーカーがダンジョンの最下層に居るんで」


 素直な気持ちで素直な言葉で、自分の心を言葉にする。 


「ちょっとブン殴って来ます」


 カメラに向かって拳を突き出せば、周囲から歓声が湧いてくれる。


・ですよねーっ

・やっぱりルシファー様の配信は殴んないとなぁ

・今回はワンパンでいいぞ


「それじゃあウエノダンジョンを攻略するとしますか」


 今度は普通になんかじゃない、全力で、全速力で。  


 あいつを殴り飛ばすために。 




・おう、人類救ってこいよ英雄


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