第7話 ルシファー様、殴る

 突撃しようとするアスモデウスの肩を急いで掴む。正気か正気じゃないわ説明しないとだめだなこれ。


「無理、とは」

「き、つ、い」

「何がですか?」


 小首を傾げる彼女に向かって深い溜め息を一度ついて。


「今からあのギャルと戦う予定だったろ?」

「ですね」

「尺稼ぎのために苦戦して最後は倒すって流れだよな?」

「その通りです」

「んでやっぱりさっきから配信してるんだろ?」


 タブレットを指させば、彼女はくるっと画面を俺に向けた。


・やっと気づいた

・まぁ……あれは無理だよな

・こんルシー……

・わりぃ やっぱつれぇわ

・配慮できてえらい!

・パワハラ過ぎて胃が痛くなってきた

・わかる 新卒で即やめた会社思い出した


 そこに踊るコメント欄に、今日は同意しかできなかった。


「ほら見ろコメント欄だって今日は草とか書いてないだろ。愚民にもそれぐらいの良識生まれるんだよあの様子見たら」

「その様ですね……」


 まだ不満げな彼女だったが、それでも一応の納得はしてくれたらしい。


「だから今日の配信終わり! はいおつルシおつルシー」


 じゃあこれで終わろうか、と思った矢先に。


「あっ」


 彼女はわざとらしくタブレットを地面に落とした。


「あー絶賛生配信中のたぶれっとをおとしてしまいましたー」


・棒読みちゃんかな?

・あー落としちゃったーしょうがないね^^

・おとせてえらい!


 しかもそれをつま先で小突き、修羅場中の場所まで送り届けやがった。これ拾いに行かなきゃ駄目な奴だろ。


「……誰だ!」


 プロデューサーのがなり声に催促されて、俺はゆっくりと姿を表す。またこの流れかよと内心で苛立ちながら。


「ご機嫌よう仮初めの平和を貪る愚民ども」

「それはいいです」


 知ってたわ。


「あれか? テメェがMAITOを陥れたって変態か?」

「結果的には……」


 いかにも業界人ですよ的な服装をしたプロデューサーとは目線を決して合わせない。だって怖いから。


「で、こっちは見なかった事にしてくれるんだろうな?」

「そうしたいんですけどね……」


・LIVE

・PちゃんのPはパワハラのP

・かよぽん泣かないで;;

・またトレンド取ってるじゃんルシファー様


 拾い上げたタブレットをプロデューサーに見せれば、盛大な舌打ちが返って来る。


「……おい佳代子! さっさとそのタブレットぶっ壊せよ!」

「えっ」

「えっ、じゃねだろ舐めたこと抜かしてんじゃねぇぞ! さっさと配信止めさせろよ、後からはどうとでもなるんだよ!」


 つばを飛ばしながら必死に命令をするプロデューサー。


「ならないと思うよ」

「ならないと思いますね」


・無理でしょもう拡散されてるし

・ごめんもう切り抜いたわ

・ダメみたいですね(諦め)


 無理だろ流石に。


「うるせぇ、やれって言ってんだろ!」

「ごっ」


 かよぽんの武器は特大の斧のようで、地面に置いていたそれをゆっくりと拾い上げれば。


「ごめんなさいっ……!」


 両の目元に涙を貯めながら、彼女は急いで突撃してきた。よしじゃあ、MAITOの時みたいに反撃だ! とかやれる筈もないので。


「っと」


 振り下ろされた斧の柄を掴み、そのまま強引に彼女の手から引き抜く。そのまま彼女のつま先に足をかけ、地面に激突してもらう……訳にも行かないので、小さな肩をそっと抱きかかえて。


「大丈夫? その……色々とさ」


 昼間の反省は活かせたのか、今度は優しくできたらしい。


「あっ……はい、大丈夫になりました」


 ちょうどお姫様だっこみたいな形になってしまったが、彼女に怪我が無くて何よりだ。


・おい佳代子嘘だよな?

・メスの顔になってんぞ

・目がハートになってる おれにはわかる


 うるさいぞコメント欄ども。


「流石でございますルシファー様、やはりお世継ぎ問題について真剣に考えてくれていたのですね」

「違うから流石にこの子を殴るのは気が引けただけだから」


 相変わらずの勘違いをしているアスモデウスに早口で捲し立てる俺。


「で、その、かよぽんさん」

「何で、しょうか」


 マスク越しに彼女の表情を覗き込めば、たしかにコメントの言う通り目が輝いていた。


「動画のオチがないからさ……あのプロデューサーぶっ飛ばしても良い?」

「おい佳代子ぉ! わかってんだろうなぁ!」


 小声で彼女にそう尋ねるも、向こうにも聞こえてしまっていたらしい。まぁそれならそれで話は早いからいいか。


「お願いします」

「よしきた」


 ほらな。


「アスモデウス! 尺は大丈夫なんだろうな!」

「はい、バッチリです。遠慮なくぶちのめして差し上げましょう」


 かよぽんをその場に立たせ、俺はゆっくりとプロデューサーに歩み寄る。逃げ出そうと後ろに下がるが、すぐに壁にぶつかって。


「おい、俺を誰だかわかってんのかぁ!? 俺はなぁ、花咲芸能の敏腕プロデューサーの冴島だぞ!」


 一歩。


「お、俺のバックにはなぁ、ヤクザとか暴力団がいるんだぞ! それをテメェの家にけしかけてやるからな!」


 また一歩近づく度に出てくる言葉は、壊れた玩具のそれに思えて。


「よ、よしわかった! お前を、お前を俺がプロデュースしてやるよ! そうすればお前はスター間違いなしだ、テレビにだってバンバン出てよぉ、金も女も好き放題だ!」


 テレビ。あと一歩の所で聞こえたその単語に、思わず自分の足が止まる。


「な? だから見逃してくれよ」


 それが好感触だと勘違いしたのか、プロデューサーは俺にうさんくさい笑みを浮かべてきた。


 が。


「テレビなんてなぁ」


 どうやらこいつは知らなかったらしい。秘密結社アルカディアの首領ルシファーという男は。


「もう出たくないんだよ!」


 テレビにいい思い出が一つもない事に。


・ごもっとも

・そりゃあルシファー様はね

・ですよねー

・蘇る二年前の失態


 プロデューサーの顔面めがけて、拳を真っ直ぐ前へと突き出す。そして鼻先をかすめれば、そのまま後ろの壁に当たった。


 瞬間、ダンジョンの壁に亀裂が入った。プロデューサーが身を預けていたそれが粉々に崩れ去ってくれたおかげで、撮れ高は十分だろう。本人も漏らしてるしな。


「じゃ、締めの挨拶でもするか」


 アスモデウスに顔を向ければ、少しだけ不満そうに肩を竦めた。それからすぐにかよぽんの所に駆け寄ると、小さく彼女に頭を下げて。


「折角ですからかよぽんさんもご一緒願います。円満コラボに見えますので」

「は、はい」


 それを配信中に言うかというのはさておき、かよぽんが小さな歩幅で恥ずかしそうに俺の隣に立ってくれた。そりゃあこんな格好の奴の隣は恥ずかしいだろうけど、ここは我慢願うとして。


「せーの」


 それじゃあカメラに向かってご一緒に。


「「おつル」」


 シ、と。


 言えない理由が、ダンジョン内に鳴り響く。




「ウォーリア……シャイニー……キィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーック!」




 それは夏の稲妻のように、何の前触れもなく現れた。ふざけた台詞にふざけた格好。全身を甲冑のようなスーツに見を包んだ、純白の仮面の戦士。


「見つけたぞ、秘密結社アルカディアの首領ルシファーよ!」


 けれど確かなのは、その飛び蹴りはダンジョンの地面に穴を開けるだけの威力があるという事実だ。


 だから、わかる。このはた迷惑な闖入者は。


「このマスクドウォーリアシャイニーが……成敗してくれる!」




 Sランク探索者より、強い。





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