第3話 ルシファー様、配信される
「俺やらないって言ったんだけどさぁ」
俺はやらないと言った。言ったが、残り二人がやれと言った。しかもその二人が年長者のせいで、拒否権なんて無かったんだ。
だから俺はルシファーの仮面と服を着て、大嫌いなダンジョンの中にいるんだ。
人生初のダンジョンは岩と土と苔の洞窟といった所だろうか。暗くてジメジメと不快指数が高いせいでさらにダンジョンを嫌いになるな。
「よくお似合いですよ、ルシファー様」
「そりゃどうも……というか、よく気付かずに入れたよな」
俺達は晩飯のあと徒歩でウエノダンジョンへやって来て、今その内部にいる。当は身分証明書やら探索者カードの発行やら諸々の手続きがないと入れないのだが、俺達はそんな些事を悉く無視して侵入したのだ。
「光学迷彩マントもまだまだ現役ですね」
それを可能にしたのがこの光学迷彩マントだ。かつてのアルカディアが日本各地で色々な騒ぎを起こせたのはこれのおかげだったらしい。今だってそうだ、周りにはまばらながらも人がいるが俺たちの姿に気づいちゃいない。
これがじいさんの発明だというのだから、本当に秘密結社と名乗るだけのものがうちにはあるのだろう。
「これ売ったら良い金になりそうだな」
というかこの2046年ですら実用化されていない技術だ、これだけで一財産築けそうな気がするけどな。
「……その発想はなかったですね」
きょとんとした顔で言葉を漏らした彼女に、つい毒気を抜かれてしまう。だから今度は俺が少しだけ表情を柔らかくする番だった。ま、この表情が見れただけで今日のところはよしとしますか。
「で、ダンジョン配信って何をすればいいんだよ。言っておくけどその辺の知識は無いからな俺は」
「ご安心下さい、既に手っ取り早く人気配信者になる方法は調査済みです」
「へぇ、そりゃ都合がいいな」
こっちはダンジョンなんて一秒でも早く帰りたいんだ、手っ取り早く終わらせてくれるのが一番だ。
「コラボです」
「はぁ」
コラボねぇ。
「いいですか、先ほどの食卓で今や大配信時代と述べましたが……それは裏を返せば配信者が溢れているという意味でもあります。その中で頭一つ抜ける方法が人気配信者とのコラボなのです」
「はぁ」
まぁ理屈はわかるよ理屈は。
「本日は『五時ですよ』で取り上げられていた人気配信者の『閃光のMAITO』が二層で配信予定とのことです」
「あれね。それで?」
「凸ります」
「凸……なに?」
知らない単語が出てきたんだけど。
「配信中の相手に無理やり押し掛ける事です」
「えぇ……迷惑すぎない?」
流石の俺でもわかるぞ、配信中の相手に押し掛けるのをコラボと言わない事ぐらいは。
「そうですね、ですが」
そう言うとアスモデウスはメイド服のエプロンのポケットから小型のタブレットを取り出して俺に見せた。
そこには――。
「コメント欄の愚民どもはそう思ってないようです」
・ルシファー様配信中ってマジwwwwwwww
・二年ぶりwwwwww
・いけいけいけいけ
・さっさと凸って、どうぞ
・初心者が二層なんて行けるわけないだろ、いい加減にしろ!
・他人の迷惑考えられる奴が電波ジャックしたってマジ?
忘れもしない、二年ぶりにみたノリの文字列達が踊っていた。
「え……もう配信してるのこれ」
「はい」
普通配信前に一言かけるよね? 俺がおかしいの?
「どこから?」
「『俺やらないって言ったんだけどさぁ』のあたりからですね」
「言ってよ……」
なんかプロ意識の欠ける嫌なやつみたいじゃんそこからだと。仕方ない、ここはちゃんと挨拶しておいておくか。
「ご機嫌よう矮小なる人類諸君……いや、仮初めの平和を貪り喰らう愚」
「あ、そういうのは良いのでサクサク行きましょう」
・怒られてるwwwwww
・挨拶しようとしてえらい!
・辛辣で草
何が草だよ笑えねぇんだよこっちはよ。
「……で、そのMAITOさんだかはどこにいるんだっけ? 二層? どうやって行くんだよ」
とりあえず彼女の言う『サクサク』に乗っかって話を進める。もうこの際だから全部さっさと終わらせようか。
「それはもちろん、エリアを探索して階段を降りますから」
「めんどくさ……」
軽く辺りを見回すだけでもダンジョンの広さを実感する。こんな場所、馬鹿正直に歩き回る必要なんてないだろ。
「良いですかルシファー様、ダンジョン配信というのは配信者が右往左往するのも魅力の一つですのでやはりここはルシファー様の右往左往する様を配信するのがよろし」
アスモデウスの言葉を無視して、俺はその場にしゃがみ込む。そのまま地面めがけて。
「せーのっ」
拳をまっすぐと振り下ろせば、そのまま地面に穴が開く。覗き込めば下の階が見えたので、これで歩き回らずに済みそうだ。
・は?
・え?
・ダンジョンの床って壊せるの……?
・ディープフェイクだろ? だよなそうだと言ってくれ
「ほら、早く行くぞ」
無数のコメントをシカトして、そのまま穴の中に入る。
「……なんだよ」
そんな俺を見てアスモデウスがため息をつくので、思わず反論をすれば。
「いえ、尺が不足しないかなと」
実に配信者らしい心配を眉ひとつ動かさずに漏らしていた。
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