第2話 ルシファー様、ダンジョンに挑む
世界中にダンジョンが出現して、二年。ルシファーとして世界に向けて配信した俺は、今では普通の大学一年生になっていた。大学での話し相手なんて一人もいないが……まだ四月の半ばだ、普通の範疇でいいだろう。
という訳で今日も一日の講義をすべて終えた俺は、都内にある古い日本家屋もとい我が家の戸を開けていた。
「ただい」
ま、と言い終わる前に戸棚が引っかかる。年季の入ったアルミサッシの玄関はいよいよ寿命を迎えそうだ。
「おかえりなさいませ、ルシファー様」
そんなオンボロ我が家に似つかわしくない美女が足音を立ててやって来た。銀髪ロングの息を呑むような美人で、服装はなぜかクラシカルなメイド服。おまけに俺が物心がついた頃から見た目が変わらないのだから、きっと人間じゃないんだろう。
が、そんな事よりも。
「あのさぁアスモデウス……そのルシファー様っての、いい加減やめてくれない?」
俺はもうルシファーの仮面は捨てたというのに、彼女はそう呼び続けるのだ。
「またその話ですか……どうやらルシファー様という御名がどれほど尊いものか忘れてしまったようですね」
「いやそれは」
しまった、地雷を踏んでしまった。長いんだよなぁアスモデウスのこの話って。
「いいえわかっておりません。いいですか、世界がまだ本当の意味で一つだった頃、ルシファー様というそれはそれは素晴らしい御方がいらしたのです。弱きを助け強きを挫く、それはそれは皆から尊敬される素晴らしい御方でございました。そして彼が目指したもの……本当の意味で誰もが自由に生きられる世界、それこそが我らが御旗アルカディアでございます。この世界を神神の支配から解放し、天国でも楽園でもない理想郷へと導くこと……それこそがルシファーの名を継いだ貴方様の運命なのです」
だから長いって。
「運命、ねぇ」
「ご不満ですか?」
「ご不満ですね」
肩を竦めて文句を口にするが、彼女に通じるはずもなく。
「宿命、の方がよろしかったでしょうか」
「そこじゃなくて……いや、もういいわ」
「それは何よりです。では夕餉にいたしましょうか」
「今日も米とめざしともやし?」
昨日とも一昨日とも変わらないメニューを口にすれば、アスモデウスが無言で頷く。あの電波ジャックで資産を使い果たした俺達秘密結社アルカディアは……とにかく金欠だった。
◆
六畳間で年季の入ったちゃぶ台を囲むのは俺を含めてたったの三人。
「すべての命と作物よ、我らがアルカディアの血肉となることに感謝なさい」
いつものように癖の強い食事の挨拶をするアスモデウスと。
「……いただきます」
めざしを箸で突いてみる俺に。
「……頂くかのぅ」
恨めしそうに皿の上のめざしを睨む俺のじいさん。
「トンカツ食べたいのぅ」
じいさん、もとい黒井玄蔵八十四歳はかつて悪の秘密結社アルカディアの首領ルシファーとして世間から恐れられていた。
今はどうだ、腰は曲がり頭は禿げあの日の威光は見る影もなし。
「安心してください先代様。私のカロリー計算は完璧です。死にはしません」
「早死してもいいからトンカツ食べたいのぅ」
そんな落ちぶれてしまった祖父ではあったが、その言葉は納得するしかないものだった。どっかから金でも湧いてこないものかね。
「景気のいい話でもやってないものかね」
テレビで懸賞でもやってくれないかなと思い適当にテレビをつける。
『それでは今日の探索者ファッションチェックのコーナーです! 本日は初心者からベテランまで、幅広い層に人気のウエノダンジョンに来ております! さぁてまずは……ややっ、あそこにいるのは人気絶頂のSランク探索者である閃光のMAITOさんでは!?』
が、飛び込んできたニュースは不快極まるダンジョン特集。しかも羽振りのいい配信者とくれば舌打ちせずにはいられない。
『えっ、嫌だなぁ見つかっちゃったかぁ』
『MAITOさんは若干二十歳でSランクに到達した超実力者探索者なんですよね! でも強さだけが人気の秘訣だけではありませんよ……なんといってもこのルックスに爽やかな性格! 世間が放っておくはずありませんよね~』
『いやそんな……僕は僕にできることを精一杯しているだけですから』
そのセリフの何が良かったのか、通行人からは黄色い歓声が上がった。
「何が面白いのかねこんなの。どうせ裏ではエグいことでもやってんだろ」
そんな対照的な言葉が自然と口から洩れていた。
「お言葉ですがルシファー様」
「……何だよ」
また説教か?
「今や時代は大配信時代、小学生がスマホをもらえば真っ先にWOWTUBEをインストールをする時代なのです。世間の流行を頭ごなしに否定するのは得策ではないかと」
でしたね、はい。
「それに加え、ダンジョン配信は稼げますから。ダンジョンに行くだけでも手軽で安全に稼げるというのに、配信をすればさらに広告収入にメンバーシップで億万長者も夢ではありません」
「稼ぐだけならバイトでいいだろ」
一応反論を試みる。俺だって本当はバイトでもして食生活を充実させたいところだったんだが。
「何を仰るかと思えば、あなたは秘密結社アルカディア首領のルシファーその人なのですよ? 下働きなど許されるはずもありません」
アスモデウスの謎理論によって、俺のバイトは一律で禁止されていた。
「ですのでやはり、ここはルシファー様がダンジョン配信をするのが得策かと。知名度アップに加えて金も稼げる、まさしく一石二鳥です」
「俺ダンジョン嫌いなんだけど」
「存じております。ですがあの事件から二年……そろそろ前に進んでもいい時期かと。受験も終わりましたし」
「嫌だ、行かない」
めざしをつつきながら、俺は首を横に振った。これで彼女が納得、してくれるはずもなく。返ってきたのはわざとらしいまでのため息だった。
「仕方ありませんね、この手だけは使いたくなかったのですが……」
アスモデウスは箸を置き、改めて正座し直す。
「多数決で決めましょう。それではルシファー様がダンジョン配信を行った方が良いと思う方は挙手を」
「それは」
ズルいんじゃないか? といい終える前に上がる手が二つ。アスモデウスは言い出しっぺだからわかるんだけどさ。
「なぁじいさん、孫を可愛いと思わないのか?」
「だってめざし飽きたし……」
自分の食生活のために平気で孫を売る男、それが先代ルシファーであった。人が昼飯は学食のかけうどんで我慢してるってのにさぁ。
「決まりですね」
アスモデウスが表情を崩さず呟いてから、その場ですっと立ち上がる。
「それでは秘密結社アルカディアは世界を理想郷へと導くためにダンジョン配信を、もとい『復活のルシファー』作戦を実施します!」
その号令に小さな拍手をする祖父と、無言で箸をすすめる俺。二人の視線が集まろうとも、俺の意志は変わらない。
「いや……俺やらないからね?」
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