第38話 ルシファー様、戦いを見守る
「せーのっ!」
ベルさんは右手をポケットに突っ込みながら、左手を前へと突き出す。
地面が隆起しミサキさんを襲うが、ミサキさんは後ろへジャンプし距離を取った。
「まだまだあっ!」
逃げた先にベルさんが雷を放った。そして電気の特性の通り、それは吸い込まれるように巨大な斧へと直撃する。
・すげぇ本物の魔法じゃん
・爆発以外も出来たのか
・まぁこれは持てないよな
コメントも彼女の魔法らしい魔法に驚いている。爆発ばっかりだったもんな、今まで。
それに遅れて無言で顔を顰めたミサキさんが、一瞬だけそれを手離す。またすぐに拾えばいい、そう判断したのだろう。
だがその一瞬を見逃すほど、ベルフェゴールという存在は甘くなかった。
「もういっぱぁつ!」
さらなる追撃は炎だった。それもバーナーのように青い炎が巨斧を焼き、変色まで起こさせた。あれを拾える人間はいないだろう。
が、ミサキさんは慌てて斧に手を伸ばす……いや、慌てているのはきっと彼女自身ではないのだろう。
・おいおいおいおい
・ダメだ拾うなって
・ただの火傷じゃすまんぞ
彼女を操っている存在が、武器を必要としていたのだ。ミサキさんの手が焼け爛れることなんて、微塵も躊躇しない奴が。
「はい残念でしたっと!」
だがそれ以上にベルさんの動きは早かった。右手を伸ばし斧を氷漬けにすると、左手で用意していた岩の槍を放つ。
ミサキさんが掴むもより早く、槍が巨斧を貫いた。炎と氷で脆くなったそれは、一瞬でバラバラに砕け散った。
・ナイスゥ!
・武器逝ったー!
・初めからこれ狙ってたのか
・こらは頭脳プレー
ミサキさんが恨みの籠った目をベルさんに向ける。対する彼女の返答は。
「本当にさぁ、女性の肌に火傷を残そうだなんて何考えて……あっ」
白々しく驚いて、邪悪な笑みを浮かべながら。
「ごめんねぇ、童貞君には難しい話だったねぇ」
煽った。それはもう心底楽しそうに。
「この……売女があああああああああっ!」
逆上したのが、ミサキさんの声で聞き苦しい叫びが放たれる。拳を振り上げ突進してくるその姿は、どこかコミカルにさえ思えてしまう。
しかし挑発に乗るなんてのは、策に引っ掛かっているのと同義な訳で。
「……狭山ちゃん、出番!」
・狭山ちゃん、ナンデ!?
・無茶振りキターーー!
突然の指名に対応できる訳ないだろ、なんて思ったのも束の間で。
「はい、ベルさん!」
元気の良い彼女の声が響けば、狭山さんがミサキさんの背後から姿を現す。
「失礼し……ます!」
持っていた盾をお盆みたいにして、そのままミサキさんの頭を叩く。ゴォーンと除夜の鐘のような音色が響けば、その場で倒れ込むミサキさん。
すかさず狭山さんがミサキさんに飛び乗り、全身で動きを封じる。本来なら力負けする相手の筈だが、ベルさんに強化でもされているのだろう。
「狭山ちゃん、イェーイ!」
「いぇーい!」
それから駆け寄ってきたベルさんとハイタッチを交わした。
・狭ベルキてる……
・ワンコ系後輩×ズボラお姉さん アリよりのアリだな
・狭ベルはありまぁす!
・これが心が通じ合うって……コト!?
さて盛り上がってるコメントは無視して。
「で、どうやって合図送ったの?」
当然の疑問を口にすれば、二人は顔を見合わせ笑って同時にポケットからある物を取り出した。
「二代目が来る前に連絡先交換しといたんだよね」
そう、スマホだ。ベルさんが持っているのは、じいさんが五年ぐらい前まで使っていた古い奴だった。まぁWi-Fi使えたらそれでなんとかなるもんな。
「ベルさんから『合図したら後ろからシスターの頭叩いて』って連絡来たんですよ」
「いつ?」
「最初の岩の魔法の直後ですね」
・はっや
・その時に勝負決まってたのか
「という訳だ、童貞のカルザヴァンくん」
それからベルさんは身を屈め、地面に伏しているミサキさんの頬をつねった。
「こぉはいあがっ……!」
「昔はさんざんあんたに手を焼かされたけどさ、まー我々だって人との暮らしの中で進歩してる訳ですよ」
手を離したベルさんが、これみよがしにスマホを相手に見せつける。
「それにこの程度で驚いてたらさ……二代目の素顔見たら、おしっこ漏らしちゃうかもよ?」
えっ俺の顔? 普通だと思うんだけどな……。
「せいぜい震えて眠れ……ってね」
と、俺の驚きを余所にベルさんがミサキさんの額を小突いた。それがきっかけになったのか、強張っていた彼女の体が弱々しくへたり込んだ。
「じゃ、二代目お酒返して」
受け取っていたメロンサワーを両手で返却する。彼女は魔法でキンキンに冷やしてから、ゴクゴクと飲み干せば。
「……案件待ってまーす!」
カメラに向かって満面の笑みで、さっき聞いたセリフを言ってのけた。
・『しみるぅ』はどうした
そっちだよな、普通。
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