第46話 ルシファー様、仮面を脱ぐ

「都合のいい時に現れて、ピンチをなんとかしてくれる……ヒーローってのはそういうものだろ?」


 ため息を漏らす俺の肩を、鷹宮さんがポンと叩く。そうか、俺は一人じゃないのか。


「鷹宮さ」

「マスクドウォーリアホークだ」

「マスクドウォーリアホーク……」


 この二十七歳児めんどくさ……。


「ま、私も黙って眺めてる訳にはいかないよね」


 続いて横に並んでくれるのは、我らがヒロインのヒカリな訳で。


「ヒカリ」

「うんっ」


 つい彼女の名前を呼べば、良い返事と満面の笑みが返ってくる。それからすぐにシャイニーへと変身して。


「呼び捨てにして良いなんて言ってないんだけど?」


 ジリジリと顔面を詰め寄せて来た。


「はい、ごめんなさい」


 やだこわい笑顔の性質が思ってた奴と違う。


「それとも……呼び捨てにしていいって許可貰ってたのかな?」

「いえ、ごめんなさい」


 気づいない? 気づいてないよね? 


 首筋に冷や汗を感じながらも、謝罪の言葉をひねり出す。それからマスクの頬をパンと叩いて、真っ直ぐと敵に向かい合って。


「それじゃあ、英雄ごっこでもやりますかね」


 三体一か、いや後ろの連中も含めたら六体一か。負ける気がしないな。


「甘い」


 が、やはりとでも言うべきか敵も無策では無かったようだ。当然だ、まとめて俺達がダンジョンに来ると知っていたのだから。


 カルザヴァンがもう一度指を弾けば、周囲一体が雷で出来た檻のようなフィールドで覆われた。その瞬間。


「がっ!?」

「ぐっ!?」


 膝を折るホークとシャイニー。まるで二人にかかる重力が何倍にもなったかのようで、一歩も身動きが取れずに居た。


「我々の……そう、天使の力を封じさせて貰いました。そのふざけた格好も恩恵を受けているなら効果は覿面でしょう」


 俺は思わず後ろを振り返る。アスモデウスとベルさんも、隣の二人のように動けずに居た。


「いやぁ、この技はこいつの得意技でさぁ……さんざん煮え湯を飲まされたねぇ」

「ええ、申し訳ございませんルシファー様……我々は動けません」

「そ、そっか」


 改めてカルザヴァンと向き合う。どうやら技の影響は本人にもあるようで、その場から動けずにいた。だが、いやだからこそのモンスターなのだろう。


「動きは止めた……後は私の創造生物達が貴様達を食い殺すだけだ!」


 カルザヴァンが叫ぶと、モンスターの集団が一斉に襲いかかってきた。


 ……襲ってきたんだけどさ。


「いや」


 突進してきたドラゴンの額を思いっきりぶん殴る。衝撃に当てられた他のモンスター達は成すすべもなく吹き飛んでしまった。


「普通に動けるんだが」


 天使の力は封じられたらしい。らしいのだが、俺の体は問題なく動く。


「なっ……なぜだ、なぜ動ける!? 天使の力は封じているんだぞ!?」

「アスモデウス!? なんでなのぉ!?」


 俺その理由知らないんだけどまた聞いてないパターンなの!?


「ルシファー様、折角です。そこの頭脳派気取りにお顔を見せて差し上げましょう」

「いや配信中だけど!?」


 なんてこと言うんだいきなり出来るわけ無いだろそんな事!


「安心して下さい、カメラは切っておきますので」


 と、ここでアスモデウスがどこからか取り出したガムテープでタブレットのカメラを塞ぐ。


・そんなー

・見たかったなぁ

・ズルいぞヒカリちゃんに謝れ


 愚民は置いとくとして、問題は。


「えっと、その」


 その場で蹲っているヒカリに思わず目線を送ってしまう。え、バラすの正体? 殺されちゃうよ?


「大丈夫です、彼女も動けませんので。後ろ姿は見られるかもしれませんが……それぐらいは償いとして丁度良いかと」

「取れっ、マスク取れっ……!」


 恨みの籠もったヒカリの声に、つい恐怖を覚えてしまう。ここでやっぱやめますなんて言おうものならどっちみち殺されそうだったので。


「そんなに期待されてもさぁ」


 シャイニーの前に立って、顔を覆う仮面に手をかける。


「別に普通の顔だけど」


 それから黒井ツバサの素顔を見せつけた。


「その黒髪は……本物か?」

「当たり前だろ今更何の確認だよ」


 人の髪色をまじまじと見つめてくるカルザヴァン。こちとら東上野在住だぞ。


「……いや、まさかあり得ん、そんな馬鹿な話があるはずない」

「いら何で驚いてんの?」


 一人だけこの世の終わりみたいな顔をしているカルザヴァンの様子が気になって、つい本音が漏れてしまう。


「簡単な話だよ、二代目。天使に黒髪はいないんだ」

「ふーん」


 そうなんだ珍しいね。


「つまりです、ルシファー様。貴方の母君は」


 もう良いだろうと仮面を被り直せば、アスモデウスの声が届く。


「天使ではなく……ごく普通の人間だったのです」

「へぇ」


 なるほど、普通の人間ねぇ。


「いや、あんまり驚かないんだけど……」


 つまり天使と人間から生まれた俺は天使の力を封じられても特に困らなかったって訳か。けれどそこまで驚く話か?


「ふざけるな!」


 が、カルザヴァンには違ったらしい。まさしく俺という存在はこいつにとって世界の終わりに等しかったようだ。


「ゴリラと猿の間に子供が生まれるか!? 生物として別物のくせに、子孫なんて残せるわけがないだろう!?」

「つまりさ、そういうことだよカルザヴァン」


 半狂乱になった哀れな天使にベルさんが語りかける。


「何がっ!?」

「よっこらせっと」


 と、ここで彼女は何事も無かったかのように立ち上がる。それからアスモデウスも貼ったガムテープを剥がしながら後に続いた。


「疲れるものですね、罠にかかったフリというのは」

「えーいいじゃん、こいつの驚く顔が見れたんだしさ」

「そこの二人も、もう良いでしょう」


 アスモデウスはそのままタブレットを操作すると、鷹宮さんとヒカリの体が自由になる。


「事前に細工をさせて頂きました。こうでもしないとあの顔が見れなかったので」


 不本意そうな顔をマスクの下に隠す二人のヒーロー。


「馬鹿な、なぜ立ち上がれる……」

「本当だよ天使と人間のくだりは何だったんだよ」


 思わず敵の疑問に乗っかってしまう俺。何? 天使の力封じたんじゃないの? どゆこと?


「だからね、二代目。あたしらはやたらと長生きで腹も減らない、羽も生えてて特別な力が使えるかもしれないけれどさ……神々の御使いたる特別な天使様なんかじゃない」


 ベルさんは自分の手をじっと見つめ、何度か手を開いてみせた。それから懐かしむような苦笑いを浮かべて。


「人間だったんだよ、普通のさ」


 天使なんていないのだと、当たり前の事を言ってのけた。






「いや普通ではないだろ」


・それな



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