第21話 ルシファー様、全力でブン殴る

「九層の攻略は私に任せてくれないだろうか」

「えっあっうんそれは助かるけども」


 突然の心変わりを果たしたヒカリさんからタブレットを受け取りカメラを向ける。なんか涙声なの何でですかね動画そんなに良かったの? 俺は頑張ってたのに?


「君への恨みが消える日はきっと訪れないだろう」

「はい、ごめんなさい」


 返す言葉もございません。


「だけど、今だけは手を貸すと決めたんだ。君達の掲げる正義のために」


・いけーシャイニー!

・がんばえーまけるなー!


 そう言って彼女は拳を天高く掲げてみせた。アスモデウスが味方と言ってくれた意味が今ならよくわかったような気がした。


 ……それはそれとして。


「ごめん、水飲んで良い?」


・余韻台無し

・空気読めカス

・とりまおつかれさん






 九層ボスのドラゴンを倒した俺達を待っていたのは、とても東京の地下とは思えない美しい光景だった。


「楽園、か」


 花は咲き空は晴れ、蝶が舞い鳥が鳴く。目に映った景色のせいで、あの男の言葉がふと自分の口から洩れていた。


「確かに神々が住んでいそうな場所だな……」


 ヒカリさんも目を奪われているのか興味深そうに周囲を見回していた。男女二人が歩く場所としてはこれ以上にないロケーションなんだろうが、今はそれよりもやる事がある。


「ほら、急ぐよシャイニー」

「そ、そうだなすまない……けれどふと思ったんだ、初代ルシファーというのは、こんな場所を犠牲にしてまで勝ち取りたい物があったんだなと」

「こんな場所って、そりゃ見る分には綺麗だろうけどさ……テレビもゲームもない場所なんて退屈なだけじゃないか? 食い物も薄味のサラダしかなさそうだし」


・わかる めっちゃでかい皿にドレッシングで模様書いてそう

・あとコンビニも必須

・ビールもくれ

・俺アイスね

・えっちなお姉さんがいる店も欲しいです!


 愚民共も同意してくれているようで、つい人の欲深さに笑ってしまう。


「君達はもっとこう情緒というものをだな……そんな態度では女性にモテないぞ?」


・知ってる 知ってた

・なんでそんなひどいこというの?

・ち く ち く 言 葉

・彼女と一緒に見てます^^

・↑こいつ通報しようぜwwwwwwwwwしようぜ……


 なんて愚民とヒカリさんのやり取りを横目で見ながら進んでいけば、湖の前にある開けた場所に到着した。ウッドデッキのついた平屋のログハウスで、庭にはアスモデウスが一人紅茶を嗜んでいた。


「お、いたいた」


 絵画みたいだなと思ったけれど。


「……アスモデウス、迎えに来たぞ!」


 あのボロい日本家屋で白米をよそっている方が、よっぽど彼女に似合うと思った。


「またお前達か……」


 と、予想通りとでも言うべきだろうか。頭上からした声に促され、俺達は天を仰ぎ見る。


「僕がせめてもの慈悲で追い返してやったと考えなかったのかい?」


 ゆっくりと翼をはためかせながら、地上へと舞い降りるストーカー天使。また例の攻撃が来るのかと身構えたが、以外にも天使は醜悪な笑顔を向けて来た。


「良いことを教えてやる……人間ってのはなぁ、絶対に天使には勝てないんだよ」


 地面に足をつけた天使が、一歩づつ俺達に近づいてくる。


「もっともお前らのスーツはアスモデウスの羽根を使ってるからぁ? この僕にちょーっとぐらいは傷を付けられるかもしれないけどぉ? ほら、やってみるか?」


 俺たちの前で立ち止まると、天使は背を曲げ顔を突き出して、自分の頬を指で叩く。


「ここだよ、こーこ。全力でやってみろよ、ん?」


 よし殴。


「シャイニー、パアアアアアアアアアンチ!」


 以外にも沸点は俺より低いのか、ヒカリさんが天使の横っ面に右ストレートをお見舞いする。


「はっ……痛くも痒くもないんだよぉ!」」


 だが届かない。バリアのような何かに阻まれ、彼女はそのまま後ろへ吹き飛んでしまった。急いで彼女に駆け寄って倒れた体を静かに起こす。目立った外傷は、良かった無さそうだ。


「ほら、やってみなよルシファーもどきもさぁ!」


 天使の声が癇に障る。同時に俺も彼女みたいになるんじゃないかと一抹の不安が心を過る。


 だけど。


 アスモデウスは言ってくれた、こいつは俺の敵なんかじゃないって。


「本物のルシファーには、随分と惨めな思いをさせられたけどさぁ!」


 だから、一歩。


 手袋を脱ぎ捨てて、自分の足で歩いていく。きっと人がいつもそうして来たように。


「いやぁ同じ名前の奴を馬鹿にできるだなんて、地上に来た甲斐があったねぇ!」


 前へ、踏み込む。


 過去の因縁だとか神々との戦いだとか、そんなものの為じゃなくて。


「ほらぁ、やってみろよぉ!」


 ただ、気に食わない目の前の天使様を。


「僕の綺麗な顔に、傷を」




 ――全力でブン殴るために。




「ルシファー……パアアアアアアアアアアアアンチ!」




 衝撃が右手を襲った。けれど不思議な力に阻まれたからじゃない、何かに当たった確かな感触のせいだった。


「ぐぼべぇっ!?」


 それが天使の顔面だと気づいたのは、間抜けに吹っ飛ぶ姿を見てからだった。


「何だ、ダメージ通るじゃねぇか」


 少しだけ痛む右手をひらひらとさせてから、また前へと歩き出す。


「いや、何で、天使の、ぼぐっがっ」


 運が良いのか悪いのか、男が吹き飛んだ先はアスモデウスのいる庭先だった。


「何でとは、随分と間抜けな事をおっしゃいますね……貴方が喧嘩を売った相手は、『二代目』ルシファー様ですよ? 六十年前の代役とは訳が違いますので」


 彼女のよく通る声に遅れて表情が少し変わる。


「二枚羽如きの貴方が相手になるわけないじゃないですか」


 笑った、嗤った、嘲笑った。お前なぞ初めから眼中に無かったのだと。


「いや、それはあのスーツに君の羽根が」

「あれはただの拘束具です。使っていませんよそんなものは」


 その言葉に顔を真っ青にした天使は、鼻血を抑えながら上空へと飛び立った。


「あっ、あっアスモデウス! 君は一体、何を育てたっていうんだ!?」


 その質問に彼女は答えない。しかし上空に飛ばれるとは厄介だが、まぁジャンプすれば届くだろう。五メートル、十メートル?


 まぁ、そこに大差なんてないからな。


「さーて、まだ左の拳が残ってんだよな」


 地面を蹴って高く飛ぶ。そのまま天使の頭上につけたので、右手で胸倉を握りしめる。恐怖に怯える二つの瞳に俺の姿が映っている。


「そん、な……あいつと、同じ、十二枚の」


 黒い仮面に黒いコート。それから太陽を背に受ける黒き翼はアルカディアの旗によく似ていた。


 息を吸い込み、左の腕を弓のように引ききって。


「黒い、翼」


 拳を、放った。






・ルシファー様、羽生えてね?

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